十九話 縁


「ここは……」


【異次元の洞窟】の最奥、青白い光の先にあったのは、見渡す限りの緑と、頭上に広がる青だった。


 まるで実際にどこかにある森の中にいるようで、これが【迷宮】の一種とは到底思えない。


「す、すっごい! 私だけの森だぁー!」


「はぁ? エミル、お前のものじゃないだろー⁉」


「じゃあ、私とルーフのものだもん。だからお兄ちゃんは出て行って!」


「お前が出てけっ!」


「きゃー! 襲われるー!」


「…………」


 俺の近くでギフ兄妹の追いかけっこがまたも始まってしまった。仲がよろしいことで。


 それにしても、なんだかエミルとビリーを見てると、アレンとエリスのことを思い出すな。俺の弟妹の場合、アレンがちょっとやんちゃするくらいで比較的大人しいタイプではあるけど。


 こっちに転生してからずっと一緒にいたせいか、ちょっと離れただけでかなりの月日が流れたように感じるから不思議だ。二人とも今頃元気にしてるだろうか……。


 ん、なんか視線を感じたような気がしてその方向を見たんだが、誰の姿もなかった。


 モンスターって感じじゃなかったな。なんか、人のような感じの複雑な感情のある視線だった気がする。


 こんなところに人がいる? 俺と同じようなスキルを使えるやつがいるってことなんだろうか?


 気配を探ってみたが、もうそこにいる様子はなかった。こっちが探ってるのを勘付かれたかな? まあいい。向こうもこっちに興味がありそうだし、いずれは会えることだろう。


 相手は気配を消せるくらい強いわけだから、敵として衝突することにならなきゃいいと祈るばかりだが……。






「「「「「グギャアアッ!」」」」」


 悲鳴とともにゴブリンどもの首が落ちる。


 あれから森を少し歩いて、ここの出現モンスターの種類はある程度見えてきた。今のところ、ゴブリン、オーク、ウルフの三種類だ。


 やつらは基本的に群れで行動していて、木々の間や茂み、岩の影から俺たちを獲物にしてやろうと様子を見ている。


 ゴブリンは仲間の死骸を盾にして向かってくるほど狡賢いし、オークは仲間と連携しながら慎重に攻撃してくる。また、ウルフは非常にすばしっこくてしつこい。


 モンスターたちは厄介なことに潜伏する際に気配も小さくしているが、俺には通じないってことで出てきた瞬間にこの有様だ。


「ゲコォーッ⁉」


 ゴブリンの首が足元へ転がってきて、びっくりしたのかエミルが大ジャンプする。多分6メートルは跳んでるな。さすが。抜群の跳躍力を持つカエル。


「ちょっ、エミル、脅かすなって! お前もモンスターだから同じだろ!」


「ゲコゲコッ……! んもう、お兄ちゃんったら! こう見えて私の中身は乙女だもん!」


 エミルもビリーも、モンスターの数が多い森の中ではかなりビクビクしてて、洞窟のようにはいかないようだった。


 この森は先が見えないくらい広くて、その分色んな方向からモンスターが集団で出現することもあり、それで恐怖感が増してるんだろう。


 その量が凄まじいんだ。これからはもっと増えてくることが予想されるし、そうなると仲間を守りながらだと対処できなくなる可能性もある。


 俺は目を瞑るのが最善の選択だと感じた。動きがよくなるだけでなく、わずかな気配も消せるのでそれだけモンスターが近づきにくくなると踏んだんだ。


 もちろん、匂いまでは消せないので完全に遭遇しなくなるわけじゃないし、消耗も激しくなるので良いことばかりではないが。


「ゲコオッ!」


「それえっ!」


 エミルとビリーも森のモンスターに慣れてきたのか、次第に対応できるようになってきた。


 エミルなんて蛙の姿なのを利用して、舌で攻撃してるから凄い。あそこまで伸びるんだな。


 また、ビリーによる落石が結構な頻度で成功していて、多分意識してやってるんだろうが大きさも微妙に成長してて【ドロップ】スキルの可能性を感じた。


 俺は目を瞑ってからというもの、相手の根城だと思っていたのが、自分の城にいるような気さえしていた。


 力みも気配もほとんど消えてなくなるため、モンスターたちに気付かれることなく、すなわち余計に消耗することなく風のように森の奥へと進むことができるのだ。


 目を瞑れば消耗が激しくなると思っていたが、これだけモンスターが多い場所なら逆に省エネになっていたってことだ。


「…………」


 あれからどれくらい経っただろうか。滝の音がしたと思ってその方角へと進んでいたとき、俺は自然と立ち止まっていた。


 そのとき、ようやく気付いた。そうか。俺たちは遂に辿り着いたんだ。【異次元の森】の奥地に……。


 目を開けると、そこは壮大な滝を背景にした崖の上で、すぐ傍に誰かいるのがわかった。だが、妙だ。すぐそこにいるはずなのに、誰なのかわからない。透明な存在なのか?


