第3話 近づく距離と残念な私

 葛城くんが格好良すぎて、私の脳内妄想だけが進んでいく。

 とりあえず思考をクールダウンしよう。

 ちょっと話せるようになっただけで、愛だの恋だのと気分が浮ついてしまうのは、私が非モテ女子だからだ。


 気分転換すれば、正気に戻るはず。

 そう考えて、日曜日に葛城くんが出かけた気配を感じてから、私もショッピングモールへと足を延ばす。


 駅前にあるショッピングモールは、近隣では一番大きくて見ているだけで楽しい。

 アパレル系の店舗が並ぶ階で、私は存分にウィンドウショッピングを満喫する。

 これから夏が始まるのだと、予告するような涼やかな服が並んでいる。


 ひらひらと揺れるAラインのオーガンジー・スカートや、襟や袖にレースをあしらったデザインは、雰囲気が大人可愛い。

 今年の流行りの服は、シックなのにロマンチックで、とても綺麗だ。


 どう頑張っても、座敷童に似ている私には似合いそうにないけど。

 後ろ向きな事を考えながら、マネキンの着ている空色のワンピースに見とれていたら、背後から声をかけられた。


「あれ? 藤村さんも買い物?」


 この声は! なんて振り向く前に、それが誰かわかってしまうのが悲しい。

 嬉しいけれど、なんで!? という驚きのほうが強かった。

 葛城くんをストーカーしていたわけではないのに、またしても行き先が被ってしまった。


 どんな表情をすれば良いかわからなくて、脱兎のごとく逃げ出したくなったけど、そんなことができるわけがない。

 最善の対応として、余所行きの笑顔を作って振り向いた。


「奇遇だねぇ、葛城くんも買い物?」

「うん、仕事用の靴を新調しに来た。藤村さんは?」

「気分転換に、ウィンドウショッピング」


 お金を落として経済を回す気がなかったので、ちょっぴり後ろめたいけど。

 だけど、葛城くんは「いいね」と笑ってくれた。

 そして、私の横に並ぶと、さっきまで私が夢中だったワンピースを見つめる。


「ずいぶん熱心に見ていたけど、着てみないの?」

「あ~試着かぁ……ん~笑わない?」

「笑わない」

「こういうところの店員さんって苦手なんだよね。見るだけですって言っても、アレコレお勧めを持ち出してきて、試着室に誘導されるのとか。似合ってなくても、お似合いですよ~って笑顔でゴリ押しされて、お包みしますよ~って……いらんつってんのに」


 残念な経験は、一回や二回ではない。

 五回入ると、実に四回はそういう目に合う。

 今日は買わないと断固拒否して舌打ちなんてされた日には、泣きたくて胃がキリキリする。

 最初に「今日は買いません、リサーチです」と言いきってるのに悲しい。

 よっぽど押しに弱い子に見えるのだろう。クスン。


「それは、イヤな体験をしちゃったね」

「葛城くんは、そういうことなさそうだよね」

「あるよ? まぁ、俺なりにお返しはするけど」


 ビックリして顔を向けると、葛城くんは悪い笑顔をしていた。

 黒いオーラが背後に見える。


 わぁ、こんな顔もするんだ。

 それにしても、お返しってなんだ?

 

「ほら、ブランド店って店員もそこの製品を身に着けてるだろ? だからブランドをめちゃくちゃ褒めちぎって、相手を良い気にさせた後で。これだけ素晴らしい店なのに、ここにふさわしい販売員に出会えなくて本当に残念だって、真顔で教えてから帰る」


 Oh! ブラック葛城くんが現れたよ。

 良い人の面しか見たことなかったけど、嫌味も言えるのか。


「嘘じゃないからね。舌打ちなんて客相手にしちゃダメだろ。まぁ、本社に投書まではしないけど……藤村さんは優しいから、嫌味すら言わないでしょ」


 私は言わないのではなく、言えないだけなのだが。

 心の中では罵倒しているよ。声には出せないけど。

 葛城くんのイメージの中で生きている私は、ずいぶんとホワイトな天使である。


「着てみたら? 押し売りされそうになったら、俺が断ってあげるよ」

「え? 葛城くんにも用事があるのに、悪いよ」

「もう終わったから。無理にとは言わないけど」


 でも女性用のお店に付き合ってもらうのは……とうじうじ悩んでいたら、葛城くんは平気だよって朗らかに笑う。

 姉と妹が二人もいる女系家族だから、こういう場所にも慣れていると言い出した。

 年末年始のバーゲン争奪戦に参加させられた挙句に荷物持ちをさせられる話や、ファッション誌やコスメのお使いまで頼まれる話も聞いて、つられて笑ってしまった。


 うん、笑い事ではないんだけど、葛城くんの側が居心地の良い理由がわかった。

 それだけ姉妹にもまれたら、当然かもしれない。


 けっきょく、私はワンピースを買った。

 空みたいに青い色の、透けるオーガンジーが綺麗な、Aラインのロングワンピース。


 最初に見ていたマネキンが着ていたモノではなく、葛城くんと一緒にあーだこーだと言いながら見繕い、ファッションショーのごとく着替えた挙句に、彼に最上認定された一品だ。


 しかし。とっておきの場所におめかしして出かけるための服で、通勤着や普段着には、絶対にならない。

 買ったものの着る機会を見つけるのは非常に困難な気がする。


 着ない服を買ってしまった。

 誰だ、買わないって言っておきながら、散財したのは。


 もちろん、私だ。

 そして、葛城くんもだ。


 私のコーディネートを考えているうちに、自分も欲しくなったらしい。

 メンズ用品も置いてあったから、夏用のネクタイが少ないと思い出したらしく、二人であーだこーだと言いながらとっておきの一本を選んだ。


 空の色を思わせる爽やかな青は、私の買ったワンピースによく似た色だった。

 気付かないふりをしたけれど、内心ではものすごく照れていた。

 デートって今までしたことないけど、こんな感じなのだろうか。


 ありがとう、どこかにいる神様。

 座敷童系の私でもキラキラ体験ができました。

 

 二人して散財したものだから、ご飯を食べて帰ろうという話になったとき、迷わず牛丼のチェーン店を候補に挙げてしまった。

 ショッピングモールにはお洒落なイタ飯屋さんもあるのに、私ときたらなんて残念なチョイスなのか。


 幸い葛城くんは嫌がらず、むしろ嬉々として割引券を提供してくれたので、ほっとする。

 カウンター席で肩を並べて食べる、チープな牛丼はひたすら美味しかった。


 葛城くんが、良い人で良かった。

 

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