第5話 我儘の代償


 「これはまた……凄いな」


 「沢山買ってしまいましたね……流石に反省です」


 その後はブラブラと街中を歩いてみたり、大道芸をしている方々を見つけて長時間眺めてみたり。

 後は少しだけお茶をしたりと、本当にのんびり過ごした私達が家に帰って来てみると。

 それはもう多くの荷物が家の中に運び込まれていた。

 丁度配達時間が被ってしまったのか、幾つもの木箱を従者たちが運び込んで行く。

 多分重そうに運んでいる箱には、本が詰まっている事だろう。

 何というか、ごめんなさい。


 「あ、あの私達もお手伝いを……」


 「気持ちは分かるがヴィーナには無理だ。私が手伝って来るから、君は皆に帰りを知らせて来てくれ」


 と言う事で、搬入には旦那様が向かってくれたが。

 屋敷の中へと戻ってみれば、皆は随分と驚いた様子を見せた。


 「奥様!? 無事でしたか! お怪我はありませんか!?」


 「えぇと、どうしました? 搬入が忙しいだけではなく、何やら慌ただしい様子ですけども……」


 集まって来た従者の皆様に、はて? と首を傾げていると。


 「ただいま戻りました! 皆仕事をしますよ!」


 「メイド長! 奥様よりお戻りが遅いなんて……大丈夫ですか!?」


 どこか疲れた様子のアルターと多くの従者達が私の後から屋敷に突入し、急に大声を上げるのであった。

 思わずビクッと肩を竦めながらも、彼女に笑みを向け。


 「お帰りなさい、アルター。今日は皆と一緒にお出掛けしていたのかしら? 何か疲れている様子だから、皆にも無理させないで大丈夫ですからね? 御夕飯も、皆の分を優先して構いませんから。あ、むしろ私や旦那様は外食の方が良いかしら。そしたら、皆この後も休めるものね」


 「んんっ!? 違います奥様! 大丈夫です、疲れてなどおりません! おらぁお前等! 働けぇ! 奥様に気を遣わせるなぁ!」


 「アルター、本当に大丈夫?」


 やや普段と違う雰囲気のアルターがテキパキと指示を出し、周りの皆も忙しく動き始める。

 こうならない為に、外食にしようかと提案したんだけども……何やら逆効果だった様だ。

 本当にあまり無理はして欲しく無いのだけれど。

 アルターだってもう結構な年齢だし、周りの皆も若いからと言って体力は無限ではないのだ。

 であれば、どうするか。

 そう、こういう時こそ“我儘”を言うべきだろう。

 だって私は、“悪役令嬢”を目指すのだから。


 「アルター、私の言う事が聞けないのかしら? 何年ウチでメイドやっているの?」


 勇気をもって言い放てば、彼女どころか周りの皆も動きを止めてしまった。

 あぁこれは、行くところまで行くしかない。

 と言う事で、ゴホンッと咳払いを放ってから。


 「現在搬入している荷物を家に入れたら、全員休憩する様に。全く、そんな疲れた顔で仕事をされても、こちらまで気疲れしてしまいます。なので、休みなさい。荷物は玄関に放っておいて結構。私と旦那様が買って来た物ですから、下手に触られても困ります。ですので、休みなさい。良いですね? これは命令です!」


 ドヤァ……。

 ちゃんと最後まで我を通して、皆のお仕事を中断してやった。

 来客の予定も無いし、一晩あれば私と夫で今日買って来た物の整理くらいは出来るはずだ。

 これぞ我儘、自らの意志を押し通して周囲の手を止めて見せた。

 凄い、一日外出しただけで物凄く我儘になった気分だ。

 だって従者の皆止まっちゃってるし、コレはもうあと一押しだろう。


 「いえ、この程度では生温いですね……明日、いえ明後日まで全員に休暇を取らせます! しっかりと休んでその疲れた顔を治して来なさい! ホラ、モタモタせず皆実家に帰りなさい! 遠い人は離れに泊って良いですから体を休める事、私の命令は絶対ですよ!」


