カオティックロード~混沌とした道を往くものたちの物語~

影野龍太郎

第1話 邂逅

 エレト大陸、イーソスタウン、大都市というほどには栄えておらず、田舎町と言うほどには寂れていない町。

 そんな町の大通りで、1人の少女が一枚の紙を片手に周囲をキョロキョロと見回していた。

 緑色の髪を肩口まで伸ばした可愛らしい顔立ちの少女だ。年齢は16~17くらいだろうか? 一見して旅のものだとわかる白いマント姿である。

 だが、単なる旅人でないことは、腰に下げられたクロスボウを見れば明らかだった。

 彼女の名は『シルヴィ・フレイオン』つい一ヶ月ほど前にハンターになったばかりの新人であった。

 ハンター―それは言わば何でも屋のようなものである、その名のごとく本来の仕事は悪人やモンスターなどを狩ることであるが、依頼さえ受ければどんな仕事でもこなす。

 そんな新人ハンターである彼女がこの町に来た理由は……

「やっぱり、指名手配犯なんて、そう簡単に見つからないかぁ……」

 彼女は指名手配犯を追ってこの町に来ていたのだ。ハンターに仕事を斡旋する場であるハンターギルドには警察から指名手配犯の確保の依頼が回ってくることがある、それは個人で受ける依頼ではなくギルド全体で受ける依頼なので誰が達成してもいいのだが、当然達成者には報酬が振り込まれ、ギルドの査定も上がる、なので好き好んで犯人確保に挑戦する者もいる。

 シルヴィもそんな中の1人だった、ハンターの最高ランク幻の階級と呼ばれるS級を目指す彼女からしてみれば、新人でも参加できるが査定にかなり影響のあるこの手のフリー依頼は是非とも達成したいものであった。

「まさかあの情報屋のおじさん嘘ついたんじゃないでしょうね? 結構な金額払ったのに……あーもう! こうなったら意地でも見つけてやる!」

 シルヴィはそう言うと足早に歩き出した、その先には町の中央にある噴水広場があった。

(まずはこの辺りを探してみようかな)

 シルヴィはそう決めるとその噴水へと向かって行った。

 そして噴水の前にたどり着くと、手配書を片手にあたりを歩き回る。極めて非効率な探し方だが、新人である彼女にはこれしか思いつかなかったようだ。

(うぅん……いないわねぇ、ここじゃないのかしら?)

