10 おままごと

 心身の疲れを理由に、その晩は自分の寝室で眠りについた。


 柔らかい朝日に起こされたが、胸には重いしこりが残されたままだ。

 昨日はドラゴンに遭遇することはできなかったものの、計七人の従属を救うことができた。


 しかし「救済」なんて、おままごとのようではないか。一時的に回復したとしても、彼らは主の元に帰ればまたこき使われ虐げられるのだ。それに……。


――近いうちに、あたしたちは高い値段で売られるんだ。船にぎゅうぎゅうに詰められて、遠い国に連れてかれる。


 恐ろしさに、身震いした。他国ではすでに従属貿易が始まっているという。

 それなのに、己にはなす術も無い。自分の無力さを思い知り、胸が裂けそうになる。

 もしから、ガブリエルも同じ思いを抱いているのではないだろうか。己の立場を憂い、ジャンヌ自身以上に苦しんでいるのでは……。


「ジャンヌ様。おはようございます。入りますよ」


 従者たちが寝室までやってきた。

 寝台から立ち上がり、着替えの手伝いを頼む。しかし姿見の前に立ち、自分の暗い顔をみているうちに、全身がふわりと軽くなるような感覚に襲われた。


「ジャ、ジャンヌ様!?」


 間近にいるはずの従者の声を遠くに感じながらその場にしゃがむ。身体の揺れが収まるのを待ち、ジャンヌはようやく「平気よ」とだけ返した。

 




 着替えも朝食も断って、再び寝台に戻った。

 よほど疲れたのか気を揉んだのか、頭もがんがんと鳴り始める。痛みに苦しみながらも、横たわるとすぐに意識が途切れた。



「――ジャンヌ!」


 目と鼻の先に、魔王の青ざめた顔があった。


「だ、旦那様……?」

「旦那様。ジャンヌ様を無理に起こさないでくださいといったはずですが」


 苦言を呈すのは扉の前に控えるアイリィだった。


「私はもう大丈夫です。でも、旦那様はまだ寝ていらしたほうがよろしいのでは?」


 寝起きの顔を隠しつつ窓に目をやる。日は傾いていない。普段なら、夫はまだ寝入っているはずの時刻だ。


「おまえが倒れたと聞いてのんきに寝ていられるか!」

「お、大げさです」


 倒れたわけではない。ふらついてしゃがみ込んだだけだ。自力で歩いて寝台に戻ることもできた。


「大げさではない。ジャンヌ、おまえ。もしや――」


 ループレヒトは寝台の傍らに跪きジャンヌの手を取った。ジャンヌをいたわるような、そして縋るような彼の手が熱い。


「も、もしや……?」


 ――勘付かれたのだろうか。


 脇に薄く汗が滲む。

 分かち合おうと言われた魔力を全て還元していることを、見破られてしまったのでは。

 ループレヒトの魔力を受け取っていながら今のように体調を崩す。怪しまれてもおかしくはない。


「あ、あの……」


 血の気が引くのを感じながら、頭の中で必死に言い訳を探す。


「もしや、世継ぎを宿したのでは……?」


 え、と声を漏らすのと同時に、廊下から「到着なさいました」と従者の声が上がる。


「どなたかお客様が?」


 ジャンヌが戸惑っているうちに、ループレヒトは心得ているというふうにため息をつき立ちあがった。


「やっと来たか」

「アイリィ。急いで着替えるわ。手伝ってちょうだい」


 客人が来るだなんて、ジャンヌは一言も聞いていない。そもそも、誰も近寄ることのない城なのだと思っていた。

 支度のためにあわてて起き上がろうとすると、しかめ面になった夫が制してきた。


「おまえはこのままでいい。アイリィ、やつをここへ通しなさい」

「?」


 ジャンヌは寝間着の前をたぐり寄せ、首を傾げた。

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