ドッグ・イート・ドッグ//六道

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 ──ドッグ・イート・ドッグ//六道



『アーサー? このメッセージを聞いたら六道の事務所まで来てほしい。話がある。あんたに頼みたい仕事ビズがあるんだ。連絡を待ってる』


 アーサーが妲己からのメッセージを聞いたのは彼がマトリクスでネフィリムたちと再び会っていた後だった。


「今のところ目立った収穫はないな」


 落胆の言葉をアーサーがため息のように呟く。


「でも、よかったよ。ネフィリムさんと会えて」


「ああ。お前に友達が出来たな」


 アルマが笑みを浮かべて言うのにアーサーも小さく笑った。


 ネフィリムはこれまで友人がいなかったアルマにとって良き友人となっている。


 マトリクスに精通したネフィリムはアルマに広い世界を見せていた。アーサーとしてもネフィリムは信頼できると分かっていたので安心していた。


 ネフィリムが求めているのは自分という存在を理解することだけで、金や権力などは求めていない。そうであるが故に今の世界では無欲であるとすら言えた。


「これから六道の事務所に行く。マトリクスにいたいならマトリクスにいていい」


「ううん。一緒に行くよ」


「そうか。なら──」


 アーサーが借りていた極安のビジネスホテルの碌に清掃もされていない部屋を出ようとしたとき、アーサーが不意によろめき口を押えた。


「お父さん!?」


 アルマが慌てるのも当然だった。アーサーは血を吐いていたのだ。


「大丈夫だ。機械化ボディのメンテナンスを先延ばしにしていたせいだ」


「本当にそうなの? 私のせいなんじゃ」


「気にするな。マトリクスにいなさい」


 アーサーはアルマにそう言い聞かせるとホテルを出て六道の事務所があるハイキャッスルタワーを目指した。


「アーサー。よく来てくれたね。あんたを頼らなくちゃいけなくなった」


 エントランスでは妲己がアーサーを出迎える。


「武装した人間がいつもの倍以上いるぞ。何があった……」


「抗争だよ。あたしら六道がインド進出を目指してトラブルを起こしてるって話は前にしただろう。それが本格化した」


「相手は……」


「こっちで説明する」


 妲己はそう言ってアーサーを自身の執務室に通した。


「相手は旧ロシア政府系のオールド・ワグナーとヒンドゥー原理主義系のバクティ・サークルだ。インドを巡って六道はこのふたつの組織と東アジア各地で抗争を起こしてきた。それがこのTMCに及びかかってる」


「ロシア人がいるのか……」


「ロシアとインドの関係は冷戦時代からだよ。そして、このオールド・ワグナーは旧ロシア政府系。統一ロシアの影響圏からは叩きだされた連中だ。幹部のほとんどは統一ロシア政府か、旧ロシア国際戦犯法廷から指名手配されている」


「なるほど。ウクライナに攻め込み、ロシアを分裂させた連中か」


「そう、あらゆる人間から恨まれてなお生き延びた連中。クズどもさ」


 アーサーが納得するのに妲己が吐き捨てる。


「そのオールド・ワグナーは日本に拠点を持っていたのか……」


「小規模のものをね。でも、それが急に活発化してTMC各地で六道と衝突している。連中、アーマードスーツまで持ち出しているんだ。で、調べたところ、その手の武器の出所が分かった」


