三話 独自性


「偉大なる神の声がただいま届きました。ルーフ・ベルシュタイン様。あなたのスキルは――【迷宮】です……」


「えっ……?」


 神官の重々しい言葉に俺は目を丸くする。【迷宮】だって……? 俺がそれまでイメージしていたものとはまるで違っていて、不安が渦を巻くように内側から押し寄せてくるが、とにかく気をしっかり持たないと……。


「……し、神官様、それはどういう効果のスキルなのでしょうか?」


「スキルの効果については字面でしか判断できませんので、効能については存じませんが、これは非常に珍しいものですね。未だかつて見たことがありません。いわゆるユニークスキルの一種ではないかと思われますよ」


「ユニークスキル?」


「はい。そもそも、スキルというものは神様からの贈り物ですが、無作為ランダムにというわけではありません。神様はその人に合ったものを贈与なさるのです。また、【鑑定術】というスキルを以てしても神様から与えられたスキルだけは見られないのが常識であります。ですので、特別な力に対しては安易に当たり外れで考えないことが肝要ですよ」


「は、はい」


 神官の言っていることはなんとなくわかるんだが、なんだか外れだからと慰めているかのようにも聞こえてしまう。


 そもそもスキルなんて自分で選べるものじゃないんだからしょうがない。俺は下を向きそうになったものの、前を向いて神殿をあとにすることになった。


 剣術スキルなら剣、魔術スキルなら魔法陣、回復術なら杖といった具合に、紋章を胸につけてスカウトらにアピールするのが慣例ってことで、俺は一応父さんと母さんから持たされていたにもかかわらず身につけることができなかった。


「…………」


 俺は無意識のうちに礼装の裾を握りしめていることに気づき、はっとなる。両親の期待に応えられなかったのがこんなにも悔しかったんだな。


 スカウトたちは神殿の入り口の脇に集まっていて、『洗礼の間』から出てきた俺を挙って注目してきたが、空気を読んだのか誰も声をかけてこなかった。外れだと思われたんだろう。


 俺はなるべく顔色を変えないように彼らの近くを通り過ぎる。確かにがっかりはしたもののそういう顔はしたくなかった。俺はベルシュタイン家の長男だから、外れスキルだとしても堂々としていたかったんだ。


「ただいま」


 俺が笑顔で戻ってくると、両親たちはみんなお帰りなさいと口を揃えて温かく迎えてくれたし、馬車に乗り込んでも気を使ってるのか誰もスキルについて尋ねてくることはなかった。


 俺が胸になんの紋章もつけてないことで察してるのかもしれない。でも気になってるだろうし。馬車が動き出すのを見計らって自分のほうから打ち明けることに。


「貰ったのはユニークスキルだったよ。【迷宮】だって」


「おぉ、ユニークスキルだったか。そりゃ珍しいな」


「パパったら、ユニークっていうくらいなんだから珍しいに決まってるでしょ」


「ははっ。そりゃそうだな。こりゃ、ママに一本取られた」


「「アハハッ」」


「…………」


 みんな無理して明るい空気を作り出そうとしていて、痛いほど俺に気を使ってくれてるのがわかる。これが本当の家族なんだなってしみじみと感じるくらいに。


「ルーフ兄様、【迷宮】ってどんなスキル?」


「……アレン、説明したいところだけど俺もわからないんだ。神官様も説明できないくらいだから」


「そうなんだ。【迷宮】って、なんかいかにも迷いそうなスキル!」


「アレン兄さん、ルーフお兄様をからかっちゃダメですよ?」


「へ? 別にからかってないし!」


「ルーフお兄様、私にはその【迷宮】スキルが無限の可能性を持っているように感じられます」


「ありがとう、エリス。【迷宮】だけに、可能性ってやつを探しに行かないとな。迷子になるかもだが」


 ……みんな黙り込んでしまった。冗談を言って和ませるつもりが滑ってしまったらしい。でも、よくよく考えてみれば俺にぴったりなスキルのような気がする。まだその効果は不明だが、宝探しのようなワクワク感があるからだ。