 しかしいくら探しても目当ての人物を見つけることはできなかった。

 そもそもこの町にいるかどうかすら怪しいところなのだ、そう簡単に見つかるわけがない。

 それでも諦めずに探し続けるがやはり見つからず、日が落ちてきたこともあり今日はここまでにして宿に帰ろうと思った時だった。

 突然後ろから声をかけられた。

「おい、お前さっきから手配書もってウロウロしてるけど、もしかしてハンターか?」

 シルヴィが振り返るとそこには一人の少年がいた。年の頃ならシルヴィと同じくらいだろうか? 背丈も同じくらいだ。

 茶色い髪を短く切りそろえており、幾分童顔だが悪くない顔をしている。

 服装は動きやすそうな軽装だ。腰には一振りの剣を差している。

「そうだけど、あなたは?」

 シルヴィは警戒するような視線を向ける、いきなりハンターかなどと声を掛けられれば警戒するのは当然だろう、しかし少年は気にした様子もなく話を続ける。

「やっぱり、お前もこの手配書の『連続強姦殺人犯ジャック・ボーウェル』がこの町にいるって情報を聞いて探しに来たのか?」

 そう言って少年はシルヴィが持っているのと同じ手配書をひらひらと振った。

「あたし“も”ってことはあなたもハンター?」

「ああ、そうだ、オレはクロード、一流のハンターだ!」

 クロードと名乗った少年は胸を張る。

 クロードの言葉にシルヴィは目を輝かせた。

「一流! ということはかなりの高ランク!? あたしと同じ年ぐらいなのにすごいわね、何級なの? 一流って言うくらいだからB級、まさか、A級!?」

 身を乗り出してくるシルヴィにクロードは

「い、いや、あの……E級…です、はい……」と答えた。

 その答えを聞いた瞬間、シルヴィの顔が失望の色に染まり、同時に安堵の表情を浮かべた。

「な、なんだよ、オレは未来のS級だぞ、何しろオレは勇者の末裔なんだからな、すごい力を持っている……はずだ」

 そのクロードの言葉にシルヴィは胡散臭げな視線を向ける。

「勇者の末裔ぃ? 何を言ってんのよあんた、そんなのただの伝説でしょ?」

 シルヴィの言葉はもっともであった。

 この世界にはかつて魔王カオスロードと呼ばれる存在がいて、それを勇者が倒したという伝説がある、しかし、伝説はあくまでも伝説だ、実在するかどうかも怪しいのだ、そんな人物の末裔を自称するなど怪しさ満点だ。

「ほ、本当だよ、ばーちゃんもじーちゃんも言ってたんだから間違いない、ってそんなことはどうでもいいんだ、とにかくオレは自分の力を世に知らしめるためにハンターになった、そして指名手配犯確保の依頼に参加することにしたんだよ」

