バイト先の先輩の妹さんに好きな人が出来たらしい

さくさくサンバ

「妹がな、好きな人できたって言うんだわ」

「へぇ。よかったじゃないですか」

「ぶっ飛ばすぞてめぇ」

 ファミレスバイトの皿洗い中のことである。

 歓談していたはずの先輩が急に般若になった。俺は皿を洗う手を止めずに「こわっ」と素直な感想を漏らした。隣でグラス拭きに余念しかない先輩は表情を変えない。

「なんでですか。いいじゃないですか、恋。高校生なら好きな人くらい普通でしょ。てか今まではいなかったんですか? 妹さんに好きな人」

「ああ? いるわけねぇしいいわけねぇだろ」

 俺は一応「グラス割らないでくださいね」と言って責任から逃れておく。俺は言いましたよ気を付けるようにって。

「過保護っすねぇ。そんなんだから、もしかして教えて貰えてないだけで過去にもいたとかあるんじゃないですか? 好きな人とか彼氏とか」

「……いやねぇから。そんな、はずが、なななないだろおまえ、バカ野郎、なんて恐ろしいことを言うんだ」

「ちょ、ガチびびり。グラス落とさんでくださいよ高いんだから」

「おまえがありえないこと言うからだ」

「ありえないですかねぇ」

「ありえねぇ……いやマジ。一応これでも家じゃ甘々兄ちゃんでやってっから。めっちゃ好かれてるから、へへっ」

「うわぁ。色々うわぁ。家で甘々カッコ笑いカッコ閉じしてるのもそうだし家以外じゃいい先輩やってない自覚あるのにもうわぁ。あと妹さんに好かれてるのガチ嬉しそうなのもうわぁ」

「まかない抜きな」

「あっは。先輩って、ほんと最高の先輩ですよね。僕、尊敬しちゃうな~。グラス拭くのもうまいなぁ~」

「んな雑用褒めて意味あると思ってんのかおい」

「だって他の作業って俺とどっこいでしょ先輩。先輩なのに」

「よっし、おまえ今日マジでまかない抜きな」

「店長に言ってやろー。こわ~い先輩がパワハラしてきますぅって」

「オレも言ってやるわ、クソ生意気な後輩の態度がドブなんで時給下げてくださいってな」

「うわマネハラまで」

「なんだそりゃ」

「マネーハラスメント略してマネハラ」

「そんなもんまであんのかハラスメント業界は。手広くやってんな」

「なんすかハラスメント業界って。あるか知りませんよマネハラ。とりあえず今思い付きで言っただけっす。ハラスメント業界」

 なんかちょっとツボッた。ほんとになんだその業界。俺は堪らず肩を震わせる。

「さしずめ先輩は妹溺愛業界ですね」

「最先端だわ馬鹿野郎」

 下らない雑談に時給が発生するの最高か?


 明けて朝のホームルーム前、俺はいつものように自席でソシャゲにinしていた。楽しい楽しいオープンワールドゲー。今日も今日とて日課をこなす。

「おいサンタ、おまえショクタイどこ行くよ」

 サンタ、てのは俺のあだ名でショクタイは職業体験の略だ。近々、将来のお仕事を探しに街に繰り出す予定があった。その行き先を、アンケートで集計しているのがいま俺を呼んだ吉田よしだというわけ。

「どこでも」

「はやめろー」

「んじゃなんか楽そうなの。どれどれどんなのがあるんだ」

 机の上にポンと放られた紹介冊子をパラパラ捲る。選択肢はけっこう多いのだ。

「んー……寺にするわ」

「寺か」

「寺だ」

 だってなんか面白そうだったから。異色だし。そう思ったのはどうやら俺だけじゃないらしく、吉田に「実は寺な、大人気だぜ」と言われてしまう。

「なら……まぁ無難に」

 ということで大手企業のオフィスワーク見学を選択した。定員も一番多いからこれならまず選考に漏れはしないだろう。選考てかジャンケン勝負なんだけど。

「あ、サンタもそこ? アタシも一緒だよ。よろしくぅ」

「よろしくよろしく」

 たまたま通りがかりに声を掛けてきたのは佐藤さとうさん。我がクラスの誇る三大一般苗字美人の一人である。三大と美人の間に変なの入ってるって? そう、なにを隠そう、三大一般苗字美人とは三大一般苗字美人なのである。

