誰が花壇を枯らしたか②

 今日も最低限の業務をこなすと、相談室へと向かう。無論、昨日の調査の続きをするためだ。

 教室のドアを開き中を見渡す。するとそこでは、既に先客が窓の外に身を乗り出しながら例の花壇を見下ろしていた。


「こーら、宮原くん。危ないわよ、そんなとこ」

「おっ、センセー。お疲れさん」


 私の存在に気付いた彼は、くるりと体を反転させると、窓際の椅子に腰を下ろした。


「で、何か面白い物でも見えたのかしら?」

「ぜーんぜん。ほら、こうやって上からみたらさ。実は数本枯れてない花が残ってて、それらを線で繋いだら暗号になっている……なんてのを期待したんだけどなー」

「そんなことあるわけないじゃない」

「いやいや。あらゆる可能性を潰していくのも捜査の内だぜ?わかってねーな、センセーは」


 宮原くんは洋画の様にオーバーなジェスチャーをつけながら、大きく溜め息を吐いた。その仕草にこの上なく腹が立つ。


「相変わらず可愛くないわね、あなたは」

「そんなことより、センセー。ノック……忘れてるぜ」


 昨日私に指摘されたのを根に持っているのか、宮原くんは底意地の悪そうな笑顔でドアを指差した。だが、私はそんな彼の言葉を無視し、手近な椅子へと腰を下ろす。


「私はいいのよ。だって先生だもの」

「はぁ?なんだよソレ!理不尽だろ!」

「社会に出たらね。もっと理不尽なことはいっぱいあるわ。学校ここ理不尽そういうことを学ぶ場でもあるの。……よかったわね。一歩、大人に近付けて」

「ケッ。そんなことばっか言ってっから彼氏出来ねんだよ、センセーは」


 弁慶には向こう脛、ヴァンパイアには銀の弾丸、鬼には炒った豆。ありとあらゆる者には必ず弱点というものが存在する。そして、彼が発したその言葉は、私にとっての弱点であった。


(ぐぅっ!!) 


 お見合い三連敗中の私にとって最も言われたくない言葉。反論する気力さえ奪われた私は、教師にはあるまじき行為。つまりは暴力で反撃をしたのだった。


いってぇーー!!」


『ゴチン!』という拳骨の音と宮原くんの絶叫が教室内部に響く。

 ドアの向こうから、か細いノックの音が聞こえたのは、それとほぼ同時だった。


「あのぉ~……。もしかしてお取り込み中でした?」


 ドアの隙間から顔をのぞかせた花崎さんが、ぐるりと室内を見回した。彼女の顔を見て平静を取り戻した私は取り繕うように笑うと、宮原くんの頭を執拗に撫で回した。


「なんでもないわよ?花崎さん。……ほら、宮原くん。花崎さんが来たわよー」

「ちょ、撫でんのやめてくれよ。なんかこう……ヤダ」


 パシンと手を払われた私は、あたかも何もなかったかのように向き直ると、入り口から顔を出す花崎さんに笑いかけた。


「で、花崎さん?確か今日は美化委員の後輩くんのお話しを聞けるんだったわよね?」

「あっはい。今来てもらってるんですよ。……さ、五十嵐くん。入って入って」

「…………ウス」


 二年生である花崎さんの後輩。つまりは去年まで中学生だった少年だ。しかし、その声は年相応というにはあまりに低く、その風貌は美化委員というにはあまりに厳つかった。


「紹介します!一年A組の美化委員、五十嵐隼人いがらしはやとくんです!」

「……どうも」


 剃りこみの入った坊主頭に、鋭い目付き。そして、それに見合ったガタイの良さは私の想像していた五十嵐くん像を粉微塵に破壊した。


(……バリバリのヤンキーじゃないの!?)


 一年A組の現国は私の担当じゃないから知らなかったが、彼が五十嵐くんだったのか。やけに気合いが入った一年が居るのは、何度か見かけていたけど……。

 若干萎縮している私の横で、宮原くんが軽く手を上げた。そして、彼はだらしなく椅子にもたれるといつもの調子で話し始めた。


「よお、初めまして。宮原圭吾だ、よろしくな。早速だけどあんたに聞きたいことがあんだよ」


 そう言い放った彼の襟首を掴むと、私は素早く耳打ちをする。


「ちょっと、宮原くん。相手はヤンキーよ?舐めた口聞いてるとぶん殴られるかもしれないじゃない」

「大丈夫だって。寧ろぶん殴ってきたのはセンセーだろ?」

「いや、あれは。だって……」


 私達がこそこそと話をしていると、正面にたったまま仏頂面だった五十嵐くんが切り出した。


「あの、花壇の件っスよね?俺が呼ばれた理由って。花崎先輩から聞きました」

「そいつぁ話が早い。その事件の解決を花崎から頼まれたんだよ。探偵倶楽部部長であるこの俺にな」

「探偵倶楽部?」

「いや、その阿呆の話は気にしないでね?五十嵐くん。実は先生、花崎さんからその花壇のこと相談されたのよ。ほら、もしかしたら警察沙汰になるかもしれないし」

「け、警察ですか……」


 五十嵐くんは青ざめた顔で視線を落とす。まあ無理もない。いくらあの風貌だからって、中身はまだ高校一年生なのだ。いきなり警察だなんだと言われれば、萎縮するほうが普通なのだろう。


「まあまあ、もしもの話だから。そうならない為にも先生、こうやって関係者の皆から事情を聞いてるの」

「そうだよぉ、五十嵐くん。昨日あったことを話してくれればいいんだよ?ね?」


 彼女にとっては可愛い後輩なのだろう。花崎さんは臆することなく五十嵐くんの背中をポンポンと叩くと、彼ににっこりと笑いかけた。


「う、ウッス」


 一瞬で顔を赤くすると、五十嵐くんは顔をブンブンと左右に振った。ふーむ、なるほどなるほど……。青春してやがんなぁ、チクショウ!

 私の負の感情を知ってか知らずか。彼は昨日の事を思い出すかの様にスッと右上に視線を向けた。


「そんじゃあ五十嵐君とやら。まずは昨日の仕事の流れを教えてくれ。何か犯人の手がかりが見つかるかもしれん」

「わかりました」


 相変わらず偉そうな宮原くんに向かって五十嵐くんが頷く。そして、昨日の出来事について、彼はゆっくり語り始めた。

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