「でも、E級なんでしょ」

 シルヴィは疑いの目でクロードを見る。

「うっ……そ、それは……、って、お前こそ何級なんだよ、オレに偉そうなこと言えるランクなのか?」

 クロードの言葉にシルヴィは絶句する、なぜなら彼女もまた……。

「い、E級よ……悪い」

 シルヴィは消え入りそうな声でそう言った。

「なんだよ、お前も同じじゃないか、ランクが同じならハンター歴の長い方が偉い、お前はハンターになってどれぐらいだ?」

 シルヴィは悔しそうに唇を噛む。

「……まだ一ヶ月ちょっと……だけど何か?」

 シルヴィは少し不貞腐れたように答える。

「ははは、勝ったな、オレは半年だ」

「くぅ、負けた……でも、半年なんて結局新人じゃない!」

「負け惜しみだな、先輩を敬え、後輩!」

「誰があんたなんか……!」

 シルヴィはプイッとそっぽを向いてしまう。

 クロードは流石に怒らせすぎたかと少し反省する、ハンター仲間、しかも同じ年頃の女の子と出会えたせいで少しテンションが上りすぎて調子に乗りすぎてしまったようだ。

「あー、その、悪かったよ、お前の言うとおりだ、オレも新人だよ、ならお互い新人ということで仲良くしようぜ」

 クロードはそう言って手を差し出す。

 急に素直に謝ってきたクロードにシルヴィは怒りが削がれてしまった。

「いいわよ、あんたのほうがハンター歴が長いのは事実なんだし、少しだけ、ほんの少しだけは敬ってあげるわよ」

 そう言ってクロードの手を握り返す。

 手が離れるとクロードはしばし自分の手を見つめていたが、やがて口を開く。

「なあ、せっかくこうして知り合えたのも何かの縁だ、一緒に指名手配犯を探さないか?」

 シルヴィは少しだけ考えるが答えた。

「そうね、せっかくだし一緒に探すのもいいかもね」

 シルヴィの言葉にクロードは心の中でガッツポーズをする。

「よし、決まりだな」

「でも、もう遅いわよ、あたし今日はやめにして宿に帰ろうと思ってたんだけど」

「どこの宿に泊まってるんだ?」

「路地裏の安ホテルだけど……」

「なに、それじゃオレと同じじゃないか、すごい偶然だな」

 確かになかなかの偶然と言えるが、金のない新人ハンターが泊まれるような場所など限られている、必然的に同じ場所を選んだだけだろうとシルヴィは思った。

 しかし、それはそれで都合が良かった。

「じゃあ、一緒にホテルまで行こうぜ」

「なんかそれ、別の意味に聞こえるわよ……」

 シルヴィはジト目を向ける。

「な、なんだよ、変なこと考えてんじゃねえぞ!」

 クロードは顔を赤くして叫ぶ。

「別に、ただの冗談だってば」

 ともかく、シルヴィとクロードは宿にしている安ホテルに戻り、とりあえず今日は眠りにつくのだった。

 翌朝、ホテルのロビーで待ち合わせをした2人はそこで落ち合う。

「とりあえず、そこらで飯でも食いながら今後のことを話そうぜ、それにお互いのことももっと知っといたほうがいいだろ?」

 クロードの提案にシルヴィも同意し、朝食をとるために近くの食堂へと入った。

「ふーん、それでそのおばあちゃんの遺言で旅に出たんだ」

 簡単にお互いの身の上を説明し合った2人、クロードの話にシルヴィが口に料理を運びながら相槌を打つ。

「ああ、勇者の末裔として世界を守れってな、でも、世界を守るなんてどうしたらいいかよくわからなくてな、ハンターになることにしたんだ」

 クロードの言葉にシルヴィも納得する。

「なるほどねー」

「しかし、今の世の中に魔王なんてもういないからな、魔族ももう最近じゃ絶滅したんじゃないかってぐらいに目撃情報がないし」

「魔族が絶滅したのなら、それはいいことじゃないの?」

「そりゃそうかもしれないけど、それじゃ勇者としてのオレはどうすりゃいいんだ」

「だからハンターになったんでしょ、魔族とかよりも人間の犯罪組織、たとえばディオスコネクションとかでも相手にしてみれば」

 シルヴィの言葉にクロードは身震いする。

「い、いや、流石にディオスコネクションは……」

 ディオスコネクションはこの世界最大の犯罪組織である、勇者だろうがなんだろうが個人で相手に出来るような存在ではない。

「冗談よ、まあともかく、あたしたちの目的はこの指名手配犯、ジャック・ボーウェルを捕まえることでしょ」

「ああ、こいつを捕まえられればオレの知名度は一気にうなぎ登りだ、勇者にして一流のハンター“クロード・トゥームス”の名前が世間に知れ渡る、A級ハンターのリューヤ・ヒオウも目じゃねーぜ、なんだったら世界最高の術士ヴェルナーだって超える名声を得られる」

 次々と有名人の名前を上げて妄想に浸るクロードにシルヴィは苦笑する、しかし、シルヴィもクロードの気持ちがわからないわけでもない。

 シルヴィも現在空位となっているS級ハンターを目指して日々鍛錬を積んでいるのだ、クロードのように有名になりたいと思うのも当然であろう。

「ところでお前はどうしてハンターになろうと思ったんだ? やっぱり正義の味方に憧れて、とかか?」

 クロードの言葉にシルヴィは言葉に詰まる、正義の味方的な存在に憧れてという側面も確かにあるが、シルヴィがハンターを目指した根本的な理由はもっと別のところにある、しかし、それをクロードに話すにはまだあまりにもお互いのことを知らなすぎる。

 なので、シルヴィは

「まあ、そんなところね」と言葉を濁す。

 クロードはシルヴィの言葉に首を傾げるが、あまり気にしないことにした。それよりも今は指名手配犯のことだ。

「お互いの話はこれぐらいにして、そろそろどうやって指名手配犯を探すか考えましょう、やっぱり昨日みたいに手配書片手にウロウロなんてどう考えても見つかる気しないのよねあたしは」

