創設!探偵倶楽部!②

「あー……、宮原くん?それはつまりミステリー研究会とかそういうヤツってことよね?」

「全然違うよ。探偵倶楽部だ」

「確かにウチの学校にはミステリー研究会はないけど、それだったら文芸部に入って推理小説でも書いたらいいんじゃない?」

「だから違うって!探偵倶楽部はミステリー研究会じゃないんだ!」

「いいえ違いません。我が校では探偵倶楽部と書いてミステリー研究会と読みます」


 間違いなく面倒な案件だ。ここは関わらないに限る。そう判断した私は、ピシャリと言い放った。だが、そんな私の顔を宮原くんはギリギリと怨めしそうに睨んでくる。


「そもそも探偵倶楽部って何よ。まさか学生の身で浮気調査でもしようっての?」

「そうじゃない。もっとこう、日常に溢れる事件を俺の力で解決したいんだ」


 迷いなくそう語る彼を前にして、私は眉間を人差し指で軽く押さえる。少し、世間のソレとはベクトルが違うが、これもまた一種の中二病と言うヤツなのかもしれない。


「あのね宮原くん。現実ってのはあなたが思うほど事件には溢れていないの」

「でも『事実は小説より奇なり』って言葉もあるぜ?センセー現国の担当なのに知らねーの?」

「…………」


 落ち着きなさい、私。相手はまだ子ども。毅然とした態度で対応するのよ。


「そうは言ってもね?小説やドラマみたいに殺人事件や奇抜なトリックって、そうそうないのよ?」

「わかってるよ、そんなこと。だから些細なことでも、日常的な事件を解決するような部活にしたいんだ。ほら、何事も基本が大事だろ?センセー」


 チッチッチと指を左右に振る宮原くん。……いちいち言動が鼻につくわね、この子。

 夢をみているんだか、現実をみているんだかいまいちわからない教え子の解答に、どうしたものかと私は首を捻る。だがその時、半開きの引戸から、コンコンというか細いノックの音が教室に木霊した。


「あら?誰か来たみたい。さ、宮原くん。あなたの相談は終わりました。じゃあ気を付けて帰ってね」

「ちょ、まだ話は終わってねえよ。センセー」

「いいえ、終わりました。文芸部にでも入ってください。……はーい、次の方どうぞ」


 我ながら病院の案内みたいな呼び方をしてしまったと、少し恥ずかしくなる。そして、そんな私の呼び掛けに反応するように、半開きだったドアがゆっくりと開かれた。


「あのぉ~……ここに来れば相談にのってくれるって聞いたんですが、本当ですか?」


 私の呼び掛けに、オドオドとした女生徒が顔を覗かせる。


(だからなんでもじゃないってのに……あの教頭、適当言いやがったわね)


 女生徒の言葉に憤る私よりも早く、隣の宮原くんが反応を示す。


「ん?おお!花崎か」

「あれ?圭吾くん?」


 彼の言葉に思考を巡らせる。花崎……、花崎……?ああ!宮原くんと同じクラスの花崎向日葵はなさきひまわりさんか!


「いらっしゃい、花崎さん。何でもでは無いけれど、相談にはのるわ。さ、そこの椅子にでもかけてちょうだい」


 彼女の名前も先程思い出しただけなのだが、あたかも知っていた風を装い、私は彼女に座るよう促した。


「あ、ありがとうございます……」

「で、早速だけど。あなたの相だ……」

「花崎の相談ってなんなんだ?」


 私の声を遮るようにして宮原くんが身を乗り出す。


「え?あの……その……」

「ちょっと宮原くん!あなたはもう帰りなさい。花崎さんもプライベートなことは聞かれたくないだろうし」


 うつむき加減で話す彼女に目をやりながら、私は諭す。だが、渦中の人物・花崎向日葵さんの口から出た言葉は意外なものだった。


「い、いえ。圭吾くんにも聞いてもらいたいです。……その、私の相談はできるだけ多くの情報が欲しいので」


 授業中の受け答えですら、緊張でまともに話せない彼女から出た意外な返答。その言葉に呆気にとられた私の横で宮原くんがニヤリと笑った。


「ほぅら、センセー。花崎もいいってよ」

「ぐっ……。わかったわよ。じゃあ花崎さん。ゆっくりでいいから、その相談ていうのを聞かせてもらえるかしら?」

「は、はい!」


 彼女は両の拳をキュッと握ると、ポツリポツリと語り始めた。


「私、その……美化委員をやっているんですけど。その仕事の一環で、花壇の手入れもしてるんです」

「あら、そうなの。それは感心だわ」

「ありがとうございます。……でも、実はですね?先日、私のお世話していた花が……全部枯れてしまってたんです!」


 慣れていないのか、突然大きな声をだした彼女に私はピクリと体を強張らせる。


「私が一生懸命お世話していたのに……許せません!」

「そ、そうなのね。……でも植物も生き物だし、たまたま気候とかが重なってそうなった可能性も……」

「あり得ません!いつも通りお水をあげただけなのに、一斉に枯れるなんて!」


 ヒートアップする花崎さんに、気圧される私。しかし、隣の宮原くんは飄々とした態度で窓の外を指差した。


「それって、あの花壇のこと?」

「そう!それです!」


 相談室の窓から見下ろせる位置に、その花壇はあった。正門からは校舎が影になって見えないが、確かに幾つかの立派な花壇がそこにはあった。


(へぇ~。普段はあんまり意識してなかったけど、中々立派な花壇ねぇ)


 呑気にそんなことを考えながら、花壇に植わっている花達に私は目をやる。


「………っ!?ホントに全部枯れてるじゃない。イタズラにしては質が悪いわね」


 花壇に咲き誇る花達が全て、見るも無惨な茶色に染まっている。ほんの数日前まで、そこには色とりどりな花が咲いていたいたかと思うと、正直驚きを隠せない。


「おーおー、本当だ。こりゃあ見事にやられてんな。……で、花崎はどうしたいんだ?」


 宮原くんの質問に、彼女はキッと顔を強張らせた。


「こんなことをした犯人を見つけたいの!そして、その理由も知りたい」

「ええ。花崎さんの気持ちももっともだわ。わかりました。この件は他の先生とも話し合って、最悪警察にも……」


 そういいかけた私を、隣に座る偉そうな男子生徒、宮原圭吾くんが静止した。


「ちょっと待てよ、センセー。これは探偵の領分。つまり、俺の仕事だ。だからよ。安心してくれ、花崎!この事件の犯人、必ずが見つけてやるからよ!」 


 私が意義を唱える暇もなく、彼は花崎さんに向かって淡化をきった。そして、そのメンバーに私も含まれていると気付いたのは、それから数秒たってからのことだった。

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