十三話 様変わり


 を乗せたご立派な馬車は、牛歩の如くのろのろと近づいてきて、道の脇にようやく停車した。大分遅刻してるのにあの余裕はなんなんだ。握りしめた懐中電灯を覗き込んでみると、案の定約束の時間である正午をとっくに過ぎてしまっていた。


 そこからがまた長くて、勿体ぶるかのように時間を置いてからイレイドのやつが出現し、一歩ずつ踏みしめるかのように下りてきた。


 金で買った扇動者や野次馬、女性たちの歓声や拍手を一身に受けながら、俺たちのほうには一切見向きもせず、涼しい顔で決闘場所の空き地へと向かうのが見える。


 遅れて来たことを謝るどころか、それがさも当然といった態度なので俺は怒りを通り越して、無意識のうちに首を横に振っていた。


 わかっていたことではあるが、本当にいけすかない野郎だ。幼少の頃から俺がリリアンと会話する際には、決まってどこかで目を光らせていたくせに……。


「――うっ……?」


 突然肩をポンッと軽く叩かれてビクッとなる。誰かと思ったら父さんだった。


「ルーフよ、肩に力が入りすぎてるぞ。イレイドに対して憤る気持ちはわかるが、力むな。戦うのであれば、力んでいいことなんて一つもないのだからな」


「そうよ、ルーフ。パパの言う通り、あんまり気負いすぎないようにね。ユニークスキルを貰ったときもそうだけど、どんなことがあっても私たちはあなたの味方なんだから」


「そうですよ、ルーフお兄様、どうかリラックスなさってください」


「うんうん、落ち着いて。ルーフ兄様なら大丈夫。イレイドに勝つと思うよ! っていうか、あいつなんかに絶対負けちゃダメだからね――あっ……!」


 アレンがいかにも力みそうになるような真逆のことを口走り、はっとした顔で口を押さえた。みんな苦笑いしてるが、でもそれで却って力みが取れてきた気がする。


「父さん、母さん、エリス、アレン……ありがとう」


 俺はみんなの応援のおかげで落ち着くことができた。そうだ、戦う前から些細なことで力んでしまうようなら、それこそイレイドの思うつぼじゃないか。


【無明剣】をより有効に使うためにも、俺はなるべく力みを捨てなきゃいけない。初めてこれを使ったときに思ったのは、想像しているよりも遥かに人間は力んでないように見えて力んでいるということだ。


 もし父さんに声をかけられなかったら、俺は自分の力みに気づかずに【無明剣】を使う前に終わっていたかもしれない。まだまだ未熟だったってことだな。さて、そろそろ俺も決闘場所へ向かうか……。






 神殿からやや離れた場所に空き地があって、多くの馬車が中に停められてもまったく問題ないと思えるほどの広さだった。元々は何かの建造物があったらしく、その痕跡のようなものが幾つか散見できる。


 ……なんというか、この辺は神殿と違ってやたらと血生臭い空気を感じるが、気のせいだろうか。それくらい嫌な気配が蔓延ってるんだ。


 空き地の周囲は既に多くの野次馬たちが取り囲んでいて、その一部が神殿のほうにも流れたらしく、基壇へ繋がる長い階段の隙間が見えなくなるくらいごった返していた。


 神殿に用事がある人にとっては邪魔でしかないのに、一向に排除される気配もないし、神殿の関係者は決闘に対しては黙認という形を取っているのかもしれない。今日が神殿にとって記念すべき日、すなわち聖日ならまた違った対応を取った可能性もある。