「あ、あんたは誰なんだ?」


「ルーフ、どうしちゃったの?」


「ルーフ、そこには誰もいないよ?」


「…………」


 ってことは、やっぱり俺にしか見えない?


「ご主人様、ですね。お待ちしていました……」


「うあっ……?」


 何かが抱き付いてくる感触がして、目線を下げるとそこには白いワンピースのような衣服を着た緑色の長髪の少女が微笑んでいた。


「ひ、久しぶりって、一体誰なんだ?」


「私は【異次元の森】の精霊であり、普段はここに住んでいますが、魂は異次元内であればどこにでも移動することができます。植物であればなんにでも宿るのです。木々の枝にも、落ちた葉っぱにも、そして洞窟に生えた薬草にも……」


「あ……」


「思い出されたようですね。貴族でありながら使用人の心配をするあなたの優しさ、そしてここまで来られる勇敢さに私は惚れました。なので、私はあなたのものです……」


――『【迷宮スキル・森の精霊フローラ】を発見しました』


「な、なんだって……?」


「私はフローラと申します。これからずっとあなたのお傍にいて、自然界の知恵や癒し、安らぎを与えることでしょう……」


「ね、ねええ! そこの子、勝手に何をしてるの! ルーフは私のお婿さんだよ⁉」


「え、エミル、それは違うだろ!」


「お兄ちゃんは引っ込んでて!」


 どうやら、森の精霊フローラが俺のスキルになったことで、ギフ兄妹にも見えるようになったらしい。


「うふふ。ご主人様は私のものですよ?」


「私のだもん!」


「いいえ、私のものです」


「わ、私のだもん……ひっく、えぐっ……。こ、これを見てもそれが言える⁉ ゲコォーッ!」


 涙目だったエミルがカエルに変身し、両手を掲げて凄んでみせたものの、フローラは微笑んだまま一切動揺してない様子。さすが森の精霊。


「カエルさん、あまり悪戯するようであれば、お仕置きの時間ですよ……?」


 フローラが杖を手元に出して掲げたかと思うと、カエル姿のエミルがとろんとした目つきになった。


「……ゲ、ゲコォ……?」


「え、エミルー⁉」


 その場に横たわったかと思うと、元の姿に戻るエミル。


「大丈夫です。眠らせただけですから。そこのぽっちゃりしたお兄さん、あなたもどうですか……?」


「あ……ぼ、ぼ、僕は遠慮しときますっ!」


「ふふっ」


「…………」


 フローラって穏やかに見えて、怒らせたら結構怖いのかもしれない。


 それにしても、彼女を呼び出すことで回復や睡眠が使えるなら便利だな。あと、自然界の知識もあるようだから、何かわからないことがあれば教えてくれるのかも。もちろん、スキルだから使用制限なんかはあるだろうけど。


「そういえば、帰るときはどうやって?」


「この滝から落ちるだけですよ」


「「えぇ……?」」


 ビリーと驚きの声が被る。森の精霊が言うんだから嘘じゃないのはわかるが、いざここから飛び込むっていうのは結構勇気がいるな。


「あ、そうだ。この滝の向こう側には何が?」


「そこに気づかれたのですね。さすが、私のご主人様です。あとをついてきてください」


 フローラの体がふわっと浮かんだかと思うと、滝の奥にすっと消えていく。下は崖だが、勇気をもってジャンプすれば余裕で届きそうだ。


「……あ、あの、ルーフ。僕、ここで待っててもいいかな?」


「いや、ビリー。そういうわけにもいかない。モンスターにやられてもいいなら置いていくけど」


「で、で、でも、もし落ちたら……」


「落ちたら帰還するだけだから大丈夫」


「で、でも怖いよ……。ど、【ドロップ】!」


「おぉ……」


 ちょうどいい具合の橋が落ちてきた。こんなものまで落ちるのか。しかもちゃんと繋がってるし、こりゃ凄い。


 そういうわけで、エミルを負ぶったビリーと一緒に橋を渡って滝の奥へ進むと、そこは洞窟になっていて通路の先には頑丈そうな分厚い扉があった。


「――ありゃ、この先にはまだ進めないみたいだ……」


「へー、そうなのかあ……」


 ということは、この扉を開けるにはまた何かを発見しないといけないってことだな。


 そのあと、俺たちは帰還しなきゃいけないってことで、嫌がるビリーの背中を押して無理矢理一緒に滝の下へと落ちるのだった。悲鳴がうるさくて耳が変になりそうだ……。

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