 これは俺が追い求めていたものだ。現状に妥協せずに常に高みを目指したい自分にとっては、知的好奇心をこれでもかとくすぐられるものだった。


 前世の俺だったらどうせ何をやってもダメだってネガティブな考えに終始してこんなポジティブな考えはできなかっただろう。


「――おかえりなさいませ」


 それから数時間後、自宅に着くといつものようにメイドのアデリータさんが笑顔で出迎えてくれた。


 彼女は幼少の頃から使用人としてずっとベルシュタイン家に仕えていた人で、特に俺に対して優しくしてくれた。『こんな大人びたお子様は見たことがない』『必ず大物になりますよ』と絶賛してくれたんだ。まあ前世の記憶があるから当然なんだが。


「あの、ルーフ様、お客様が」


「客?」


 自分だけアデリータさんに呼び止められ、誰だろうと思ってその方向を見たら……よく知っている人物だった。


 淡い桃色の髪を水色のドレスの胸元まで伸ばした、青い目を細めて挑発するような笑みを浮かべたリリアン・アリアンテ伯爵令嬢だ。


 家柄は申し分なく、見た目も容姿端麗でありながら、有力な貴族たちからの婚礼の誘いを頑なに断り続けているという変わり者だ。


「あらあら、ルーフ、おかえりなさいですわ。一体どんなスキルを獲得しましたのぉ?」


「…………」


 ニヤニヤと笑みを浮かべてきて鬱陶しい。こいつはやたらと意地悪で俺に突っかかってくる生意気な幼馴染なんだ。俺に一体なんの恨みがあるんだか。前世で因縁でもあるのか?


「お前には関係ないだろ」


「あらぁ、もしかしてハズレスキルでしたの?」


「さぁな。【迷宮】っていうユニークスキルだ」


 どうせ、いくらはぐらかしてもリリアンがしつこく食い下がってくるのはわかっていたので、俺は自分からバラしてやった。言っても問題ないしな。このスキルを付与した神官はもちろん、自分でも効果がわからないんだから外部の人間には猶更だろう。


「【迷宮】スキル……? ダンジョンと何か関係があるのかしら。いまいちイメージできないスキルですわね。お気の毒に……」


「そう言いつつ顔が笑ってるぞ」


「わ、わたくしはルーフを励まそうとしてやっているだけですわ!」


「随分と上から目線なんだな」


「そ、それはそうですわ! ふふんっ。なんたってわたくしは、伯爵令嬢ですのよ?」


「あっそう。俺を冷やかすっていう用事が済んだのならもう帰ってくれ」


「ちょ、ちょっと待ってくださいまし! こ、これを……」


「なんだ?」


 俺はリリアンから一枚の細長い紙を貰った。


「七日後はわたくしの誕生日ですの。夕方から我が家でディナーショーが開催されますわ。慈悲の心であなたも招待して差し上げます!」


「お、おい、そんなのに行くなんて誰も言ってない……!」


 リリアンは有無を言わさず颯爽と立ち去っていった。


 ……はあ。身分も全然違うのに俺なんかを招待して何がしたいんだか。ん、後ろから押し殺すような笑い声が聞こえてきたと思ったらアデリータだった。


「ルーフ様は、リリアン嬢から好かれておりますね」


「まさか。からかわれてるだけだよ」


「素直じゃないだけですよ。くすくす……あ、失礼いたしました!」


「いいよ、別にそれくらい……」


 俺は舌打ちをしつつ屋敷の中へと入った。ディナーショーにはこのチケットがなきゃ入れないわけか。なんで俺が行かなきゃいけないんだよと思うと無性に捨てたくなったが、まあいいや。


 よくよく考えたら俺自身、なんの予定もないしな。あいつの自慢話を聞かされそうだから癪だが、途中から聞き流して料理だけご馳走になればいいわけだし。

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