第27話 輸送用エレベーター




 主にトラヴィスだけが楽しそうな演説を省略しつつ、要約に補足を加えて記載する。


 『八王子Deep』の攻略進捗率は現在90%。民間の探索者達の努力、公共事業として国がインフラ整備を積極的に行った点、都市部内にあるというアクセスの良さ、そして何より他のダンジョンより比較的難易度が低かったことにより、ダンジョン内の探索は進み、点在したモンスターのリスポーンポイントは最後のひとつを残して全て破壊された。その最後のひとつこそ、地下空洞をダンジョン足らしめている『巨大奇光石』である。


 大轟寺シズのエコロケーションや式神・ロボットによる残った未踏部分への事前偵察により『八王子Deep』の内部構造は全て解明された。残った未攻略箇所は巨大奇光石が存在する最深部の大空洞のみである。


 地球上に存在する魔力が結晶状に地中で凝固しダンジョンを形成する『地下迷宮無秩序形成現象』、どうしてこんな現象が起こるのか、何故『ダンジョン』や『モンスター』などという冒険小説やゲームに出てくるようなモノが形成されるのかなど、ダンジョンに関する謎は無数にあるが、最深部の巨大奇光石を破壊すればダンジョンがダンジョンとして成り立たなくなる点はすでに明らかにされている。モンスターの出現を完全に停止させるにはモンスターの発生源であり、ダンジョンそのものの核であり設計図でもある巨大奇光石の破壊が不可欠。それはダンジョンの大黒柱を砕きダンジョンそのものを崩壊させることを意味する。現在発見されているダンジョンを消滅させる唯一の方法だ。


 しかし、そこから別の問題が浮上する。


 この巨大奇光石を砕くことで、そこに籠められたダンジョン形成のために使用されていた全魔力は全く別の姿に転換する。ボス・エネミーの出現だ。


 ダンジョンひとつを成り立たせるほどの巨大な魔力を一個の個体に凝縮させた超強力なモンスターである。恐らく『ダンジョン形成』を成立させる上で術式に組み込まれた緊急防衛機能のような存在で、『奇光石』という安定して魔力を蓄積するのに適した形態が破壊された時点で、蓄積した魔力が雲散霧消する前に自動発動し、魔力を一時的に凝固させておくための、言うなれば『動く奇光石』である。


 巨大奇光石がボス・エネミーに転じた時点で、ボス・エネミーは取り敢えず、自分の周囲に居る人間を全て殺す。その後独自の索敵暴力、推測に基づいて一定範囲内に通常のモンスターが行うそれと同じように破壊活動を行う。


 そして一通りの破壊が終え自身の安全が確保出来たと判断した時点で、再びボス・エネミーはダンジョン最深部に戻り、その身体を結晶化し、再び巨大奇光石に戻る。


 現在、世界で確認されているボス・エネミー発生件数は23件。確認されているボス・エネミーの種類は11種類。ボス・エネミーの撃破に成功したケースは5回。そのボス・エネミーの内、どのボス・エネミーが出現するかは巨大奇光石を破壊してみないとわからない。まだ撃破が確認されていない6体の内のどれかかもしれないし、一度撃破された5体の内のどれかかもしれないし、新種のボス・エネミーが出現する可能性ももちろん有り得る。


 巨大奇光石目前まで探索されたものの、ボス・エネミー討伐のリスクの高さから日本政府は『八王子Deep』への探索を全面的に禁止としていた。ダンジョン探索・研究は各国でも積極的に行われているがモンスターのリスポーンポイントの破壊は各管理組織の許認可が必要になる場合が殆どだ。

 ダンジョンから地上にもたらされる貴重な資源は、ダンジョンのモンスターやダンジョンの特殊な環境そのものによって作り出されるので、資源の源泉を勝手に潰される訳にはいかない側面もある。

