第31話 静寂の中の作業配信






 アイビーが無言で次のターゲットを指示する。


 ソヨギはそれを受け、地面を這う蔦に注意しながらターゲットに近付き、その幹に槍をそっと突き刺す。


 トライサプリングが崩れていく様子をしっかり確認してからグングニル・アサイン、口に出して唱えないように細心の注意を払いながら心で念じて、槍の形状を復元する。


 そしてアイビーが槍の柄に触れ魔力を注入し、また次のターゲットを指し示す。


 そんな風に、ドームの入り口周辺のトライサプリングを駆除していく。


 5体ほど枯らした辺りでトラヴィスから一度下がるようにチャットで指示が出る。

 ソヨギとアイビーがドームの入り口前のスロープまで戻ると、それと入れ違いに、突き出されたトラヴィスの杖の先端から現れた光る粒がドームの中にふわふわと宙を浮きながら侵入していった。


 『ライト・オ・ウィスプ』、トラヴィスが使役する使い魔、人造精霊である。『記述』に特化した使い魔だそうで、紙やコンピューターや人の思考などに接続して地面や空間に文字や図形を描くことが出来るらしい。


 その光る粒のような使い魔は地面スレスレを飛び、ソヨギがモンスター退治により作り出したスペースに大きな円を描く。その光の粒の軌道上にまるで飛行機雲のように光の線が浮かんだまま停滞する。空間に光のインクで円を描いたとでも言うべきだろうか。


 その後も光の粒は描いた円の内側を目にも止まらぬ速度で飛び回り、円の中に様々な文字や図形を描き続けた。魔法陣を、地面に記述しているのだ。


 光の円の中を一杯に図形と文字で埋めたあと、光の粒はふわりと宙に浮き、ドーム状の空間の出入り口まで飛翔し、そこに立つトラヴィスの杖に嵌め込まれた奇光石の中に溶け込んでいった。


 自身の杖に使い魔を回収したトラヴィスに変わって進み出たのは大轟寺シズ。

 口許に手を当てながら地面に描かれた輝く魔法陣をじっと眺める。そして口許から手を放して、両手の平を魔法陣にかざして詠唱を唱え始めた。しかし声は聞こえない。口許は動かしているけれど声は響かない。口パクをしている訳ではなく恐らく、発っした声が大気を震わせる前に魔法によって打ち消されている。ああ、それアリなんだ、とソヨギは内心驚いた。


 そして突然、魔法陣を形成する光の線の輝きがふっと弱くなった。


 その様子を少しだけ観察したシズは、自然な様子で前に進み、魔法陣の円の中へ足を踏み入れた。


 しばし周囲を見渡したシズは疑問を投げかけるような視線でドーム外のソヨギ達に視線を向け、宙に手をかざし拡張現実内のキーボードに文字入力しようとした。それと同じタイミングでトラヴィスも魔法陣の中に入りシズに視線を向けた。


 その瞬間、ソヨギは非常に驚いたように目を見開き、戸惑ったように何かを喋った。魔法陣の外側からはなにも聞こえない。しかし、魔法陣の中ではシズとトラヴィスは明らかになにか会話をしている。


 ソヨギ達も、トラヴィスに引き続き魔法陣の中に入った。


「急に声を出さないでくださいよ! ビックリするじゃないですか……!」

「ははは、すまないすまない! そこまで驚くとは思わなかったからね」

 シズとトラヴィスが普通に音声で会話していた。


「魔法がちゃんと効いているかどうか検査しようと思ったのにトラヴィスさんがいきなり喋り出すから、ビックリするに決まってるじゃないですか! ちゃんと消音出来てなかったら大惨事じゃないですか!?」

 非常に珍しく狼狽えるシズに、トラヴィスは悪びれる様子も無く「しかしね、術式は完璧だったから」と言ってのける。


「念のため陣の中に入って確認したけど魔力の胎動は実にスムーズだったよ。安心して声を掛けたんだけどね?」

「……こっちは凡人なんで、あなたほど魔力に対する感度は無いんですよ」



 

○:えーなに? ケンカ??

○:よくわからんがトラヴィスが悪い

○:確かに、ずっと静かだったから肉声を聞くとドキッとするなw

○:この魔法陣の中の声は外に漏れないってこと?

○:安全地帯ってそういうことか

○:これはトラヴィスが悪いんじゃ?