 そう叫んだ。

 完璧だ、コレはもう相手の都合を考えない物凄く我儘な行為だろう。

 急に仕事を奪われれば誰だって困ってしまうし、中途半端に投げ出せば後処理の方が大変になるかもしれない。

 その辺りは、アルターから引き継ぎを貰って可能な限り私が片付けておこう。

 という訳で、胸を張ってふんぞり返ってみれば。


 「奥様……その、誰も従者が居ない状態ですとお着替えなど……」


 「あ、今日購入した服凄いんですよ? とても簡単に着られるのに、凄く綺麗に着こなせます。そう言ったモノがあるので、大丈夫です」


 「お食事などは……」


 「これでも成人女性ですからね、キッチンに立った事は無いですが外食なら問題ありません。出来ればキッチンにも立ってみたいですが……こればかりは、皆が居る時でないと火事になっては困ります。なのでそこは我慢するとして、あとは……あ、今有る食材が心配ですね。痛みそうな物は今日皆で食べてしまいましょうか、宴です」


 ハッハッハ、あのアルターでさえ動揺している。

 でも数日家を空ける程度なのだ、火の心配さえ無ければ問題ないだろう。

 火事にしない、おかしな事をして物を壊さない。

 それさえ徹底すれば私だって一人で数日過ごすくらい出来る筈だ。


 「という訳で、明日から皆お休みにしましょう。普段からいっぱい働いていますし」


 「奥様……えぇとですね……」


 アルターからは、物凄い視線を向けられてしまったが。

 それでも周囲の皆からの視線は温かかった、何だか妙に温かかった。

 と言う事は、問題ない筈。


 「ヴィーナ、荷物なんだが……って、どうした?」


 「あ、旦那様。明日から数日従者に休みを出す事に致しました、私の“我儘”で!」


 これはもう我儘令嬢にまた一歩近づいたと、旦那様も褒めてくれる筈。

 そんな事を思いながら、ニコニコ笑顔で報告してみれば。


 「なんですと?」


 旦那様が、おかしな口調で真顔になってしまった。


 ――――


 「良いかいヴィーナ? 今日から私はまた仕事に戻る、知らない人が来ても玄関を開けてはいけないよ? 食事を摂るにも、鳥小屋の鳥を使えば宅配業者に連絡出来るから、無理に出かけず配達を頼みなさい。それから出かける際はなるべく露出を少なく、そして人の多い乗合馬車を選んで、もしくは専用の御者を呼ぶ様に。こちらもどの鳥を使えば良いのか書いておいたから――」


