ゴッデスポイント〜トイレから出ると異世界でした。冒険譚を書かないといけないそうです〜

タルタルソース柱島

第1話 トイレから出ると異世界でした。冒険譚を書かないといけないそうです

『ゴッデスポイント500を付与します! この調子で頑張りましょう!!』

「う、うおおおおおッ!! これが、現地通貨にも、なんか色んな能力発動にも使えるヤツか!!」

 俺は自称女神から特殊なポイントを付与されていた。

 ゴッデスポイントなる謎のポイントは、あらゆるものと交換可能で、不思議な力でも手に入るそうだ。


「何も、どこにも見えないけど!!」


 両手ですくうように受け取ったポイントには影も形もない。

 目を凝らしてみてもそこには何もない、ように見えるだけかもしれない。


『心の清いものにしか見えぬ。おまえの目には見えない、か』

「終わった!!」

「始まる前に不適合になった!!」


 とかいうノリでやりあっている相手は、和装の狐耳の生えたお姉さん。

 ツリ目がちで、ややドスの効いた言い回しは、どこかのアニメで見た気がする。


『ふん。冗談だよ。黄昏 有馬・・・・・・いや、せっかくだからファンタジーな名前にしてやろう。ユーマ、ユーマ・トワイライト。いい響きだろう?』


 ふっと鼻で笑うと俺の名を勝手に改名する女神。

 全国津々浦々、探し回っても滅多に見かけないレアネーム【たそがれ】。

 どこかの漫画にしかいなさそうなそれをファンタジー変換すると、まんまトワイライト。


「センス無さs・・・・・・いえ、アリガトウゴザイマス」


 思わず本音が漏れかけ言い直す。


 いま、現在進行形で、このやりとりは夢である。

 昨日からぶっ通しでネトゲをやり続け、先ほどトイレに座った直後に眠気が襲い掛かったのだ。

 で、そこからの記憶が途切れている。


 つまり現実では、トイレに座り、グウスカ寝ていることだろう。


 とはいえ、自称女神である。

 夢の中でも敬意を払っておいて損は無い。

 打算的な性格である。


『どうした? 思ったことは口に出さないと伝わらんぞ? まあ、私には心の中まで見通せるがな』

 さすが女神だ、他人の心の中までズケズケと土足で踏み入ってくる。

 神といえど許しがたき。

 などと思おうものなら


『ふ、活きが良いじゃないか。その調子で目的を達成してもらおうか』


 などと心を読んでくる。

 目的。

 そう突然言われても理解不能だが、ご都合主義のごとく正答が口から勝手に発される。


「この異世界アラドで起こったことを面白おかしく書き綴り、読者という名の神様たちを楽しませるでしたっけ?」

『そうだ。だが、世界で起こったことなど書き綴られても面白くないだろう? だから“おまえの物語”で魅せてもらおうか』

「俺の、物語?」


 つまりは冒険譚を綴れ。

 そして余を満足させよ的なことである。

 夏休みの読書感想文ですら手こずっていたものに要求すべきことではない。


『さっきも言ったが、おまえがこの世界で体験した出来事をノートに綴れ。刺激が欲しい、だったろ?』


 という事になっているが、これは事実だ。

 刺激が欲しいなあ、などというのが最近の口ぐせ。

 おかげで友人は筋トレを勧めてくるし、かつての先輩は半グレへの誘いまでしてくる始末である。

 髪を染めず、奇抜な髪形でもないウルフカット、変なシルバーを腕に巻いたりなんかもしていない。

 The 普通。

 それが俺、黄昏 有馬という男である。


「いやいや、そうは願いましたが、冒険譚を綴るとか、ねえ」

『評価されれば、ゴッデスポイントを進呈しよう。知っての通り、あらゆるものと交換ができる。悪い話ではないだろう?』

「まあ、うん」


 まあ、そういう感じになっているのだろう。