○:段取りはどうなってたんだよ段取りは!?




 配信画面のコメントの言う通り、この魔法陣の中で発した音や声は魔法陣の外まで届かない。ざっくり言うと『音だけを遮断する魔法』という訳だ。無音を強いられる八王子Deep最深部において安心して喋ることが出来る。


「とりあえず、わたくしの視聴者様方は『トラヴィスが悪い』という意見が大多数を占めていますわ」

 バックパックを背中から降ろしながらアイビーがトラヴィスに冷たい目線を向けながら言う。

「わたしのところも~」

「……ウチもですね」

 オリザとソヨギも便乗してそう言うとトラヴィスは、「改めて謝るよ」とコミカルに申し訳無さそうな表情を造りながらホールドアップのジェスチャーをする。「オッケーです」とシズも神妙に謝罪を受け入れる。


「さてでは次の段階に入ろう」

 そして(AIで翻訳された音声から察するに)反省を引き摺っている様子は一切感じさせない声色で次の指示を始めるトラヴィス。


「この防音結界の中から巨大奇光石を狙撃する手筈だけれど、案の定『射線』の確保が必要だ。前もってトライサプリングは両サイドの壁に移動させていたけれど何体かは中央に戻ってきているし新たに生成されたものも居るようだし。アイビーとソヨギは引き続きトライサプリングの駆除を頼むよ。拡張現実内に攻撃魔法の射線表示と、その射線上に居るトライサプリングのタグ付けを行っておく」


 そう言いながらトラヴィスは見えないキーボードを素早くタタンと叩く(まぁ、見えないキーボードからはもちろん音は鳴らないのだけれど)。

 ソヨギが巨大奇光石に視線を向けると、魔法陣と巨大奇光石の間を繋ぐように通路が視界に長方形で表示されており、その通路上に居る複数体のトライサプリングがほんのりと赤く発光していた。VRゴーグル上でわかりやすいように視界に加工が施されているのだ。


「残りの3人は、この部屋に設置されている魔力検知ロボットにアクセスして巨大奇光石の状態を確認してから破壊の準備を始める」


「アイビーさん、魔力の残量は大丈夫そうですか? 交代が必要なら気軽に言って下さいね」

 ソヨギと同じく、射線上の植物モンスターを眺めていたアイビーにオリザは声を掛ける。「心配は要りませんわ」とアイビーは笑顔で返す。


「倒さねばならないのは精々20体程度。恐らくわたくしの魔力量だけで賄えますわ」

「ソヨギくんも、腕が疲れたら遠慮せず休憩取らなきゃダメだよ」

「いや、マジでオレ腕を前後に動かしながら念じるくらいしか仕事してないからな……」

「あと、うっかりグングニル・アサインって口に出さないように気を付けて!」

「それ。それはマジでやりそうで本気で怖い。改めて気を付けるよ」






 その後、ソヨギとアイビーは魔法陣によって構築された防音結界の外に出て、結界と巨大奇光石を結ぶ直線上に存在するトライサプリングを退治する作業が始まった。


 射線になる直線上に立ち並ぶ植物モンスターの数は疎らだが、地面を這い回る蔦はそれぞれ複雑に蛇行しながら広がっており、足元に注意しながらターゲットに近付き、槍で幹を串刺しにし、トライサプリングが足元の蔦もろとも風化するように消えるのを見計らって広がったスペースからまた先に進む、という工程を繰り返している。


 倒す順番を間違えると周囲にターゲットが居ないのに足元には遠方のトライサプリングの蔦がのたくっていて近付けない、という事態になりかねないので、一体倒すたびにアイビーは、ソヨギの槍に魔力を装填しつつ地面の様子を睨んでかなり真剣にどう進むか考えている。仕方のないことだが想像以上に、一歩進む時間がかなり掛かっている。




○:パズルゲームみたいになってんな……

○:VR画面でどれがどのトライサプリングの蔦か色分けしてくれてるからある程度わかりやすくはある。

○:初見です

○:ソヨギの探索配信、大体単純作業の繰り返しになる説

○:そもそもチートスキルが繰り返し戦闘を続けるのに特化している内容だから仕方が無いというのはある

○:神話の時代からこうなることは運命付けられている能力名

○:反復作業との相性の良さを世界に認められた男、牧村ソヨギ

○:日本の趨勢に関わる局面でも変わらぬ作業配信をしていて、オレも鼻が高いよ(謎の後方理解者ヅラ)




