「第二十話」知恵捨ォ

相当な距離を挟んだアリスとアイアスは、それぞれ杖と剣を持っていた。


「ほ、本当にやるんですか!?」


杖も手も震えているアリスが、青ざめた顔で言う。向こう側にいるアイアスはその震え様に笑い声を堪えながら、持っていた剣を担いだ。


「一度言ったことは死んでも曲げねぇ、それがおとk……じゃなくて、ダルクリース家の次期当主としての矜持だ! ──来い!」


緊張せず、高揚してさえいるアイアスのその様子に、アリスは理解ができない様子だった。それでも彼女は腹を括ったようで、震えていた杖先をピタリと止め、真っ直ぐにアイアスを見据えた。


アイアスも担いでいた剣を構え、来たる魔法の大群に備える。その構えはアリス、いいやこの世界において誰も見たことがないような特異な構えであった。柄を握り締めた手を顔の隣にピタリと置き、足を前屈みに開いている……空に掲げた剣を担ぎ込むような、そんな構えである。


「……いきます!」


アリスの杖が右に左に揺れ動く。すると不思議なことに先端が光りだし、それは眩く熱い火炎へと姿を変えていく。小さな光から人間の頭蓋骨ほどの大きさになった火球は、彼女が杖を振るうと同時に真っ直ぐ放たれた。


(──見えた)


間合い、タイミング、剣の重さ。ありとあらゆる感覚を把握した後に、アイアスはその呼吸を整えた。内に眠る魔力を呼び覚まし、それを剣の柄とともに強く握りしめる。魔力の流れが身体を飛び越え、剣の根元から先端へと巡っていくのが分かる。


──向かってくる火球を捉えると同時に、天を仰いでいた切っ先が一気に振り下ろされた。


「チェェェストォォォォォォッッッヅヅヅッ!!!!!!」


風圧。否、それを上回る覇気による威圧。奇声にも雄叫びにも聞こえるそれと共に、その剣は振り下ろされた。それは空より落ち来たる雷霆の如く、その大地を揺らすほどの威力と重圧を従えて。──当然、それらを叩きつけられた火球など風前の灯である。轟々と盛っていた筈の焔は、その一撃によっていとも容易く吹き散らされてしまった。


「……へ?」

「ふぅ、まぁ大方予想通りだな」


剣を担いだアイアスは、なんてこと無いと言いたげな様子で剣を担いだ。しかし、これはアリスにとっては捨て置くようなことではなく、寧ろ発狂して驚くような大事件なのである。


「なっ、なんで……なんで魔法を真正面から斬れるんですか!?」

「んぁ? 斬るために剣を渡したんだろ?」

「そんなわけ無いじゃないですか! だって、魔法を斬るなんて……王族の血を引く人間でもできるかどうか分からない神域の芸当なのに!」

「はーっはっはっはっはっ!」


アイアスの突然の爆笑に、アリスは肩を震わせた。目の前にいる人間は何者なのか……王族の血を引くのか? あの構えや奇声はダルクリースの秘宝だったりするのか? それとも、もっと別の、自分が想像もできないような力によるものなのか、これは。


(公爵令嬢でありながら平民を助けて、『剣聖』に対抗するほどの剣技を持ちながら『剣聖』ではないと言う……その言動、行動全てが、私の理解を超えている)


故に、アリスは率直な問いを漏らした。


「あなたは、一体……」

「俺か? 俺ぁただの刀匠、刀鍛冶だ」


ニンマリと笑った彼女は、謙虚でも謙遜でもなく……彼女自身の心をそのまま言葉として口に出した。その様子は公爵令嬢にあるまじき下品なもので、どうしようもなく堂々としている格好の良いものであった。


「売られた喧嘩は買うのが礼儀。──勝つぜ、決闘! ちょっくら刀に五月蝿ぇ爺の、説教臭い太刀筋を魅せてやる!」 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る