「第四十五話」三度目の死

感覚は無い、身体も無い。

しかしアイアス「だった」魂は確かに其処に在った。


「地獄にしてはまぁ、生ぬるい気がするけどなぁ」


あちら側とは少し違う自らの在り方に戸惑いを覚えつつも、アイアスはすぐに自らの形に慣れて、適応した。実態があるわけではない、されど確かに其処にある……あやふやであるものの、存在はしている。そんな感じである。


「ま、おっ死んだのには変わりねぇ。とっとと蛍の野郎を……おい、誰だそこにいるの」

──おやおや、バレてしまいましたか。


背後にそれは佇んでいた。見えもしない触れられるモノでもない……しかし、たしかに目の前に立っているということだけははっきりと分かる。──それはそれは、寒気がするほどの存在感を以て。


「そんだけおっかねぇ感じだと、お前さんが閻魔様か?」

──いえいえ、地獄を統べるほどの力は私にはありません。少なくとも、今の私には。

「へぇ……ってか、お前さんも俺と同じか」

──流石は、最優の刀匠。少し言葉を交わしただけで見破られてしまいました。


アイアスはその会話に違和感を持っていた。確かに音で声を作り上げ、それを認識しながらコミュニケーションを成立させてはいる。だが……どこか靄のかかったような不透明さが、実に不可解で気持ちの悪いものだった。


「んで、俺になんか用でもあんのか?」

──まぁ、そうですね。


目の前のそれは、アイアスにサラッと言い放った。


──つまるところ、貴女を生き返らせようと思いまして。

「あ?」

──勿論タダではありませんよ? 貴女をあちら側に送り返す対価として、ちゃんと私のお願いも聞いてもらいますから。

「待て待て、話についていけねぇ……お前は、神様仏さんみたいな何かか?」

──どうなんでしょうねぇ、あっちで私がどう扱われているかわかりませんが……まぁ、それに近いとは思いますよ? そんなことよりもう時間がありません、さっさと貴女を送り返さなくては。


そう言うと、急に目の前が暗くなっていく。ようやく掴んだこちら側での感覚が薄れていき、段々とおかしく……アイアスはこの苦しみと焦燥を知っている。紛れもない、死ぬ直前に味わう絶望感だ。


──いいですか? とにかくあちらに戻ったらまずは『聖剣』を探してください。ダルクリースの『剣聖』アキレスは生きています……どうか彼を倒し、『聖剣』を在るべき場所に戻してください。約束ですよ?


反論する時間も、抵抗する気力も力も消え失せた。閉じていく歪な五感を俯瞰しながら、アイアスは三度目の『死』を経験した。何も感じない、何も考えられない……そんな空っぽの状態で、しばらく彼女の無意識の旅が始まった。





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