第1章 - ③ 壱絆太一(いずなたいち)は融通が利かない

 集団の中から一歩前に進み出た美声の主は、灰色がかった柔らかな髪に、頭脳の明晰さがにじみでつつも決して冷たさを感じさせない切れ長の目。男女問わず、もしこのような容姿に生まれていたならばと誰もが夢想せずにはいられないほど整った顔立ちだ。


 身長こそ三人の中で一番低いものの、放つ存在感はもっとも強い。水干に似た制服を完璧に着こなしたその姿は、まるで現代に蘇った牛若丸。

 後方のふたり――黒縁眼鏡の優男と筋骨隆々の偉丈夫は、那須与一と弁慶といったところか。不動の直立姿勢で控えるその様は、時代劇の一場面を再現しているかのようだ。


「い、壱絆いずな! お前、なんでここに……」

「会長に気づかれちゃったか。思ったより早い対応だったね。これはちょっとムリっぽいかなー」

太一たいち、またわたしの邪魔をするつもり?」


「西中島先生のお手をわずらわせる必要はない。このようなアトラクションは当然不認可だ。近現代戦史研究会にも処分が決まり次第、通知するので覚悟しておけ」


 星辰学園高等部生徒会長、壱絆太一いずなたいち。礼央と同じ二年生である。

 この学園でもっとも多くの人望を集め、慕われている存在だ。

 ただし、いかなる人徳者にも、相性のあうあわないがあるのは世の常であり、当然反発するものもいる。サバゲー部の面々、特に礼央とメリッサは生徒会長に従わない不穏分子として学内でも有名であった。


「いくら我が校の学園祭は『怪談・ホラー』をテーマにすることが伝統であるとはいえ、危険な玩具を振り回して暴れまわるような内容、正当に申請がなされたところで、許可がおりるわけがなかろう! そもそもこのような部活が存在すること自体が何かの間違い。そうだ、最大級の罰が妥当だな。君たちの悪だくみも今日までと思ってもらおうか」

「あんたに言われんのがわかってるから、こっちはゲリラでやろうとしてんのよ」


 悪びれる素振りなど一切見せず、メリッサは言い返した。

 飛び級で高等部二年に所属する天才少女にとって、この学園に恐れるものなど存在しない。飛び級制度利用者だけなら星辰学園では珍しくもないが、秀でた頭脳とずば抜けた美貌が、彼女を大多数の信奉者を抱える女王様たらしめていた。


「話自体が急で、申請書類を揃える時間がなかったからね。学園祭はあきらめるしかないかな。でも、廃部処分はどうにかならない? 反省文なら喜んで書かせてもらうよ」


 大和が計画をあきらめ、敗戦処理交渉に移ろうとする。敗北が決定的なら、いかに自陣営が不利となる要素を減らした上で、負けられるかという思考ができるところに、彼の部長としての真価がある。


「これだからお前らは。事前に実行委員会が配布した『学園祭開催に関する注意事項』も確認していないとはな」


 太一はあきれたように一度ため息をつくと、胸ポケットから純銀製の懐中時計を取り出し、礼央の眼前につきつけた。長針と短針それぞれの先端にキツネの意匠をあしらった高級感漂う逸品だ。


「模擬店の出店および研究展示申請は学園祭前日の午後四時までに書類を提出すること。つまり今からだいたい一時間以内の申請なら審議対象で、午後五時までには審査結果を伝えるとある。それに研究会であっても有志団体として別途で申請した上で、企画の健全性と安全性が保障され、なおかつ会場に空きがあった場合に限り参加を認めこともある。もっともお前らの参加など誰も許可しないだろうがな」


 申請期限なんて妙なところにこだわるやつだな、それとも自慢の時計をみせびらかしたいだけなのか。礼央は顔をしかめた。


 そもそもサバゲー部の企画を潰したいなら、今さら学園祭の申請規定を確認する必要などない。「不許可」の一言ですませればいいだけの話に、やたらと厳密さを求めるあたり、筋金入りに生真面目な性格なのだろう。

 だが、この性格は利用できるかもしれない。一か八か、融通の利かなさに賭けてみる価値はある。


「やってみなけりゃ、わかんねーだろーが」


 礼央は太一を見すえ、勝負を仕掛ける。


「なんだ礼央、まだ文句があるのかい?」

「申請してみたら、案外あっさり通っちまうかもしんねーだろ。おら、よこせよ、その紙。今からお前らも納得する企画に仕上げてやろうじゃねーか」

「ふむ、審査を要求するというのなら、もちろん権利そのものまでは否定しない。機会を均等に与えるのが生徒会長たるわたしの義務だ。ただ、審査には生徒会役員と実行委員が最低二名ずつ書類に目を通す決まり。実行委員会はまだしも生徒会の審査は厳しいぞ」


 お付きの眼鏡優男が黒革のビジネスバッグからA4とB4の用紙を一枚ずつ取り出す。うやうやしく手渡された書類を、太一は果たし状のように礼央につきつけた。


 礼央は用紙に印字された内容に目を通すなり、挑発したことをやや後悔した。A4用紙の有志団体申請書のほうは記入項目が少なく問題はない。一目見て萎えてしまったのはB4用紙の企画申請書のほうだ。


 左半分は企画の趣旨説明や責任者確認欄といった確認事項がずらりと並び、右半分は展示部屋のレイアウトや出店店舗の内装および外装案を書きこむ欄と、やたらと細かい項目が並ぶ。さらには、ご丁寧に各項目につき百字以上の文字数制限有りときている。これ、ホントに残り一時間で埋められんのかよ。礼央は顔をしかめた。


「当然、書類不備は即決で不許可だ。一箇所でも記載漏れがあれば、その場でつき返す」

「わーったよ。で、書き終わったらどこに持っていけばいい?」

「書類は生徒会室に持ってくるか、生徒会役員か実行委員のどちらかに直接渡せばよい。では、そろそろ失礼する」


 言いたいことだけ言って、太一たち生徒会の面々は去っていった。


「威勢よく啖呵きったのはいーけど、実際どーすんのよ? 今から企画練り直してる時間なんかないわよ? 現時点で決まってる内容書きこむだけでギリギリじゃない?」

 申請書を指差すメリッサに、礼央は不敵な笑みを浮かべる。


「あわてんなって。ちゃんと記入した書類さえ渡せばとりあえず審査はしてくれるってわけだろ。渡したあとにあっちの都合で審査が遅れて、結果を伝えられなくなったとしら、あの真面目の上にクソが十個はのっかる会長さんはどうでるだろうな」


「会長なら、生徒会側に責任がある場合は、やむをえず許可をだすかもしれないね。責任感は人一倍強い人だから。ていうか、レオ。ひょっとしてまた悪巧みを思いついたのかな?」

 大和はあきれ顔を浮かべる。


「なんとなくやろうとしてること、わかってきたわ」

「ま、サバゲー部の真の恐ろしさを体感してもらおうってわけよ」

 礼央とメリッサはそろって不適な笑みを浮かべた。


「やりすぎて、ホントに廃部処分くらわないように頼むよ、ふたりとも……」

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