 ただ、人類の生活圏に密接している『八王子Deep』は資源的価値以上に東京都民の安全や土地の確保の観点から破壊が望まれていた場所だった。


 生活圏に密接しているからこそ破壊を望まれているが生活圏に密接しているからこそ気軽に手が出せない『八王子Deep』の巨大奇光石。

 そんな日本政府のジレンマに目を付けたのがダンジョン探索者であり実業家でもあるトラヴィス・フィビスだ。


 トラヴィスは日本政府と直接交渉をし、トラヴィスの指揮の元に八王子Deepを攻略する許可を、その際の自衛隊の全面協力まで取り付けて現在に至る訳だ。……一体どんな根回しや裏工作を使えばそんな許認可や協力を得ることができるのかは知る余地も無いが、とにかくトラヴィスはここまで漕ぎ着けてしまった。


 そして、今回ボス・エネミー討伐に挑む5人は、トラヴィスが厳選して選んだメンバーだと言うことだ。


 本当になんで。


 本当になんでこんな自分が選ばれているのか、未だにソヨギは釈然としていない。






○:本当にマジで長話だった……

○:ZZZzzz……

○:校長先生の朝礼レベルだったぜ……

○:他人に自分の考えを伝えたいエネルギッシュさだけはひしひしと感じられた。

○:まぁ、これから何をするか知らないで動画を観始めた人も結構いるかもですし……




 ……ソヨギの配信の視聴者も音を上げ始めた辺りでようやく演説は切り上げられ、5人は自衛官達に背を向け見守られながら、八王子Deepの入り口へと歩き出した。



 

○:うぉ!?

○:なんか大胆に整備されてる。

○:でっか!




 ダンジョンの入場と共にソヨギと視界を共有している視聴者の一部は、軽い驚きの声を上げた。それもそのはずだろう。ダンジョンの巨大な入り口を少し下った先に現れたのは、巨大なエレベーターだったのだ。

 厳密にはインクラインと呼ばれている装置で、ゆったりと地下奥へと下っていくダンジョンの傾斜に沿って2本のレールが敷かれ、その上を水平の台車を載せ、レールに沿ってゆっくりと下っていく装置である。ただそれはかなり巨大な業務用エレベーターと言えるサイズで、自動車二台程度は余裕を持って停められるほどの広さがある。低層階のリスポーンポイントが破壊され、安全がある程度確保された段階でダンジョン内に資材を搬入しやすいように自衛隊が設置した施設である。


 5人の探索者と自衛退隊員が一人エレベーターに乗り込み、自衛隊員が良く通る声で指差しと共に安全確認を行ったあと、エレベーター上の端末を操作する。


 エレベーター周囲のランプが青く転倒し、重々しい駆動音を上げながらゆっくりと下り始める。ソヨギは揺れでよろけたので、膝を突いて転ばないようにした。


「……中々大掛かりな設備ですわね」

 斜面に沿って、ダンジョンの下層までずっと続くレールを見下ろしながらアイビーは感心する。


 レールが敷かれたダンジョンの道は直径10mを超える非常に幅の広いチューブ状の通路で、傾斜は緩やかだが距離はかなり長く、それでいてダンジョンの外壁はほんのりと青白く自然発光していて見通しが利いてしまう。

 エレベーターのゴールはここからは見えず、レールと外壁がずっと先まで続いている。心が和む風景とは言い難い。合わせ鏡の無限に繰り返す光景を覗き見ているような不安感を煽る。


「そもそもこの八王子Deepは、というか東京都近郊のダンジョンの探索はモンスターをダンジョン内に抑え込むための公共事業として行われていた側面が強くて」


 高所に対する恐怖とか特に無いらしいエレベーターの縁から地の底の果てを見下ろすアイビーは声の主の方を振り向く。エレベーターの真ん中辺りで立っているシズの言葉だ。隣に、コンクリートの床に座っているオリザがシズを見上げている。