 決闘自体、禁止されているわけじゃないし、神殿近くでやるのも珍しくもないということなんだろう。


 俺は剣を手に、空き地の中央付近でイレイドと向き合うものの、決闘を取り仕切るような人物がどこにも見当たらないことに気づく。


 そんなものをわざわざ用意しなくても、すぐ決着がつくから必要ないだろうと言わんばかりに。


「さあ、ルーフ、二人きりになったし勝負を始めよう……と言いたいところだが、その前に少し話でもしようじゃないか」


「へ? この期に及んでなんの話だ……?」


「なんだ、随分と不服そうだね。そんなに私と話すのが嫌なのかい?」


「いや、わざわざこんなところまできて話があるって、相変わらず勿体ぶるんだなって思っただけだ。イレイド。お前としては少しでも早く俺を倒したいんじゃないのか?」


「……ふむ。これは驚いた。君は、目の前にあるご馳走を見たら、すぐに平らげてしまうというのかい? まるで飢えた子供のようだね」


「……つまり、俺を食い物に例えてゆっくり咀嚼しながら味わおうってわけか。本当に悪趣味だな」


「フフッ……。そんなに喚きたければ、今のうちに精々喚くがいい。ところで、君は知っているかい? この場所に、かつて何があったか……」


「知らない。何があったんだ?」


「ここには、各地から集められた犯罪者を収容するための牢屋があったのだ……」


「牢屋だって……?」


「そうだ。神に生贄を捧げるための、な……。その叫び声までも天へと届けるべく、生贄たちは生きたまま贓物をくりぬかれ、苦しみ悶えながら死んでいった。その行為があまりにも残虐非道だということで、新しい王に廃止されるとともに牢屋は取り壊されたのだ……」


「…………」


 道理でやたらと禍々しい空気を放っていたわけだ。


「今日、君はここで最後の生贄となる。私にとっては、生贄の活きがよければよいほど歯応えがあって楽しめる。特に、君に関して私は嫌というほど辛酸を味わったからね……」


「辛酸……? リリアンのことでか? だったらただの逆恨みだろう――」


「――黙れ。貴様のような虫けらごときが、知った風な口を利くな……」


「…………」


 穏やかな表情から一転して鬼のような顔になるイレイドの変貌ぶりには、感服するばかりだった。いくらなんでも色々と変わりすぎだ。


「私にとって、リリアン嬢は己の命同然だ。いや、そんな言葉さえも陳腐に感じるほどの、言葉では言い表せない疼きを常に抱えているのだ……」


 ……一体何が言いたいんだか、この男。とにかく気持ちが悪いっていうのだけはよくわかった。


「どうした、虫けらルーフ。何故黙り込んでいる? もっと私を挑発して喜ばせるがいい。リリアン嬢の表面しか見えていない単細胞の貴様と比べて、私の場合は頭の出来からして違いすぎるのだよ」


「……はあ。黙って聞いてりゃ、本当にくだらないな。表面しか見てないのはむしろお前だろ、イレイド。リリアンから見向きもされない理由がよくわかるよ」


「ハッハッハ! もっと、もっとだぁ……もっと私を挑発して嗜虐心を煽るがいい。リリアン嬢から見向きもされないだと? 否。私の思いがあまりにも強大すぎるがゆえに、理解されていないだけだ。私はリリアン嬢の表面だけでなく、内面も同様かそれ以上に愛することができる。リリアン嬢の冷たい眼差しだけでなく、彼女の表情を形作る心、頭の形や内臓、骨格、呼吸スピード……ありとあらゆるものを愛し尽くす自信があるのだ……」


「…………」


 この男、こんな気色悪いことを自信満々に語るなんて完全にいかれてやがる。リリアンがあれだけの忌避反応を示すのも大いに納得できる。


「イレイド……お前は人間じゃなくてまるでケダモノだな」


「……はぁ、はぁぁっ……そ、そうだ。わわっ、私はケダモノだ……。だからこそ、虫けら同然であるルーフウゥッ、お前をなぶり殺し、リリアン嬢に私の愛を証明してみせるのだ……キヒヒッ……」


「…………」


 この勝負、負けたほうは確実に死ぬ。お互いに相手を殺す気でやらなければ負ける。俺はそう確信していた。だが、だからこそ思い切ってやることができる。全てを出し尽くすことができるんだ。怖さがまったくないわけじゃないが、力を出し切れるのなら背水の陣も悪くない。


「さぁ、来い。イレイド」


「フフッ……アハハハッ……! む……虫けらが……虫けらが喋ったあああああぁぁっ……⁉」


 焦点の定まっていないイレイドの目がカッと見開き、俺はそれが決闘の始まりの合図だと無意識のうちに悟るのだった。

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