オリジンの足跡

通常業務//土蜘蛛

……………………


 ──通常業務//土蜘蛛



 アーサーはもはや住み慣れた故郷に近いTMCセクター13/6の通りを進んでいた。


 ゴミと吐瀉物、そして黒く乾いた血で薄汚れた道路。けばけばしく、品のない商業主義をむき出しにしたネオンとホログラム。死んでいるか、死んでいるに等しい路地裏に転がっている電子ドラッグジャンキー。


 それらはもはや故郷のカナダより見慣れた光景だ。


 アーサーはそんな退廃しきった街並みの中にあるひとつの雑居ビルの階段を上り、雀荘となっている建物に入る。


「ああ。アーサー、あんたか。土蜘蛛が待ってたぞ」


「そうか」


 入ってすぐの場所にいたスーツ姿で顔の般若の3Dタトゥーを入れた男がそう声をかけていた。スーツの胸が膨らんでいるのは、そこに銃があるからに他ならない。


 この男は違法な賭け麻雀を主にやっている賭場の警備員という奴だ。


 もちろんアーサーはここに麻雀をやりに来たのではない。仕事ビズだ。


「土蜘蛛。情報通りだった」


 アーサーがそう声をかけたのはアロハシャツを纏い8万新円以上するハイエンドモデルのワイヤレスサイバーデッキを付けたサングラスの小男。50台後半ほどの年齢だ。


「言っただろう、アーサー。間違いないってな」


 土蜘蛛を呼ばれた男がそう言って振り返るとにやりと笑い、質の悪い合成酒で溶けた歯をダイヤモンド製のそれに入れ替えた口を僅かに歪めた。


「助かっている。メティスについて何か新しい情報はないか?」


「昨日今日で新しい情報はねえよ。焦るな」


 アーサーの問いに土蜘蛛が呆れたようにため息を吐く。


「もちろん情報があればすぐにあんたに伝える。あんたのおかげで俺も随分な地位に就けたからな。しけた根無し草のアングラハッカーから六道お抱えの情報屋だぜ? マジですげえ出世だ」


「それはあんたが実力を示したからだろう。俺のおかげじゃない」


「謙遜するなよ。あんたが六道の事務所を俺に教えろって言って、六道の幹部に自分を雇えって直訴したおかげでチャンスが生まれたんだ。この街はチャンスがあるようで、実際は野垂れ死ぬしか末路がない」


 土蜘蛛はそう言って卓上の牌を操る。アーサーは学生時代にブラックジャックを統計学的な見地からやったことはあるが、それ以来賭け事とは無縁だ。


「六道から仕事ビズは……」


「預かってる。妲己の姉御からだ。あんたがお気に入りのようだな」


 六道。


 TMCセクター13/6に拠点を置く多国籍犯罪組織だ。ヤクザ、チャイニーズマフィア、コリアンギャングなどルーツの全く異なる犯罪組織が利益の一点のみで合流した犯罪組織の連合カルテル


「内容は?」


「殺し。六道絡みの仕事ビズを受けていた消費者金融で金の組織的な横領があった。六道としては見逃せないとさ。目標ターゲットのリストを送った。言っておくが相手は独立系民間軍事会社PMSCを雇ってる」


「随分と大胆な横領だな。盗人猛々しいという奴そのものじゃないか」


「ああ。だが、あんたなら問題ない。だろ?」


 土蜘蛛がそう言ってアーサーを見る。


「迅速に終わらせる」


 そうとだけ言ってアーサーは雀荘を出た。


「お父さん」


 半透明の少女がアーサーを雀荘の外で待っていた。アルマだ。


「またお仕事?」


「ああ。今は六道を頼らなければならない。オリジンを追い、メティスに復讐を果たすには俺たちだけでは力が足りないんだ」


 アルマがあどけない表情に憂慮の色を浮かべて尋ねるとアーサーは僅かにアルマの青く輝く瞳から視線を逸らす。


「無理しちゃダメだよ、お父さん。お父さんはまだ生きてるんだから」


「お前だってまだ生きている。そうだろう……」


「私は分からない」


 アルマがアーサーの言葉に俯く。


「私が私だった時の記憶はあるよ。お父さんとお母さんが病院に来てくれた時の思い出も。長い長い嫌だった点滴の記憶も。心臓が苦しかった時の記憶も。でも、本当の私はもう死んでるんでしょう……?」