 「旦那様、大丈夫ですから。お仕事に向かってくださいませ」


 やはり嫁入りだとあまり信用が無いのか。

 従者が一人も居なくなってしまったお屋敷の玄関で、旦那様はひたすらに注意事項を口にしていた。

 私が従者に言い渡した休日は二日間。

 二日間程度なんだ、人間水さえ飲んでいれば三日は生き永らえると言うのだ。

 ならば私自身は問題は無い筈。

 それこそ、新しく買って来た本を読んでいれば一瞬も一瞬だろう。

 全く持って、問題が無い事態なのだが。

 アルターにも引継ぎと一緒に色々と注意事項を言われてしまった程。

 包丁には触らない、火は取り扱わない。

 その他外出の際や、その他諸々気を付ける事などなど。

 十代の頃からこのお屋敷に住んでいると言うのに、些か過保護とも思える注意を受け、外出に関しては目の前で新しい服に着替えて見せて大丈夫だと証明したのだが。

 それでも、駄目だったらしい。

 最後の最後まで、物凄く口をすっぱくして気を付けろと言われてしまった。

 更には、旦那様にも。


 「いいかい? 出来る限り家の中で過ごすんだよ? 本はいくらでも読んで良いから、私の部屋にあるものも全て読んで良いから。だから可能な限り、家で過ごすんだよ?」


 「はいはい、分かりましたから旦那様は稼いで来て下さいませ。お仕事が上手くいく様に、そして無事帰って来られる様に願うのが妻ですから」


 物凄く心配されている、ただお留守番するだけなのに。

 おかしいな、私はしっかりと我儘が言えたはずなのだが。

 ここは褒めてくれる所じゃないのかと疑問に思ったりもするのだが、相手は数歩進んでは此方に戻り、言葉を連ねる。


 「最近詐欺や強盗の類も発生しているらしい、私の部屋に短剣があるから常に身に着けておきなさい」


 「あ、はい。わかりましたから、そろそろお仕事に行きましょうね? 御者さんが待ちくたびれていますよ?」


 そんな訳で、何度も戻って来る夫がやっと仕事場へと向かったかと思えば。

 馬車の窓から身を乗り出して、何度も私の名前を読んで来る程。

 流石に恥ずかしくなり、小さく手を振り返すだけに留めたが。

 それでもやがて夫の姿も見えなくなり。


 「す、すごいです……私今、“独り暮らし”です」


 貴族の娘としては、我儘の頂点。

 自ら実績を残し、お金を稼ぎ。

 そして自分の身を自分で守る手段も身に着けた女性だけが許されるという、“独り暮らし”。

 現在従者の皆も居ないし、旦那様さえ居ない。

 全て自分でやらなければいけない環境なのだが、私は興奮していた。


 「わ、我儘って凄いです! 私が一人でこの場に残るなんて、今までに考えられなかった偉業! 私は今、俗に言う“自由を手に入れましたわぁ!”って叫んで良い状況なんでしょうか!?」


 物語でも、地位も家族も婚約者も捨ててそう叫んでいる令嬢を見た。

 私はまさに、今その状況なのではないだろうか。

 地位も捨てていなければ、従者は数日のお休み。

 旦那様は仕事に向かっただけなのだが。

 それでも。


 「一人って、何だかソワソワしますね」


 そんな事を言いながら、我が家の玄関を潜るのであった。

 さて、何をして過ごそうか。

 ワクワク。


 ――――


 「アルター? 居ますかー? 居ませんよねー?」


 自室から顔を覗かせ声を上げるが。

 誰の返事が返って来る訳でもなく、私の声だけが響く。

 夫が仕事に行ってから、数時間。

 最初こそ本を読みながらベッドでゴロゴロしていたのだが、周りから何も音が聞えない事が不安になり顔を出してしまった。

 誰も居ない。

 それは新鮮な感覚と共に、不安を煽って来る状況だった。

 そうだ、戸締りには気を付けろって言われていた。

 玄関は閉めたけど、窓は大丈夫だろうか?

 パタパタと走り出し、一つ一つ窓を確認していく。

 これだけ広いお屋敷だ、窓だっていっぱいある。

 従者の皆は、毎晩こんな事を連携してこなしていたのか。


 「とはいえ、全部閉まっている……流石アルター、抜け目ないですね」


 ひとしきり確認を終え、一汗かいた所でお腹が鳴った。

 お腹空いた。

 人間水だけ飲んでいれば、なんて言っていた自分が恥ずかしくなる程、それはもうぐぅぅっと。

 厨房に行けば何かあるだろうか?

