ダンジョンボス Ⅱ




 渦巻く炎に呑み込まれる形となった人型の敵が、苦悶の声をあげる。

 逃げ出そうともがいてみるが、まるで炎が蛇のように質量を持って、人型の敵を渦巻く炎の中で縛り上げながらその身を焼いていく。


 ――【炎蛇牢獄えんじゃろうごく】。

 炎が攻撃、束縛の二つの役割を有し、じりじりと敵を死へと追いやる〝術〟。

 魔物をおびき寄せ、予め敷いていた『術符』を用いて使う『里』に伝わる〝術〟の中でも使える者が限られる代物だ。


 炎が敵を完全に捕らえる光景を見つめながら、クラースがリヒトの元へと駆け寄り、手をあげたリヒトの手をパシンと叩いてみせた。


「バッチリだったな」


「うん、予想通りのタイプだね」


「あぁ。こっちの言葉が分かるタイプ、しかも俺らの戦い方も知ってるタイプだ」


「だろうね。さっきから僕の『術符』と僕らのやり取りをしっかり警戒しているもの。そんなもの、普通の魔物じゃ・・・・・・・有り得ない・・・・・


 戦いの中で見せた人型の敵の動きに幾つかのヒントが転がっていた事に、リヒトは逸早く察知した。


 最初に違和感を覚えたのは、クラースの抜刀術に対する太刀での返しに選んだ動きから。

 そもそも抜刀術は鞘に刀を納刀した状態から繰り出される神速の一撃であり、ただ抜き放たれた剣を力に合わせて振るうのに比べ、上体を僅かに屈めている点からもどのような軌道で迫ってくるかが非常に読みにくい。

 しかし人型の敵は迷う事なく同じ抜刀術を用いてクラースの刀に合わせた斬撃を放ってみせた。


 そしてその後、後方へと下がったクラースを追いかけた移動法。

 あれはクラースが『嗤面獅獣マンティコア』に対して仕掛けた攻撃を再現したものと言える程度には、状況があまりにも酷似していた。


 その後、今度はリヒトが棒手裏剣を投擲して牽制した後に、『術符』を括り付け、〝術〟を使う事前準備と言わんばかりに明後日の方向に投げてみせれば、人型の敵はその場所を確認して、遠ざかるように自らの位置を調整してみせた。


 この時点で、リヒトは『敵はこれまでの自分とクラースの戦いを見ていた』と判断。

 つまり、この人型の敵は思考し、その上で戦っているのだろう、とも。


 そこでリヒトは、一つのを仕掛けた。

 それこそが、「大技を使う準備をする。時間を稼いでほしい」とクラースに声をかけた事だ。


 これまでの戦いを見ていたであろう人型の敵は、リヒトの〝術〟の威力やその厄介さというものを熟知していたのだろう。

 故に、そんな存在が「大技を使う」と言った以上、それを無視している事などできるはずもなかった。

 故に敵は、準備を始めるリヒトを阻止するべく標的を切り替えた。


 しかし、そもそも「大技を使う」と宣言するというのは、『知恵のある魔物向けのブラフ』だ。


 リヒトやクラースの住む『里』の周囲は、決まった魔物だけじゃなく、時々おかしな魔物が現れる事も多い。珍しい魔物、あるいは見た事もない魔物なども当たり前のように出てくるのだ。

 その中には知恵を持ち、言葉を解するものも存在していた。

 そんな魔物を討伐した時に使った文言こそが、まさしく今リヒトが口にしたブラフと、それによって阻止するべく動いた魔物を罠に引っ掛けるという方法だった、という訳だ。


 つまり、『引っ掛けるぞ』というリヒトからクラースに対する合図なのだ。


 それと同時に、リヒトにはこの敵が果たして『ダンジョン』の中の戦いを見てきたのか、それとも『ダンジョン』の外――つまりは『里』の外での戦いまで見てきたのか、それを確認したいという意図もあった。

