「第三話」刀匠令嬢の最高傑作

月日が流れていくたびに、成り損ないの鉄の棒は積み上がっていく。かれこれ六年という月日が経ち、今日も朝から鍛冶場の煙突からは、黙々と厳かな煙が吹き上がっていた。


「……」


思考や感情の流れを断ち、究極の一本を練り上げるという作業だけに全神経をつぎ込む。熱くとも、幼き手足が痺れようとも、職人の魂の前でそれらは全て無意味であり、槌を振るう手を止める理由には成り得ないのである。


叩いて、叩いて。

折り重ねて、また火花が散って。

叩いて、叩いて。

折り重ねて折り重ねて、徐々に火花が散らなくなってきて。



「……ふぅ」


昂りが覚める頃には、細長く反り曲がった鉄の棒が形成されていた。正重が思い描いた最高の作品に近い形ではあったが、それがより一層、正重の集中に深みを与えたのである。


正重はサラサラとした土を手に取り、そうっと……鉄の棒の表面に塗り始めたのである。ある部分は分厚く塗り、ある部分は薄く広く塗りたくる。そうすることで現れたのは、波を描くような模様である。


「正直な刃紋だ、お前は良い刀になる」


まるで、同じ人間と話すように正重はそう言った。一度浮上した意識は再び集中の中に……いよいよ、最後の仕上げに取り掛かろうとしていた。炉に薪を投げ込み、一気に温度を上げていく……滴る汗を拭う素振りも見せずに、正重は土を塗った鉄の棒を突っ込んだ。温度が極限にまで上がった炉により、あっという間に赤熱する……それは魔法によって顕現する炎よりも熱く、妖精などが持つ光よりも迫力があった。


「……!」


その頃合いを、どう測ったかは本人でさえ分からない。ただ、極限にまでのめり込んだ彼の熟練の技のみが答えを知っていた。引き抜いたそれを水槽の中に差し込むと、大きな音を立て、湯気を立てながら光はすうっと消えていく……急速に熱を奪うことにより、たるんだ鉄が締まっていく、正重はそう考えていたし、それを感じていた。


暫く水に漬けていたそれを、正重は無造作に取り出した。未だに鉄はほんのりと熱を帯びており、まるで生きているかのような心地さえする。

正重はそれに見惚れてしまうよりも前に砥石を手に取り、その上で鉄の棒を滑らせ始めた。時々水を垂らし、滑りを良くしながら……削り、削り、焼かれた泥の下から現れるのは、美しい鉄の輝き。逸る気持ちを抑えながら、一心不乱に削り続けた。


「……ふぅ」


頭に巻いた手拭いを水で濡らし、絞り、刀身に付着した土などを丁寧に拭き取っていく。吹けば吹くほどに輝きは増していき、全てを拭き終わる頃には、正重の手の中には一本の芸術が存在していた。


「立派だ、ああ……俺は、お前を造れたことが誇らしい」


昇ってくる朝日に照らされ、黒光りする刀身は一気に白刃へと姿を変える。輝かしくも恐ろしさを覚えるそれは、総じて美しさと呼ぶに相応しい代物だった。

さて、生まれたからには名前をつけねばなるまい。しかしそこは一流の刀鍛冶……正重はこの日のために、自分の中にある最強を意味する言葉を、刀に付ける名として秘めていたのである。


「『蛍』、俺がお前を、天下に知らしめてやる」


生前に造れなかった最高の形。怨念じみた未練が生んだ奇跡の果てに、その刀は生まれた。

奇しくもそれは公爵令嬢アイアス……彼女にとっての十六歳の誕生日の日に。──彼女が魔剣学校に行かなければならない義務を背負う年齢になった日に。

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