 アーサーはアルマの人格に関する情報を視覚化された電脳空間──マトリクス上でシミュレーションしようとした。


 そして、彼は成功していた。


「だが、お前はこうして生きているじゃないか。生きているんだ。生きてる」


「お父さん……」


 アーサーは自分に言い聞かせるようにそう言い、何事かを言おうとするアルマの脇を抜けて再びセクター13/6の道路に出る。


仕事ビズをやろう。アルマ、力を貸してくれ」


「うん。でも、本当に無理はしないで……」


「ああ。約束する」


 そして、アーサーはアルマとともに仕事ビズ目標ターゲットがいる消費者金融の入っている建物を目指す。


「あそこか」


 4階建ての雑居ビル。セクター13/6式の建築様式。つまりは建築基準法完全無視のでたらめな構造をした建物だ。


「独立系民間軍事会社PMSCが警備しているということだが。それらしき人間がいるな。数は13名前後。ほう、生体機械化兵マシナリー・ソルジャーか。旧式の機械化ボディだが武装は電磁ライフルだ」


 アーサーの機械化された目──多目的熱光学センサーには旧式の軍用グレードに順ずる機械化ボディで体を機械化している生体機械化兵マシナリー・ソルジャーが捕捉できていた。


 数は見える範囲で16名。いずれも大井重工製口径25ミリ電磁ライフルで武装。


「戦術オプションを選択。拡張現実ARに目標をマークし、戦術行動を表示」


 脳に導入されたナノマシンが脳の演算を強化してセンサーが得た情報を分析し、最適な戦術オプションを提示していくる。


 進むべきルート。その位置で倒すべき敵。利用すべき遮蔽物。


「行くぞ」


 次の瞬間、ドクンとアーサーの心臓が激しく脈打ち始めた。


「くっ……」


 脳にも負荷が生じる。まるで脳が潰れるかのような感触だ。


時間停止ステイシス起動」


 アーサーがそう口にしたと同時に、世界の時間が止まったかのように遅くなる。


 そして、この止まった時間の世界で全ての人間が動かない中、アーサーだけが動けた。アーサーは腰に下げていた超高周波振動刀“毒蛇”の柄を握ったまま一歩、一歩と歩き始めたかと思うと一瞬で加速する。


「はあっはあっはあっ……!」


 荒く、激しく、病的に息を吐きながら加速したアーサーが電磁ライフルで武装したコントラクターの歩哨2名に接近。敵が動けない状況でその眼前に立った。


時間停止ステイシス解除」


「!?」


 いきなり眼前に現れたアーサーを前に民間軍事会社PMSCのコントラクターが目を見開き、反射的に電磁ライフルを構えようとする。


「一閃」


 超高周波振動刀がレールガンと同じ仕組みの電磁気力によって超電磁抜刀された。


 敵のコントラクターが電磁ライフルから銃弾を放つ前に2名のコントラクターの頭部が宙を舞い、頸動脈から鮮血が吹き上げる。


「まずは2名」


 ほとばしる鮮血の収まらないうちにアーサーがさらに加速。


「ナイト・ワン・ツーよりナイト・ゼロ・ワン! 敵を視認した! 交戦エンゲージ!」


「射撃自由、射撃自由!」


 襲撃に気づいた民間軍事会社PMSCのコントラクターたちが引き金を引き、口径25ミリ電磁ライフルが電気の弾ける音を響かせる。


時間停止ステイシス起動」


 再び時間が止まりアーサーは電磁ライフルの射撃を回避すると民間軍事会社PMSCのコントラクターに肉薄。


時間停止ステイシス解除」


「クソ──」


 “毒蛇”がコントラクターの体を保護する複合装甲ごとコントラクターを叩き切り、循環型ナノマシン混じりの血液をぶちまけさせる。


「死ね!」


 至近距離にいた別のコントラクターが電磁ライフルでアーサーを射撃。


「温い」


「マジかよ!?」


 しかし、極音速を超えて放たれた口径25ミリ高性能ライフル弾がアーサーの振るった“毒蛇”によって叩き落とされる。


「もうひとり」


 一瞬の動きでアーサーが自分を銃撃したコントラクターを切り倒した。


「残り12名」


……………………

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