4、クマイチゴ



「ただいま、かあちゃん。人間を見つけたから連れてきたぞ」


 小綱に案内された洞窟は、こぎれいで温かく人が住んでいる気配がした。


「小綱、夜に出歩いてはいけないとあれほど言ったのに……」


 奥から出てきた小綱の母親はわが目を疑った。


「お父さん……!?」


「カヤ! 今までどんなに探したことか。生きていたよかった。さあ、村へ帰ろう!」


「急にそんな……」


「鬼が怖いのか? 今のうちなら船もあるし逃げることができる」


 恐ろしい鬼のもとから逃げ出せるというのに、返事を濁す娘の気持ちが分からず父親はいらだつ。

 そうしているうちに表から、大きな鬼が洞窟の中へゆっくりと入ってきた。


親父おやじさんの言うとおりにした方がいい」


 低い静かな声でそう語りかけたのは、片腕のない鬼だった。

 釣りをしてきたのだろう、笹で括られた魚を肩から担いでいた。

 それと、こんな島のどこで見つけてきたのか、赤い野苺の実を大きな手の平いっぱいにのせていた。


(クマイチゴは、カヤの好物だ)


 それを思い出したカヤの父は、娘の夫が目の前の隻腕の鬼だと悟った。

 確かに目の前の者も二本の角に、金に光る目を持つ正真正銘の鬼だ。

 しかし、表で酒盛りをしていた鬼たちとカヤの夫の鬼は何か違うような気がし、恐ろしいとは思わなかった。



「あなた!」


 駆け寄るカヤに、鬼は手にのっているクマイチゴをそっと差し出した。

 鬼が片手で持っていたクマイチゴも、カヤの人の手では両手ほどもあった。

 小綱は、喜んでカヤにじゃれつき甘いイチゴを頬張り機嫌がよい。


「俺も、いつまでお前を喰らわずにいられるかわからない。他の鬼たちも、ずいぶん前からお前を喰おうとねらっている。この島から出たほうがいい」


「私たちが出て行ったら、あなたはどうするの? 私たちと一緒に行きましょう」


「それは、できない。人間が大勢いれば喰いたいという気持ちを抑え難い。今目の前にいるのがお前の親父さんだと分かっていても、腹が鳴る」


 カヤの父は、鬼の言葉に身を引いたが鬼はそれを悲しそうに見ただけだった。


「何年も人間を食べずにやってきたじゃない?」


「それは、お前が俺の命の恩人だから堪えられたまでのこと。これからも、耐えられる保障はない」


 すがりつくカヤの身を鬼はそっと離した。


「おまえは俺の命を助けたばかりか、色々なことを教えてくれた。腹は満ちなくとも、たくさんのものをもらった……これ以上は望まない。幸せにな……」


 鬼は、イチゴを食べきって満足そうにしている息子の頭を撫でた。


「小綱、カヤと爺さんを守るんだ。それが、お前の役目だ」


「うん! おいらは、父ちゃんの子だからな。かあちゃんもじいちゃんも守れるさぁ!」


 小綱は、心配を吹き飛ばすような元気な返事をした。

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