 シルヴィはそう言ってため息をつく。

「うっ……、そ、それはそうだな」

 クロードは痛いところをつかれて目をそらす。

「……あんたまさか、またあの方法で探すつもりだったの?」

「それ以外にどんな方法があるってんだよ」

 今度はシルヴィが痛いところをつかれる、言ってみたはいいが、結局いい考えが思いつかないのだ。

「そ、それは……」

「ぷっ、あはは」

 その時、隣の席から笑い声が聞こえてきた。

 そちらを見ると、1人の男がシルヴィとクロードの話に聞き耳を立てていたようだ。

「なによ」

 シルヴィは男を睨みつける。

 黒髪を短く切りそろえた20代中盤くらいの男だ、座っているのでわからないが、背はなかなか高そうで精悍な顔つきをしている。

 深い青のジャケットに柄物のシャツ、ジーンズといったラフな格好をしており、首には白いスカーフを巻いていた。

 シルヴィはあれ? と思った、今聞こえた笑い声は女と言うか子供のように聞こえたのだ、そして明らかに男の方から聞こえてきたのだが男の他に姿はない。

「あ、悪い、盗み聞きをするつもりはなかったんだ、ただたまたま聞こえてしまったんでな」

 男の声は普通に大人の男性のものだった。

 シルヴィとクロードは男のほうを見る。

 男は立ち上がるとこちらに向かって歩いてくる。

「お前たち、ハンターのようだが悪いことは言わない、この件からは手を引いた方がいい」

 突然の忠告にシルヴィは眉を寄せた。

「なによ、あんた、いきなり出てきて」

 シルヴィの言葉にクロードもうなずく。

「ああ、そうだぞ、オレたちは別に悪さをするわけじゃねえんだから、そんな言い方しなくても……」

 クロードの言葉に男は首を振る。

「違うんだ、俺はお前たちを心配して言っているんだ」

「誰だか知らないけど、心配なんかしてくれなくても結構よ、あたしたちにはあたしたたちのやり方があるんだから」

 シルヴィが男の申し出に答えるが、クロードは男のことが少しだけ気になった。

「おい、あんたは何者なんだ? もしかしてあんたもハンターか?」

「ああ、そうだ、俺もこいつを探しにこの町にやってきたんだ」

 と、シルヴィとクロードが机に広げていた手配書を指でコツコツと叩く。

「なんだ、同業者なんだ、あーわかったわよ、あたしたちに依頼を達成されるのが嫌でそんなことを言ってきたんでしょ」

 シルヴィはそう言うとクロードの方に視線を向ける。

「クロード、こんな奴ほっときましょ、どうせあたしたちが捕まえるのよ」

「そうだな、オレもそう思ってたところだ」

 シルヴィとクロードはそう言い合うとさっさとその場を離れて行ってしまった。

 1人残された男は頭をかくと小声で呟く。

「まったく、お前が笑い声を上げたりするからあの2人がへそを曲げてしまったじゃないか」

 男の言葉にどこからか聞こえてきた声が答える、男に聞こえるか聞こえないかのギリギリの声量だ、その声は先程シルヴィが聞いた笑い声と同じ子供――それも女の子のような高い声だった。

「ボクが笑わなくても、あの2人は忠告なんて聞かなかったと思うけど……」

「まあ、確かにな、あれは新人ハンターによくいるタイプだ、自分の実力を過信しすぎて、自分なら出来ると根拠のない自信を持っている」

「それで、どうするの?」

「どうするって?」

「だから、どうするのかって聞いてるの」

「答えはわかってるんだろ?」

 男はニヤリと笑う。

 男の答えに声は嬉しそうにはずんだ。

「さっすがぁ! でも、こっそりやらないとあの2人のプライド傷つけちゃうかもね」

「だな、まあどちらにしろあんなやり方では見つかる可能性は低いと思うがな」

「そうだね、でも、万が一ってこともあるもんね」

「ああ、早速俺たちも出発するぞ」

「待って! その前にすることがあるよ」

 声を低くする謎の存在に男は首を傾げる。

「なんだ?」

「……料理が、まだ残ってる!」

 ガクッと男はこけた。

「……は?」

「だって、せっかく作ってくれたのに、もったいないじゃん」

「まったくお前という奴は……わかったよ、ちゃんと全部食べてから出発するか……」

 そう声に応えると、男は再び自分の席に戻っていくのだった。

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