 アイビーの指示のもと淡々と植物の幹を刺突する配信に嬉々として飛び交うコメント群。

 いまは喋れない、反射的にコメント返しをしたくなる欲求は辛うじて抑えられている。無事に生還出来たときは、まとめてコメント返しをする企画をしようと心に決め、最高の鮮度で視聴者のコメントを活かす誘惑から目を背けようと努めた。


「この終点のドームに探索者が足を踏み入れたのは数える程の回数しかないけれど、無音で長時間稼働出来る蜘蛛型ロボットによる調査は長期間行われていて」

 一方防音結界内のトラヴィス・フィビスは、嬉々としてコメントの質問に対して返答をしていた。音漏れ防ぐイヤホンから、結界内での会話が聴こえてくるのだ。


「トライサプリングの群れが左右両サイドに寄っているのもその蜘蛛型ロボットのお陰なんだ。ロボットにはスピーカーが内蔵されていて、定期的に大音量で騒音を発生させていた。両側の壁面の傍には蔦の毒針で貫かれた蜘蛛型ロボットの残骸が複数体転がっているはずだよ。

 トライサプリングを壁際に移動させたのは当然、射線確保のために邪魔だから数を減らしたかったから。トライサプリングはああ見えて頑丈なモンスターだし意外と魔法攻撃への耐性が高いんだよ。

 うん……、そうだね、アイビーもソヨギも手際が良いね。訓練はしっかり積んでもらったからね。仮想空間にこの場所に近い状況を再現したんだ。VRのゲームのようにさ、音を立てないように歩きながらいまの彼らと同じ手順を踏む訓練プログラムさ。……えっ? 一般公開? いやー、そういうのは考えてなかったし、後悔するようなちゃんとしたグラフィックでは無いしねぇ。……ん、そうかい? まぁ、本件が成功してから考える話かなぁ……」


 ……まぁ、ここぞとばかりにいままで喋れなかった分のコメント返答がしたくなるのはよくわかるし、ある意味喋れない自分やアイビーの代わりに解説をしてくれているとも言えなくはない。ただ、思わず口を出したくなるから自分に直接関わりある話題はなるべく避けて欲しいとソヨギは内心思った。


 そして反応してしまわないように細心の注意を払っていることと言えばもうひとつ、配信動画の同時接続者数だ。一瞬ちらりと目にしてしまったときには、201087人が視聴中、と表示されていた。いまこの瞬間、自分の、配信に、20万人……?


 このドームに入るまでは精々数万人程度の同時接続者数だったが、後方の魔法使い達が結界内に引き籠り、アイビーがソヨギの背中ばかり映している現状では、モンスターに最接近して一体一体退治しているソヨギの動画が一番見応えがあるのだ。トラヴィスの音声は他の探索者の配信にも乗っているので、恐らく世界中の視聴者が、ソヨギの動画に集結しているのだ。流れゆくコメントにも、英語や知らない言語の書き込みが増えている気がする。


 ソヨギは、背後のアイビーが驚かないようにゆっくりと上体を持ち上げ、背筋を伸ばし鼻から音が漏れないように気を付けながら深呼吸をして一瞬だけ休憩した。空気は、植物の青臭さを多く含んでいるが、良く澄んでいて結構爽やか。発光しているレンガの光でトライサプリング達が光合成しているので、地下深くでありながら酸素は豊富なのだ。ダンジョン内に光源があり植物が自活しているのが低難度ダンジョンの条件のひとつとよく言われている。




ZINZI:気が散るなら配信画面を視えなくさせられるけど、大丈夫かい?




 集中力の維持に適していると言い難い環境を気にしてか、ダンジョンの外でモニターしている山野辺ジンジが個別のメッセージを寄越してきたが、『大丈夫です』と宙のキーボードで短く返事し、また腰を落として怪植物群を見据えた。


 コメントやトラヴィスの解説はほぼ無視しているけれど、完全にシャットアウトしてしまうのはなんとなく間違っている気がした。現状は間違い無くダンジョン探索動画配信者としての大舞台である。


 これもトラヴィスが言う所の『ダンジョン探索動画配信者』の矜持と言えるのかもしれない。


 



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