第5話 突然の突然。夢は優しいあの子になること。

「カナデ様、起きてください」

静かに起こされる。

それが問題だ。だって、暗黙の了解で特異な身体を持つ俺のもとへは、そう、おれは、オレ。両親とも部屋に入らないよう気を遣っている。

本当は毎朝毎晩悩んでたけど、ある日突然悩まないフリをした。そうしたら、男女の姓を両方持つことを少しでも忘れられたのに。

「あんた、だれ」

「ジャンヌでございます。カナデ様」

「ジャンヌ?!」

まあ、お綺麗な金髪を太い三つ編みにしてメイド服に映える。

夢がある。

夢かあー。夢だ。だってこんなにも、こんなに。

愛らしい丸顔の輪郭のジャンヌさんが、スリットの入った太ももに護身用ナイフを差して、おれに起きろって言ってくる。

「カナデ様、今日は特別な日ですね。このジャンヌ、カナデ様のみなさんからの、扱いがせめてちょっとでも変わればとずっとずっと!信じて祈っておりました」

やがて、太もものスラリとした銀食器のような細身のナイフを抜くと

「ああ!今ならいのちが失せてもいい!」

頬に赤みを差して瞳は危ないくらいに揺れている。

……なんのこっちゃ。

「カナデ様。あなたは貴女。女性になられたのです」

「……なんの手術もしていないし、なのにこの高い声は何」

「嫁入りですよ、カナデ様。どうか、このジャンヌめも連れて行ってくださいませ。寝所に暗殺者が現れぬとも限りません!」

細いナイフを握り、必死に訴えてくるジャンヌは、夜通し見張ってくれたのだろう。目が充血している割には顔が白く貧血気味そうだ。

なんという夢だろう。昨日までは男でいっかなーって思っていたデリケートな身体のデリケートな悩みに。このジャンヌという子がいい子そうだから良いものの下手したら発狂している。

「きょうは、えっと、具合が悪い。もう少し寝かせて、ください」

「!!それでは嫁入りはどうなさいます?!結婚式は今日ですよ?」

「ジャンヌが代わりに出て」

「え!わたくしが影武者をお勤めしてよいのですか?!」溢れんばかりの夜更かししたふらふらな笑顔。

……。え?嬉しいの?

「え?嬉しいの?」聞いてしまう。

ジャンヌはナイフを回転させながら太もものハーネスへしまい、紅潮した顔でまくしたてる。

「それはもう、白いベールに黒と白の花嫁衣装などこの世で一生に一度着られるかどうかの一品!さらにカナデ様の衣装には黒曜石やダイヤモンド、水晶、あらゆる白と黒の宝石が散りばめられた夜空の深夜のドレス!このジャンヌ、どうしても来てみたかったのですがっ」

自身の胸を見る。豊かだ。形の良いのがメイド服越しにもわかってしまってなんか悪い気もする。

そして、自分の胸を見て、綺麗な股板だった。

というか、この嫁入りイベントドリーム。身体がリアルだ。小柄で髪は黒でいつものシャンプーと違う香りと増した艶。唇はぽってり重く感じる。瞼もさっきからめやにが気になり鏡を見たら、

「えええっ」

「カナデ様、だめです!そのような色気のない声!これから向こうのご長男と結婚生活を送るというのに……」

知っている顔だった。唯一の女友達、の寝起き姿。

近くに水の入った桶というかボウル?あり。速攻で顔を洗う。視力が悪いので眼鏡を探すとその前にお付きのジャンヌが手早くタオルと眼鏡を渡してくれる。おれの視力が悪いことまで把握されている。

「ジャンヌ」

「はい」

「見たところ、わたしは位の低い人間よね」

何この喋り方。

「それは、カナデ様、貴女はこの街の二大商人の長女です!誇りを持って!わたくしも、粗相がないよう付いていきたく存じます!ですから!婚姻後もどうかお側に居させてください!」

この通り暗殺には心得がございますから!と再びナイフに手を添える。どういう世界だ。どういう夢だ。ひとまず、ここでは、おれは、女として生きることができる?

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