 もしもそのに引っかからないのであれば、あとは言語を解するかどうかは他の言葉で試せばいい、とも考えていたのだ。


 結果として、『ダンジョン』の魔物は「言葉は分かるが、『ダンジョン』の外での事まで把握していた訳じゃない」という答えを示す形で、リヒトのにかかり、リヒトに標的を移した。


 正面からクラースと打ち合えるような相手とは、リヒトであっても正面から戦えないが、そんな事はリヒトにとってみれば問題ですらなかった。

 元々、幻影を纏って己の位置を誤認させて近接戦をこなすという方法を取り、正面から打ち倒せないからこそ〝術〟を磨いて戦う方法を編み出してきたのが、リヒトという少年なのだ。身体的な強さ、肉体的な強度で魔物に勝てるとは最初から思ってもいない。




 そして――――




「それにしても、しぶといな……」


「【炎蛇牢獄えんじゃろうごく】だけじゃ足りないね」


「……さすがにあの炎に突っ込んで戦えってのは勘弁してくれよ?」


「え、そのつもりだったけど?」


「おい」




「あはは、冗談だよ。――そもそも、もう準備は・・・整っている・・・・・からね」




 ――――最初の罠・・・・を仕掛けた時点で、すでにリヒトの準備・・は整っているのだから。




化かし合い・・・・・は僕の領分。その炎に捕らわれた時点で、キミの負けだ」




 渦巻く炎に向けてリヒトが短く言い放ち、すでに準備をしていた棒手裏剣を左右の手から二本ずつ投げ飛ばす。

 それらが刺さった場所は炎の中にいる人型の敵ではなく、四角く炎を、そして炎に巻き取られて苦悶の声をあげる人型を囲うように位置取る場所であり、その四角形の延長線上にはクラースを助けた際に投げた三本の『術符』が括られた棒手裏剣が刺さっており、さらに奥には明後日の方向に投げたと思しき二本の『術符』が括られた棒手裏剣がある。


 それらを一瞥して確認したリヒトが、片手に持っていた『術符』を括り付けた苦無を足元に突き立てる。


 そこでクラースも何をしようとしているのか察したのか、感心したような表情を浮かべてから、己に顔を向けていたリヒトに向かって深く頷いてみせた。


「なるほどな。よし、任せろ」


「うん、そのつもり」


 短くやり取りをして、クラースがゆっくりと三本の棒手裏剣が並んで刺さっているその場所に歩み寄り、その場で腰だめに抜刀術の準備を済ませる。

 その姿を見届けて、リヒトが片膝をつくようにその場にしゃがみ込み、両手に術力を込めて印を結び、開き、結んでと素早く動かして、地面に突き立つ苦無を上から叩きつける。


「――【写世鏡うつしよかがみ】」


 リヒトが触れている苦無に張り付いた『術符』が輝き、呼応するように【炎蛇牢獄】を取り巻くように四角く囲った四本、そして明後日の方向に投げた二本にそれぞれ括られた『術符』が輝いた。

 その数瞬の後、クラースの目の前に突き立つ三本の棒手裏剣につけられた『術符』が輝き、その三本が光の柱を生み出した。


「――シィッ!」


 光の柱が浮かんだその場所をクラースが抜刀術で斬り裂くように刀を振り抜き、返す刀でさらに斬り付け、納刀する。

 その姿を見ていたリヒトが、難しい〝術〟の制御に歯を食い縛りつつ、頭に撒いた手拭いを避けて垂れてきた汗をそのままに苦無を引き抜いた。


 刹那、最奥にあった二本の『術符』から光が放たれ、クラースが中空を斬り裂いたその足元にあった『術符』が青白い炎を発火して燃え尽きていく。すると今度は、【炎蛇牢獄】を囲っていた四本の棒手裏剣に括られた『術符』が、クラースが斬り裂いた光の柱を再現するようにその場に浮かび上がる。

 次の瞬間、まるで先程のクラースの斬撃を鏡写しで再現したかのように、右から左斜め上に、そして左斜上からその軌跡の上部をなぞるように返された剣閃が、炎を断って走る。


 ――【写世鏡】とは、〝術〟によって決められた対象の空間に生み出した効果を、同じく〝術〟によって生み出した空間に再現、結果を投影する〝術〟の中でも最高難易度の代物であった。