「メティス。違うか……」


「知ってたのかい……」


 妲己が驚いた様子でアーサーに尋ねる。


「いや。ただの勘だ。どうもメティスは大井と揉めている。前にやった仕事ビズ拉致スナッチした男が元メティスの研究者だったこともあってな」


「あたしたちは別に大井に従っているわけじゃないよ。連中は積極的にあたしたちに口出ししないし、あたしたちも連中に口出ししないのが不文律だ」


「しかし、前の仕事ビズを斡旋したのは大井のジェーン・ドウだろう」


「確かにね。あんたのためと思ったけどメティスがそれを見て不快に思ったのか」


「であるならば俺にも責任がある。仕事ビズを手伝おう」


「あんたは義理堅くていい男だよ。今日日珍しい人種だ。あたしは好きだよ、あんたのそういうところ」


 アーサーの言葉に妲己が微笑む。


「だけど、あんたには本当は関係がない仕事ビズなんだ。それであんたに任せたいのは土蜘蛛を守ってやってほしい。それだけだ」


「それでいいのか……」


「あんたは娘さんのために動きな。ただ抗争が起きているということは知っておいとくれ。あんたや土蜘蛛も巻き込まれるかもしれないから」


 なんだかんだでアーサーたちは六道に関係していると妲己。


「そうか。警告に感謝する。もし、仕事ビズを任せたいならいつでも引き受ける。俺はそちらに随分な借りを作ってしまっているからな」


「ああ。もし、何かあれば頼むよ。あんたは強いし、頼れる人間だ。この世の中で重要なのはいつだって優秀な人材だからね」


 妲己がアーサーにそう言った時、彼女の拡張現実ARにメッセージが届いた。


「また戦闘が起きた。今度はセクター6/2。ナイトタウンにうちが持っているバーがやられた。クソ忌々しいロシア人どもめ」


 TMCセクター6/2はTMC最大の繁華街であり、アルコールから性産業まで様々な娯楽と快楽を提供している場所である。


「これからTMCが燃えるか……」


「かもしれない。面倒な季節が訪れる。戦争の季節だ」


 アーサーと妲己はそう言葉を交わして暫しふたりで沈黙して過ごした。


「……あんたは娘といな。大事な我が子だろう」


「あの子は俺の全てだ。だが、お前もまた」


「やめな。あたしはろくでもない人間だよ。金のために嫌な奴とも寝たし、殺すことだってあった。あんたとは釣り合わないんだ。さあ、行きな。ただロシア人とインド人に気を付けろ。いいな」


「ああ。すまん、妲己」


 アーサーは妲己にそう言い、ハイキャッスルタワーから去った。


「土蜘蛛。不味いことになっている」


『知ってる。TMCは大混乱だぞ。ロシア人があちこちで暴れまわっていて、大井統合安全保障はまともに仕事ビズをやってない。六大多国籍企業ヘックスが犯罪組織に関わるのは連中が利用する時だけか』


「把握しているならやるべきことも分かるな。俺は妲己からお前を守れという仕事ビズを引き受けた。そっちに合流するまで安全な場所にいろ。ネフィリムにもそう伝えておいてくれ」


『あいよ。こっちの位置情報を送った。待ってるぞ』


 土蜘蛛からセーフハウスの位置情報が送られてくるのをアーサーが把握。


 アーサーはなるべくTMCに侵入したという敵にマトリクスからも現実リアルからも把握されないように交通機関を使い分けて土蜘蛛のセーフハウスへと向かった。


「銃を乱射してる奴がいるぞ! 気を付けろ!」


 通りを電子ドラッグのウェアを突っ込んだジャンキーが叫びながら走って行き、そこで撃ち殺された。昔ながらのカラシニコフの銃声がTMCに響いている。


「……ここも燃えるのか」


 セクター13/6の建物が燃え上がっているのが見えた。アーサーが以前土蜘蛛との待ち合わせに使った賭場がある場所だ。


 アーサーは燃え上がり、銃声と悲鳴が響くTMCを進む。


 土蜘蛛のセーフハウスはTMCセクター13/6にある古い雑居ビルで地上の建物は荒ているだけで何もない。ただ、地下室が存在し、核シェルターと備蓄された食料や医薬品、そしてプラチナ回線というマトリクス環境があった。


「土蜘蛛。無事か……」


「ああ。無事だ。入って来いよ、アーサー」


 土蜘蛛が地下室の扉を開き、アーサーを招き入れる。


「TMCは絶賛炎上中だぜ。オールド・ワグナーとバクティ・サークルが六道を相手に戦争をおっぱじめた。もう戦場になった場所は見たか……」


「見た。お前の使っていた賭場も燃えていたぞ」


「そうか。えらいことになっちまったな」


「アルマとネフィリムは……」


「無事だよ。マトリクスに潜ってる。あんたの娘はいいハッカーになれそうだぞ」


 アーサーが尋ねるのに土蜘蛛が力なく笑った。


「クソ。不味い。お客さんが来た。こいつらロシア人だぞ」


「最初から俺たちも狙われていた、か」


 土蜘蛛が地上に準備した監視カメラの映像にカラシニコフで武装したロシア人の一団が移っていた。旧ロシア空挺軍の装備だった強化外骨格エグゾも纏っており、明らかに敵意がある様子だ。


「ならば皆殺しだ」


 アーサーは“毒蛇”の束を握る。


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