41話 姉妹喧嘩

「――んで、どうしてこうなった?」


 右腕に弥生。

 左腕に


 ……どうしてこうなった?


「私が聞きたいよ。どうして葉月がいるのさ」

「どうしたもこうしたもないでしょ。お姉ちゃんだけお兄さんとデート行くのはずるい」

「ずるいも何も、約束したのは私だよ」

「それ含めてずるいって言ってるの。私はお兄さんをデートに誘う機会なんかなかったんだから」

「そんなの作ればいいでしょ!」

「いつもお姉ちゃんと一緒に居るのに作れるわけないでしょ!」


 さっきから弥生と葉月はずっとそんな口論を繰り広げていた。


 時は弥生としたご褒美の約束を果たす休日。

 外出する準備を済ませ「それじゃあ行こうか」と話していた時、運悪く葉月にその場面を見られてしまったのだ。


 その結果、無理やり俺を連れて行こうとした弥生とそれを拒もうとする葉月に両腕の自由を奪われ、今に至る。

 両手に花と言えば聞こえはいいし彼女たちは顔も可愛いのでその通りなのだが、今この状況だけはまさに「両手に暴れ馬」だった。


 というか弥生と葉月は混ぜちゃいけない気がする。

 いや、その中に俺がいるからいけないのか。


 彼女たちの仲が悪くなるくらいだったら俺なんかいない方がいいんじゃないか……?


「なぁ弥生。今日のデートは三人で行くじゃダメなのか?」

「ダメに決まってるでしょ! それじゃあデートにならないじゃない!」

「じゃあお兄さん、今日は私と二人で行きましょう。そうすればお姉ちゃんの言うデートになります」

「どうしてそうなるのさ!」


 ダメだ、解決に向かう気配が微塵も感じられない。


 本当は二人の要望を全て叶えてあげたいのだが、生憎というべきか俺の体は一つしかない。

 それに兄妹が付き合えるわけはないので、そういう展開にならないように二人きりになるのはなるべく避けたかった。


 それで言うと特に弥生だ。

 一度は了承したものの、ここ最近の彼女は様子がおかしいし二人きりでデートとなれば何をされるか分かったものじゃない。


 本人から直接聞いたわけではないので思い上がりかもしれないが、こうした振舞い方を見るに二人とも俺に気があるのだろう。

 だからこそ、二人きりを避けるためにも俺は三人で出かけたかった。


 しかし、二人は納得してくれない。

 あまり険悪な雰囲気になるのは嫌だが、こうなればもう仕方ないだろう。


 俺は深くため息を吐くと、真剣な表情を務めて口を開いた。


「二人がそんなに喧嘩するんだったら、俺はどっちとも出かけにはいかない」

「えっ」


 俺の発言に、弥生と葉月は二人して顔を青ざめる。

 彼女たちの中で優しいことに定評のある俺が苦言を呈したからこそ、ここまでショックを受けているのだろう。


 俺自身こんなことは言いたくないが、それでも今は心を鬼にして喋り続けた。


「葉月。これは弥生と約束したことなんだから、そこに葉月が入ってくるのは違くないか?」

「そ、それは……」

「弥生も。本当の自分を見せてくれるのはいいことだけど、それと我儘を押し通そうとすることは別物だからな? 例えそれが本当の自分だったとしても、今までの弥生だったらそういう配慮もできたはずだぞ?」


 弥生と葉月は二人して顔を俯かせてしまう。


 彼女たちはどちらとも根は真面目なのだ。

 だから苦言を呈するとそれを一心に受け取ってしまい、こうして酷く落ち込んでしまう。


 今回の件で悪いのは誰かと客観的に問えば、俺と弥生の約束に割り込んできた葉月かもしれない。

 でも彼女も弥生と同じく「俺とデートがしたい」という気持ちを持ってくれていて、そんな彼女だけに苦言を呈して悪者に仕立て上げるようなことはしたくなかった。


「どうする? 二人で行くか、それとも三人で行くか。これ以上喧嘩したら、今日俺は外には出ないぞ」


 弥生に向けて言うと、彼女は恐る恐る葉月を視界に入れる。

 そうして彼女と目が合った葉月、申し訳なさそうに視線を外した。


 本当は二人は仲がいい普通の姉妹なのだ。

 それが俺のせいで、こうした仲違いを起こしてしまう。


 だったら、俺はその尻拭いをしなければいけない。


「……三人で行く」

「いいんだな」

「デートがしたいって気持ちは、葉月も同じだろうし」

「葉月はそれでもいいか?」

「……うん」

「分かった。じゃあ葉月も外に出る準備してこい、待ってるから」


 コクリと頷いた葉月は、俺の部屋から出ていく。

 そうして弥生と二人きりになると、彼女は俺からそっと離れて口を開いた。


「……ごめんなさい」


 しょんぼりとする彼女に、俺は優しく笑みを浮かべる。


「分かればいいんだよ。ただ弥生も言ったようにデートがしたい気持ちは葉月も同じだろうから、そこだけ忘れないようにな」

「うん」


 ここまで険悪な雰囲気になってしまったのも全て俺の責任だ。

 だからせめてデートは楽しい雰囲気にしないとな、と葉月の準備を待ちながらそう思うのだった。

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