 クラースの斬撃。

 その結果を、【炎蛇牢獄】を囲った四角い空間に再現、結果を投影させたのだ。


 もちろん、斬撃が鋭く素早いものでなければ敵を斬り裂くには至れないのだが、しかし炎に近づく事なく思い切り刀を振るえさえすれば、クラースならば斬れるだろう、というのがリヒトの見立てであった。


 実際、あの人型の敵はクラースの攻撃を刀以外では受けていない。

 強固な肉体を持ち、斬撃が効かないのであれば、身体で受けて太刀を振るえば勝てるのに、である。

 それでも敢えてこちらを騙すために刀で戦うという線はどう考えても在り得なかった。そもそもそんな奇策を弄するメリットが相手にはないからだ。


 そしてそんなリヒトの読みは、正しく的を射ていた。


 【炎蛇牢獄】がふわりと消え去り、その場に残される形で固まっていた人型の敵。

 その敵の身体が、剣閃に沿って斬り裂かれたかのようにずるりと身体がずれ落ち、炭化したかのように崩れ去ったと同時に、煙のように消えていく。


 その光景を、手拭いを取って首巻きを乱暴に外したリヒトが荒い呼吸を整えながら見つめ、同じく手拭いを外し、首巻きを下ろしたクラースがまっすぐ見つめていた。






 ◆ ◆ ◆






「――……な、んだよ、あれ……」

「はは……っ! すげぇ……! スゲーだろ、マジで! 上級上位の『闘技場型ダンジョン』を突破しやがった!」

「見た事ねぇぞ、あんな〝術技スキル〟! うつしよなんとかってヤツ! なんだよ、あれ! 魔法か!?」

「おほぉ!? イケメンとショタの組み合わせ!? これはわたくしたちの推し活が捗りますわぁ!」


 ――『最果ての辺境』、メレディス。


 上級闘技場型迷宮『竜毒の壺』と記載されていた『ダンジョン』に突然やってきたリヒトとクラースの二人が、人型の敵を倒した途端、『ダンジョン配信』画面上には〈完全踏破〉という妙に輝かしい文字と共に、その下にクラースとリヒトの名が記載され、どこからかファンファーレが鳴り響いていた。

 どうやらこれは『ダンジョン』を完全にクリアした際の演出であるらしい、とリクハルドは周囲の誰もが驚きもしていない様子からそれを察していた。


 しかしそんな中、ファンファーレが終わったかと思えば、今度はドラムロールのような音が鳴り響く。


 何事かとリクハルドがスクリーンに目を向けると、二人の名前の横で何やら文字が縦に回転しているかのように表示されており、それを見てリクハルドが隣に立っていたルイシーナに声をかけた。


「ルイシーナ、あれは!?」


「あれは、『二つ名進呈』です! 神が『ダンジョン』の戦いを観ていて、そこで素晴らしい戦い、活躍に対して称賛を込めて冒険者に送られるんです! すごい名誉なことなんですよ!」


 周囲の歓声が響き渡るその場所で、周りの声にかき消されないようにとお互いに声を張り合う中、そんな二人の声が周囲にも聞こえたのか、再び観衆の視線が吊り下げられたスクリーンへと向けられる。


「おおおぉぉぉ! 久しぶりじゃん、『二つ名進呈』!」

「そりゃ上級『ダンジョン』の完全踏破だぞ!? つかねーはずがねぇよな!」

「そろそろ止まるぞ!?」

「是非、わたくし達の新たな推しに! 輝かしい二つ名をなにとぞ!」


 何やら妙に濃ゆい叫び声が周囲に響き渡る中、ドラムロールが止み、スクリーン上で二人の名前の横に輝くフォントが浮かび上がる。






――――――――――


〝神速〟 クラース


〝理外〟 リヒト


――――――――――






 ――――こうして、二人の二つ名と共にクラースとリヒトの名は世界中へと知らしめられる事になった『ダンジョン配信』は、幕を閉じたのであった。





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