 佐藤さとうさん

 鈴木すずきさん

 高橋たかはしさん

 一般的な苗字だから三大一般苗字美人って、安直で俺は好きだよ。


 六限目には職業体験の行き先最終決定と簡単な説明、それとグループ分けが行われる。オフィスワーク見学なんかは人数が多いから3,4人毎にバラけるのだ。

 四グループ出来上がった中の一つに俺は「よろしく」と挨拶した。したらなんかあれよあれよで班長にさせられた。

「あ、そうそう、オフィスグループの各班の班長は放課後少し残ってね。丁度今日、先方の方が来校されるから顔合わせだけ、ね。部活の方には、顧問の先生たちに周知しておくから」

「わかりました」

 と俺が答えるし、他の三人も答える。

「はぁい」と佐藤さんが。

「わかりました」と鈴木さんが。

「はい。残るようにします」と高橋さんが。

 トントントンと小気味いいくらい連続で答えたのだった。

 そして放課後に先生に連れられて職員室に向かう。

「改めてよろしくねサンタ」

「よろしくするほど関わることなくない?」

「そうですか? 班長同士仲良くしましょうよ」

「それは是非。でもま、やることあるわけでもなし当日も班別行動だしな」

「だとしても、だからこそ班長としてやるべきことはしっかり共有すべき」

「お、そりゃ一理あるな。んじゃ、よろしくってことで」

 廊下を歩きつつの雑話だから握手とかはしなかったけどな。


「なんかな。今日は話せたとか言ってたんだよ」

「先輩先輩。主語主語。5W1Hはビジネスの基本ですよ」

「ネット知識でドヤってんなよ」

「で、話せたってどういうことですか」

「そのまんまだよ。昨日言った好きな人とな、今日は話す機会があったんだとよ」

「へぇ~……妹さん、大丈夫ですか?」

「次の言葉はよく考えて喋れ」

「……そんな話したくらいで大好きなお兄ちゃんに報告しちゃう距離感が、です。妹さんとその好きな人との距離感。遠すぎません?」

「……とりあえず諸々は置いておく。置いておいてやる」

 大好きなお兄ちゃんとか心にもない形容したことでしょうか。好きな人云々でしょうか。全部かな、全部ですね。

 今日は下準備。俺は玉ねぎの皮を剥き、先輩はジャガイモの皮を剥いている。うーん雑用コンビ。

「別にな、話せたやったー! てことじゃねぇぞ」

「かわいくねぇ」

「ほっとけ。そんなに普段から話せないわけじゃねぇ。クラスメイトだしな」

「あ、そうなんすか。へぇ。クラスメイトならまぁ距離がぐっと近づくチャンスもありますよ」

「は? 近づく必要はないが?」

「めんどくせ……ピーラー振り回すなや! それはガチでなしでしょ!」

「と、わるい。さすがに度が過ぎたな」

「全くですよ。……店長に見つかったら今のはやばいっすよ」

「だな。わるい、秘密にしといてくれ」

「ジュース一本」

「承知。で、妹のことなんだけどな」

「まだやるんすね」

「黙って聞いてろ。妹がな、たまに報告してくれる、報告てか、雑談だな。そのくらいのテンションだよ、話が出来たって」

「なるなるです。まぁ普通に、クラスメイトとして会話する機会があったよ会話したよと。別に話す度に報告するわけじゃなくて、たまたまそういうことを先輩に言うタイミングがなんかあったと、そういうことすね」

「イグザクトリー」

「なら意外と速攻くっついたりすんじゃないですか?」

「なんでだよ」

「だって先輩に似て、るのかは実際知らないですけど、先輩の妹さんで先輩から見ても贔屓目なしに美人なんでしょ? 先輩、顔だけはいいからな~」

「だけは余計だだけは」

「うーんテンプレ」

 俺たちの雑談と雑用は店長に呼ばれるまで続いた。

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