 火と刃物は使っちゃ駄目って言われたけど、保冷庫に何か食べられる物があるかも。

 そんな事を思いながら、そそくさと厨房へ向かってみれば。

 やっぱり静か。

 普段なら皆が居て、顔を出せばニコニコと笑いかけてくれるのに。

 今日は、誰も居ない。


 「大人ですから、寂しくなんか無いです」


 わざわざ声に出しながら、厨房へと足を踏み入れ保冷庫を開けてみれば。


 「……ちょっとだけ、過保護過ぎませんかね?」


 一日目、朝食。

 一日目、昼食。

 などと書かれた札と共に、ご飯が冷やされていた。

 更には“お残しした場合には無理して次の食事に回さない様に、お腹が痛くなってしまいます”という注意書きも。

 我儘というのは、こういう事なのか。

 皆に心配を掛けるし、いざ私の我儘が通っても皆の仕事を増やしてしまう。

 これでは本当に悪役の、皆から嫌われるだけの令嬢の様だ。

 確かにそう言うモノを目指したいって、こんなに自由に生きられるのならって憧れたが。

 でも、こういうのじゃないんだ。

 周りに居る皆は大好きだし、従者だって全員の名前を憶えている。

 心配させたい訳じゃない、悲しませたい訳じゃないんだ。

 やっぱり、我儘って難しい。

 ちょっと悪役の真似をしてみたかっただけ、皆にお休みがもっと増えれば疲れた顔をしないんじゃないかって思っていただけ。

 でもやっぱりどうしても迷惑を掛けてしまうのだろう、心配させてしまうのだろう。

 例え雇い主と雇われ従者の関係だったとしても、私は皆が大好きだから。

 そして皆も、少しだけでも私を好いてくれれば良いなと思って接していたから。


 「ごめんね、皆……でも、この数日でしっかり休んでくれたら良いな。皆、頑張り過ぎるんだもん。旦那様だって、そりゃ心配するよ」


 まるで子供みたいな口調になりながら、皆が用意してくれたサンドイッチをテーブルへと運んでから口に運んだ。

 凄いなぁ、皆。

 作り置きなのに、こんなに美味しいんだもの。

 そんな事を思いながら、パクパクとサンドイッチを減らしていくのであった。

 まだ、午前中。

 隠れて本を読む癖があったから、速読の癖がついてしまったのだろう。

 もう二冊ほど読み終わってしまった。

 でも、まだ旦那様が出発してから数時間。

 だとすると。


 「一日って、私が思っているよりずっと長かったんですね」


 楽しい時ほど時間は早く過ぎる。

 そんな言葉を聞いた事はあったが……つまり私は、この生活に満足していたのだろう。

 例え仮面を被っていても、従者の皆との関りに心満たされていたのだろう。

 色々な事をやらせてもらって、駄目だと言われる事の方が少なくて。

 更には、先日夫ともしっかり心を交わした。

 自らが隠して来たモノを曝け出し、相手も同じ様に曝け出してくれた。

 嬉しかったのだ、単純に。

 事務的に共に過ごして来た相手だった筈なのに、私の趣味を理解してくれた。

 そして共感してくれた上に、グッと距離が近くなった。

 私の我儘に付き合ってくれて、貴重な休日を全て私の為に使ってくれた。

 普通だったら、こんな事あるだろうか?

 パーティーに参加した際、周囲の御婦人達は皆夫の愚痴などを溢していたが。

 それに対し、私はいつも曖昧な笑みを返す他無かった。

 だって前まではあまり興味が無かったから、相手も私と同じように事務的に接してくる相手でしか無かったから。

 それでも、今は。


 「会いたいです……共に居たいです。一緒にサンドイッチを食べて、美味しいねって。そう笑い合えたら、私は多分幸せなんです。それくらいの事でも、一緒なら楽しかったんです」


 ポロポロと、涙が零れた。

 これまで一人になる時間の方が少なかったから、誰も居ない環境に慣れていないから。

 そう言った条件で、情緒不安定になっているのかもしれない。

 でも今、夫に隣に居て欲しいと感じている自分が居る。

 買い物に行った時の照れた様な仕草、本を買う時のガツガツとした姿勢。

 下着を買ったという話をしている時に、初心過ぎると思ってしまう様な反応等など。

 それらが全て脳裏から蘇って来て、余計に寂しくなってしまった。

 多分私は、恋をしているんだ。

 本性を晒した、旦那様に。

 だから傍に居て欲しいし、不安な時は顔を見せて欲しい。

 でも今は、誰も居ない。

 旦那様は勿論、仲の良い従者の皆だって居ないのだ。


 「うぅぅ、寂しいよぉ……でも私の我儘に付き合ってくれた皆の為にも、我慢しなきゃ……でも、やっぱり寂しい。皆早く帰って来てぇ……旦那様ぁ……」


 子供の様にポロポロと涙を溢しながら、皆が用意してくれたサンドイッチを口に運ぶのであった。

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