第2話 ジョブ【配信者】

 体が簡単に弾き飛ばされた。


「ぐ、うぅ……」


 オオカミのような頭に二足歩行をする体、棍棒のようなものを手に持ち、口からは大量のヨダレを垂らしている毛むくじゃらの化け物。そんな見た目のモンスターが三体、僕を取り囲むようにして痛ぶってきていた。


「ぐああっ!」

「ガホガホガホ!」


 独特な笑い声を漏らしながら、棍棒で、その爪で、僕の体に傷をつける。

 そのおかげでロープによる拘束は解けたが、全身が痛くて仕方がない。


 だが、これでも日々受けてきた普段の鍛錬よりかはマシな方だ。


 思えば、僕は毎日、いわれのない罵声を浴びせられ、腐った木の枝で無理矢理に稽古をさせられ、一方的に叩かれていた。


 考えてみれば今の状況なんて、昨日までの日々よりも全然マシだ。冷静になれ、モンスターと言えどもダンジョンにいるのは魔獣と聞いたことがある。魔獣ということは知能が高くとも、能力が優秀でも、動きが単調はなずだ。

 ゆっくりとだが、思考が切り替わってきた。じっと観察して、今度こそ目の前に振り下ろされた棍棒をすんでのところで回避した。


「ガウアッ!」

「よしっ」


 驚いた様子。動きに隙ができた。


 棍棒による振動で揺れる体に鞭打ってそのまま足払い!


「グオオ!」


 よろめいたところで持ち手に蹴りを入れ棍棒を奪う。


 得意の得物じゃないが武器は確保。


「グルルルルルゥ」


 さっきまでは完全になめてくれていたようだが、少し警戒されてしまったらしい。


 剣聖だったらこんなヘマしない。そもそも三体相手でも一撃で倒せるだろう。


 普段なら、さっきの足払いで鎧を蹴って、僕の足が悲鳴をあげていたはずだ。今日はついてる。ダメな僕でもこの場くらいは……。いや、生き延びてどうするかなんて考えるな。


「ガルアアアアア!」


 リーダー格の少し大きい魔獣が、一際大きく叫ぶと、合図とばかりに三体同時に迫ってきた。


 攻撃は単調。だが、連携に隙がない。武器があることで攻撃を受け流せているが。


「ガルアア、アアアッ!」

「うっ!」


 武器ごと後ろに思いっきり弾き飛ばされる。

 防げば手がしびれ、鋭い爪の攻撃が地面を抉る。


 三体の魔獣の相手をするには、自分に合わない大きさの武器じゃ、思うように動けず攻撃を当てることすらままならない。

 ダンジョン内の暗さも相まって、完全に相手のペース。


「ジョブが、ジョブがもっと優秀なら、せめて、何かスキルが使えれば……」


 ジョブによって与えられる、天職にふさわしい力。その一つがスキルと呼ばれる特殊な能力。

 魔法使いならその他の者より魔法を扱え、剣士ならばその他の者より剣を扱えるようになる。


 シュウェット家で剣聖であるか否かが重要視されたのも、多分これが一つの理由。剣聖の家で剣聖でないことが価値なしとされるわけだ。

 とは言え、棍棒を上手く扱えるのは、きっとジョブが荒くれとかなんだろう。僕は荒くれじゃない、配信者だ。


「はっ」


 回避が遅れ、着ていた服に爪がかすった。防御力は元からないようなものだが、破けて完全に役立たずになった。

 そのうえ、体力の限界が近いからか、視界が少しずつかすみ出した。頭がぼーっとして、なんだかふわふわしてきた。


 ああ。ダメか。帰ることもできないのか。


 まっすぐ立っていることすらできず、フラフラとする体を棍棒を杖代わりにしてようやく立っている。


 こうなったらもう、一か八か。


「【配信者】! 応えてくれ!」


 だが、僕の声にジリジリと迫ってくるのは目の前の魔獣たちだけ。

 スキルの使い方も何もわからない。ジョブだって、親と同じだからこそ代々スキルを受け継ぐことができるのだ。親と同じスキルでなく、今までにないジョブの子どもなんて……。


 もうダメだと思って目をつぶったが、攻撃はなかなか僕の体に当たらない。そっと目を開けると、目の前の魔獣たちの動きが止まっていた。


 そして、リーダー格の魔獣が、突然、でたらめに棍棒を振り回し出した。


 それによって、取り巻き二匹が叩き飛ばされ動かなくなった。


「グオオオオオ!」


 自分がやったことにも関わらず、怒り狂ったように大きく叫ぶと、先ほどよりも激しく闇雲に暴れ回り出した。


 だが、なぜか僕の姿が急に見えなくなったかのように、僕の方に向かってこない。


「……これが、配信者のスキル?」


 もしかしたら配信者には目隠しの効果でもあったのかもしれない。


 これは千載一遇のチャンスだ。

 ほほを叩き、意識を呼び戻す。深呼吸をしてまっすぐ前の魔獣に狙いを定める。


「はー……。うおおおおおお!」


 僕は全力をもって魔獣の頭をかち割った。


 さすがに狙いを定めない攻撃に当たるほどヤワじゃない。


「や、やった」


 美しい勝利ではないが、倒した実感。初めての勝利。


 少し力が増した感じさえある。だが、動かなくなった三体の魔獣を見た瞬間、急に僕の体は地面に打ちつけられた。

 力が抜けてしまった。周りにあるものが二つに見える。


 あ、ダメだ。これは本当にダメなやつだ。


 帰れない。タイミング悪く何か来てしまったみたいだ。新しい、魔獣だろうか……。


「……ああ、やっと少し、僕のジョブがわかってきたのに……。死にたくないなぁ……」

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