28話 主人公が死ぬ映画
「さてさて、何を見ようかなぁ。朝陽君は何か見たいものとかある?」
「俺は特に。弥生のみたいやつでいいぞ」
「ほんとに? じゃあどれにしようかなぁ〜」
「というか、今どきはテレビで映画も見れちゃうんだな」
俺はテレビ画面を指さす。
特に何かディスクを入れたわけでもないのに、いろんな映画のサムネイルが画面に表示されている。
普段から映画を見ない俺はこの光景に物凄い違和感を覚えていた。
「テレビに映画が見れるアプリが内蔵されてるんだよ。それだけじゃなくて動画やアニメなんかが見れるアプリも一緒に入ってるの」
「今どきのテレビはすごいんだな」
「って言っても、このテレビがちょっといいやつだからっていうのもあると思うけどね。録画なんかもこのテレビ一つでできちゃうんだよ」
「外付けのハードがなくてもいいのか!?」
「う、うん」
思わず立ち上がってしまう。
録画の歴史を外付けハードディスクで育ってきた俺には、それほどの深い衝撃があった。
まるで一つの常識を覆されたような気分だった。
「あっ、ご、ごめん。ビックリさせちゃって」
弥生の気圧されている様子に気づき、俺は慌ててソファに座りなおす。
すると、隣で彼女がクスリと笑みをこぼした。
「大丈夫。朝陽君の驚いた顔、ちょっと面白かった」
「そ、そうか」
俺との会話を終えた弥生は、再びリモコンを操作して映画を選ぶ。
俺も画面に次々と流れてくる映画のサムネイルにくぎ付けになっていた。
俺の家庭は基本的に親父だけがお金を稼いでいたから、ここまで良いテレビを買う余裕はなかった。
まぁ、映画や動画を見る機能をそんなに必要としていなかったからというのもあるかもしれないが。
それに比べ弥生の家庭、もとい朝比奈家は多人数で暮らせる大きな家やいろんな機能の搭載されたテレビまで買える余裕がある。
きっと前のお父さんの稼ぎが良かったんだろう。
「あっ、これ見ない?」
「恋愛モノの映画、か。アニメなんだな」
「私、基本的にアニメにしか感情移入できなくて。知ってる俳優さんとかが出てくると、そっちに気を取られちゃうし。知ってる声優さんだったらまだ大丈夫だけど」
「なるほどな」
「だから、これでもいい?」
「あ、あぁ、別にいいけど……」
「いいけど?」
「……いや、なんでもない」
弥生を妹として見たい俺としては、あんまり恋愛や異性としての意識を煽るようなものは避けたかったのだが……こればっかりは直接弥生に言えるようなことでもないため、我慢する。
俺の不自然な素振りに首を傾げる弥生だったが、特に気にする様子もなく「そう」とテレビに視線を戻した。
「それじゃ、再生するよ!」
そうして、俺たちの恋愛映画観賞会が始まったのだった。
◆
「小鳥遊くん……」
観賞後、弥生は隣で涙を流しながら主人公の名前を呟いていた。
観賞前の心配など、する必要はなかった。
映画の内容は、ざっくり言うと主人公が死んでしまう話だ。
もともと持病を持っていた主人公の病室にヒロインが入院してくるところから物語はは始まる。
ヒロインは不治の病を抱えており、どうにか治せないかと各地の病院を転々としていた。
そのため学校で友達をつくる、なんてこともなく一人で寂しい日々を送っていたのだ。
それは主人公も同じで、そんな共通点から主人公とヒロインは交流を深めていった。
時は流れ、二人は付き合うことになった。
ヒロインの不治の病にはタイムリミットがあり、それを知っていながらも尚、二人は二人で居続けようとしたのだ。
しかしある日、ヒロインの容態が急によくなり始めた。
不治の病であったためどうしてよくなったのかは分からずじまいだったが、とにかくその事実に喜び合った二人。
一方で、主人公の持病は一向に良くならない。
それどころかヒロインの容態が良くなるのと対照的に、主人公の容態は悪化していった。
時間をかけて治療をすれば、命の危機に陥ることはなかった主人公の持病。
しかしそれはみるみるうちに主人公の命を吸い……ついに奪ってしまった。
ヒロインは主人公の死に悲しみながらも、それまで一緒に作ってきた想い出を胸の奥に仕舞い込んで、主人公の分まで生きていくことを決意する。
……そんなメリーバッドエンドだった。
主人公の持病が心臓にかかわっていたこともあり……とても他人事とは思えない映画だった。
「……ねぇ、大丈夫だよね?」
衝撃の結末に言葉を失っていると、弥生が震えた声で問いかけてくる。
「朝陽君は、死なないよね? 病気を患ってるわけじゃないから、大丈夫だよね……?」
赤く充血する瞳。
それは「大丈夫」と言ってほしそうにこちらを見上げていたが……俺はここで彼女を安心させるだけの勇気は持っていなかった。
彼女の瞳から視線をそらし、俯きながら呟く。
「大丈夫、って言えないのが苦しいな。この心臓だって、いつ止まるかわからない。それだけの負荷を、この心臓には強いてるんだ」
「……嫌だよ、朝陽君が死ぬなんて」
「もちろん、今すぐ死ぬわけじゃない。というか、そもそも死ぬって決まったわけじゃ――」
「私は確証が欲しいんだよっ。朝陽君が死なないっていう確証がっ」
弥生の訴えるような強い声に言葉を遮られ、何も言えなくなってしまう。
「いなくならないでよ。ずっとここにいてよ。私は、朝陽君とずっと一緒に居たいんだよ……」
「弥生……」
弥生は静かに涙をこぼす。
ここで俺が笑って「大丈夫」と言えば、彼女が泣くことはなかったのだろう。
不安に思うことはあっても、少なくとも前向きな気持ちにはなれたはずだ。
彼女を元気づける後先考えない勇気が。
責任をすべて背負える心の強さが。
俺は、欲しくてたまらなかった。
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