 現実も無理難題を押し付けられることがあるが、こういう脈絡のない話では”ストーリー”は絶対だ。

 ADVゲームで”いいえ”を押しても”はい”を押すまで、無限ループするのと似ている。

 だが、実際のところ少しばかりワクワクはしていた。

 だって考えてもみようぜ。

 日記形式なのかラノベ形式なのかは知らないけど、自分で書き綴ったものがお金にも変えられるポイントになるのだ。

 交換レートみたいなものもあるんだろうけど、それはそれ。


 きっと心のどこかで「いいなぁ」などと思ったのかもしれない。

 いや、汗水たらして働くよりもいいのか?

 脳裏をよぎるイベント物販のバイト。


『よし。ならば今ひと時、現実世界を楽しむことだな』


 女神の口角が上がる。

 ふふっという笑い声が聞こえ、ゆらゆらと視界が揺れる。

 貧血とか立ち眩みをしたときみたいな感じに。




「寝ていた。か」

 ゆらゆらと揺れる視界。

 寝起き特有の虚ろなるナントカとでもいうヤツだ。

 視線の先には、壁掛けカレンダー。

 今日は7月13日。

「変な夢を見た気がする」

 トイレから立ち上がると水を流す。

 どうもトイレというと座った方が落ち着くので、出るもののナニカを問わず座る癖があった。


 ゴオオオオオーーーーーッという水の流れる音を聞きながら、手を洗い、タオルで拭く。

 そうして、ドアノブを回す。


 一歩を踏み出しかけた足が止まった。


「いやいや、トイレの外に町があるわけないだろ」

 ぶわっと温かな風が頬をなでた。

 柔らかな日差し。

 そこは見渡す限りの家々。

 青い空に白い雲。

 視界に映るのは、自宅の部屋ではなく、レンガと木材で出来た外国っぽい造りの家々だった。


「どういうこった」

 トイレのドアを開けると知らない町でしたとか冗談にもほどがある。

 しかも大通りだし、外だった。

「つーか、部屋は」

 どこ行ってしまったのだろう?

 振り返ると水が流れるトイレが鎮座している。

 ドアの外は、町が広がっている。


 なんだったら髪色が金やら栗色の人たちがせわしなく行きかっていた。

「ドッキリだな?」

 なんかのテレビ番組で見たことがあるぞ。

 名前自体はレアだけど、どこにでもいそうな浪人生にドッキリを仕掛けて、何かメリットがあるのだろうか。


 それはそうとアパート3階のトイレから外をどうやって加工したのだろう。

「・・・・・・マジか?」

 大通りを構成する石畳は、やけにリアルだし、セットにしては奥行きもある。

 すぐそばを通り過ぎる若者は、RPGとかで見たことのあるような革鎧に身を包み、帯剣していた。

 深いスリットから艶めかしいおみ足が、チラ見えしている女も通り過ぎてゆく。


 うん。現実だったら痴女か許されてコスプレイヤーだな。

 夢かもしれないと思ったら確かめずにはいられない。

「いてててて・・・・・・」

 爪で手の甲をつまむ。

 うん、普通に痛い。

 ということは・・・・・・。


「げ、現実・・・・・・だと? げん、じ・・・・・・つ? は?」

 夢ではなく、ドッキリのセットっぽくもない。


『よし。ならば今ひと時、現実世界を楽しむことだな』


 その時、おぼろげな記憶の中から自称女神の言葉が脳裏を駆け巡った。

 現実世界を楽しむ?

 それって普通の生活の方だよね?!

 短くない!?

 トイレの水を流して、手を拭く時間しかなかったよ!?


 うん。あんまりだ。

 あんまりすぎる。

 今日の予定だってあったんだ。大したことじゃないけど。

 それが、こんな・・・・・・・


「い、イヤだーーーーーーッ!!!!! おウチに帰してェェェェェェェーーーーーーーーーーッ!!!!!!」

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