「ダンジョン探索者が最初のリスポーンポイントを発見した時点で、即時このエレベーターの建造が決まったようです。リスポーンポイントを破壊したあとでこのエレベーターを設営するためにこの傾斜とダンジョンの奥を繋ぐ通路を一時完全封鎖していました」

「……ダンジョンの奥から沸くモンスターを防いでいるすぐ傍でエレベーターを設営していたのね。壮絶なミッションですわね」

「はい。そもそもこの下り坂のクリアリングからしてかなり壮絶でして」

 そう言いながらシズは右手を背後に向け、通り過ぎた傾斜を左右に撫でるように手を振る。

「武装した一団が横一列に並んで少しずつ前進するんですよ。坂の下から這い上がって来るクレイゴーレムやらビスクゴブリンの大群を弾丸と魔法で堰き止めながら」

「さながら現代の戦列歩兵と言ったところかしら」

「はい、まさにそんな感じだったそうです。いまでも探せば斜面に当時の空薬莢とか残ってるかもです」


「……え、うそ、それ、そんなに見たいの……?」

 不意に、シズの隣で座っていたオリザが表情を引きつらせながら呟く。


「どうしました?」

 尋ねるシズ。

「視聴者のみんながね、穴の底の方覗き込んで欲しいんだって……。正直ちょっと怖いんだけど」

 怖いと言いながらも静かに揺れるエレベーターの上でオリザはよろけながらも腰を上げる。隣のシズはオリザに手を貸し、シズの手を借りながら立ち上がる。


 オリザは隣を歩くシズの手に掴まりながらエレベーターの進行方向の縁に歩いてくる。ソヨギはその縁に設置された幅の短い柵にもたれながら降下するエレベーターの底の光景を配信していたので、ソヨギは横に退き、ソヨギのために柵のスペースを空けた。


 ……失敗すれば関東にボス・エネミーを解き放ってしまう危険すらある今回の探索を、パーティー全員で生配信しながら挑むとかいう狂気の企画を立案したのは他ならぬトラヴィス・フィビスである。

 トラヴィスは、自身の技術者としてのルーツである『ダンジョン探索配信者』という生業に非常に強いプライドを持っているらしく、大企業を率いる立場になった今でもしばしばレジャー的にダンジョン探索配信を行っている。

 今回の『攻略』でさえもエンターテイメントとして落とし込むことを是とするのが彼の考え方だ。最終的に生配信をするかどうかは各探索者の判断に委ねられたが、結果、全員が生配信しながらの探索を選択した。


 無論まぁ、視聴者数とか投げ銭とかの実利的な理由もあるのだが、同時に、ダンジョン探索配信者として見せられるものを見せる義務のようなものも感じられていた。


ソヨギが空けた柵に掴まるオリザ。

「うわ、コワ……」

 素のトーンで呟くオリザ。

「……結構進んだと思ったのに、まだまだ先がありそう」

「エレベーターがゆっくりですからね、まだ半分くらいだと思いますよ」

 オリザの呟きに答えるシズ。

 縁の柵はオリザ一人分程度の幅しかないので、手を離したシズは中腰になりながらエレベーターの縁から数歩退いている。ソヨギの方も似たような姿勢で、エレベーターの揺れで転げ落ちないように縁から離れている。


 オリザから少し離れた場所で、アイビーがそんな様子を片手を腰につきモデル立ちしながら面白そうに眺めている。ダンジョン深部に向かう縁に立ちながら、身体が揺れる様子も無くすらりと背筋を伸ばしている。体幹とそして、度胸が普通ではない。


「えー、私はわざわざ覗き込んだりしませんので、エレベーターの進路が見たいというかたは、4人の配信をご覧下さい」


 四人から遠く離れた、エレベーターの中心に立つトラヴィスは、自分の眼前に片手を持ち上げ、地面を指差しながら配信画面の下のURLリンクを指し示している。


「あはは、トラヴィスさん、それズルい~」


 オリザは振り向き、顔を引きつらせながら楽しげに笑った。





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