「第四十三話」外道と頑固者
刃から手を離した。いいや、正確には掴んでいられなかったのだろう。
ソラの興奮で赤く染まっていた頬が、瞬く間に血の気の引いた真っ青な顔になっていく。彼女はその場に立っていることすらできず、呆然と目の前に滴る血を眺めていた。
「そうだ、お前はこんなもん……持たなくていい」
「わたし、わたし……ああ、あああ!」
「いいんだよ、オレが割って入ったんだ。お前はな~んにも悪くねぇ、気にすんな」
突き刺さった刀を、アイアスは乱暴に引き抜く。鮮血が飛び散り、アイアスの口の端から血の塊が溢れ落ちる。──致命傷。一刻も早く治療を施さねば、死に至るほどの一撃。
「──アイアス!」
屋敷から飛び降り、着地したスルトが叫ぶ。その手には『聖剣』バルムンクが握られており、また彼自身もそれを握るに値するような人格を手に入れていた。──冷静な彼は、目の前に広がる惨状を即座に理解した。
アイアスはそんなスルトの方を見ることもせず、引き抜いた『蛍』を構えながら言った。
「アイアス連れてこっから離れろ、こいつ戦意が折れてる」
「……分かった、お前も来い」
「やなこった、俺はこいつとケジメを付けに来たんだ」
「何を馬鹿なことを……」
スルトは言いかけて、アイアスの圧を敏感に感じ取った。あそこまで酷い一撃を負いながら、それでもこの存在感、圧迫するような覇気……どうやら彼女は並大抵の理由でここにいるわけではないようだ。
無論、それを聞くのは野暮というもの。スルトは歯噛みした。
「……分かった。だが、その代わり俺と約束しろ」
「面倒くせぇな」
「いいから聞け、アイアス。俺はお前に一度負けた、セタンタもお前に負けたと聞く……良いか? 勝ち逃げだけはするな。生きて帰って、また俺と戦え」
「……おう」
薄ら笑いを浮かべたアイアス。スルトは腑抜けてしまったソラを担ぎ上げ、その場から勢いよく離れていく。
「……」
途中、遠ざかっていくソラが、手を降っている。そんな見間違いさえ、今際の死にぞこないである彼女には、腹を括るちょうどいい理由にしかなり得ない。そう、決して鎖にはなり得ない。
「……お互い手負いなんだ、短期決戦と行こうぜ」
「はぁ、はぁ……はぁ!」
ようやく起き上がった蛍は、既に満身創痍。ソラから受けたダメージに斬撃は無いとしても、既に蹴りや打ち合いで蓄積している痛みや疲れは計り知れない。今すぐにでも倒れてしまいそうなほど揺らめいていて、しかし決して侮れないことを……お互いに分かっていた。
追い詰められた獣は、何よりも恐ろしい。
「……待たせたな」
背筋を伸ばし、刀を顔の横に並べるように構える。走り込むように少し傾いた姿勢は、まるで鏡合わせかのように、蛍とアイアスの間で一致していた。
同じ技、同じ練度、同じ場所を目指した極地の剣。
片や道を踏み外した外道、片や二度目の生涯でさえ己の信念を貫こうとする頑固者。
一歩、前へ。
ニ歩、互いの間合いへ。
三歩、覇気がぶつかり合い、そして。
「「チェエエエエエエエストぉおおおおおおおおおおおおおっっっづづッッ!!!」」
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