第22話 さようなら、全ての迷惑系動画配信者。




「ごめんね、不必要な仕事増やしちゃって」


 ルブフの提案のあと、パーティーは遅めの昼食を摂り、へぐ・あざぜるの除霊のための準備を整えた。一時間後、一行は再びダンジョンを封じた廃旅館へと徒歩で移動。その最中、ソヨギはオリザに謝罪された。


「ぶっちゃけほっとけばいいとは思うんだけどねぇ。いまもソヨギくんとかみんなに迷惑かけてるし」

「いや、それは全然問題無いんだけど……。

 その、灯藤さんが除霊をしようとするモチベーションみたいなものが何かって、訊いてもいいのかな……?」

「あー、うん。まぁぶっちゃけあのままじゃ可哀そうかなーって思うってだけの理由。オリジナルはちゃんと生きてるとしても、この世に未練があるお化けが永遠に除霊されないって中々エグいでしょ?」

「あぁ……、まぁ」


「……ソヨギくん、へぐ・あざぜるさんのことまぁまぁ嫌いでしょ?」

「え……!?」


 急に断定的なニュアンスでオリザにそんなことを訊かれ、ソヨギは多少なりとも驚かされた。


「いやまぁ、苦手だなぁとは、思ったよ……」


 動画配信を観ている頃から、あの常に何かをバカにしたり見下している感じは苦手だったが、実際に(霊の方ではあるが)会ってみて、あのイキり散らかしてる感じとか言葉の端々で馬鹿にしている感じとかに直に触れて、本格的に「この人無理だなぁ」と思ってしまった。積極的に一緒に仕事をしたいタイプではない。


「いやまぁわたしもちょっと一緒に居たくないなぁ、ってタイプではあるんだけどさ」

 オリザは申し訳なさそうに笑いながら言う。


「でもこう……、へぐ・あざぜるさんなりに努力して視聴者を楽しませようとしてるっていうのは伝わってくるんだよね、動画から」


 ソヨギは、話しの推移を窺うように神妙に頷く。


「動画配信者が視聴者さんに良い印象を持たれるかどうかって凄く紙一重というか運勝負みたいな部分も多くてさ。コンプライアンスに注意して発言に気を付けていても必ず評価してもらえる訳でも無いし良い印象を持ってくれる訳でも無いでしょ? 自分では色々注意していたとしても、ボタンの掛け違いとかタイミングの悪さとかで、良くない印象を持たれてしまう可能性だって有ったかもしれない」

「うん……」

「へご・あざぜるさんの嫌われ方って、わたしはあんまり他人事だと思えないの。わたしも何か嚙み合わせが違ったら、あんな感じの評価を受けてたかもしれないしっていうのはたまに思う」


「いや……、進んで他人が嫌がることをやるかどうかっていう違いはかなり大きいんじゃないかな?」

「あはは、うん、まぁ、そうだね。でも、受け取り方次第ではわたしの動画を不快に思う人だっている訳だしさ、そこの線引きって意外と絶対的じゃない、じゃない?」

「……まぁ、一昔前には銃火器持ってモンスターを退治する映像が刺激が強過ぎて不快だって言われてた時代があったみたいだし」

「うん」


「もしかしたら、時代によっては、へぐ・あざぜるの動画と灯藤さんの動画の評価が完全に逆転する時代が来るかもしれない」


 そう言うとオリザは、小さく爆笑した。


「あはは、へぐ・あざぜるさんには申し訳無いけど、そんな時代生き抜く自信わたしには無い! へぐ・あざぜるさんには悪いけど!」

「オレも」






 こうして再び廃旅館の入り口にやって来た。


 山野辺ジンジは廃旅館の入り口からかなり離れた地点で車から持ってきたスマートドローンを起動し、空中でホバリングさせカメラを廃旅館の入り口に向けさせる。霊障による機材トラブルが発生しないギリギリの位置からスタンドアローンで撮影させ続けるための撮影ポジションだ。ちなみに、今回はネジ巻き式カメラは持ち込んでいない。ソヨギの槍には(一応)別の役割があるので、カメラを取り外して槍だけ持ち込んでいる。


 4人は廃旅館の入り口まで近付き、ガラスの割れた自動ドアの前、へぐ・あざぜるのリスポーン地点までやって来た。


「ノブレスオブリージュ、果たしていこうと思い」

「ごめんなさい!」


 オリザが素早く謝罪しながら手の平をへぐ・あざぜるの霊に向ける。


「ドラッグ・ボム!」

 そう唱えるとオリザの手の平から小さな爆発音が響き、発生した衝撃波でへぐ・あざぜるが旅館の内部まで吹き飛んで行った。


 ドラッグ・ボム。本来は灯藤オリザが空を飛ぶために使用する魔法らしく、基本的にはロケット推進と同じで飛びたい方向の逆側に爆発を発生させるとかいう非常に乱暴な魔法である。そして、その指向性を調整すれば、周りの物を吹き飛ばすことも出来てしまうようだ。


 へぐ・あざぜるが吹き飛んだあと、先程までへぐ・あざぜるが立っていた場所に狐崎ルブフがチョークで真円を描き、凄まじい勢いで円の中に図形を描き始めた。いわゆる魔法陣だろう。


「よし書けた!」

 なんでこの人はいちいちこんなに瞬発的かつ素早く動けるんだろうとソヨギが疑問を抱く間も無くルブフが宣言した。


「オッケー、灯藤さん、準備して」

 そう言いながら牧村ソヨギは槍を振りかぶり、廃旅館の中で起き上がろうとしているへぐ・あざぜるに向けて、槍を投げた。


 異国の主神の力をほんのちょっと有しているらしい投げ槍は不自然なほどするりとへぐ・あざぜるの胴を貫き、「何が起こったのかわからない」という表情を残しながら、その身体は白い粒子を残しながら消えていった。


「当たったよ!」

 ソヨギが報告するとオリザは、ルブフが描いた魔法陣の縁に松明を向け、唱える。


「ヘスティア・フレイム」


 魔法陣の内側に火柱が立つ。


 火柱は他人の背丈よりもずっと高く燃え上がるが、魔法陣の外には燃え広がらず、不自然な筒状を形成していた。狐崎ルブフの魔法陣の効果である。オリザが構築した聖火の魔力をより効率的に発動させ続けるための魔法陣。陣の内側において、オリザの魔力が尽きぬ限り効率的に高火力を維持し続ける。


「ノブ」

 その魔法陣が描かれた場所は、へぐ・あざぜるの霊のリスポーンポイント。


 へぐ・あざぜるの霊は出現した瞬間に超高火力の聖火に焼き尽くされリアクションする暇も無く燃えて無くなっていった。


「ノブ」


 そしてまた再リスポーン。しかしその場所にはチートスキルによって構築された炎が魔法陣によって固定され続けており再出現しても一瞬でまた消失してしまう。


「ノブ」


「ノブ」


「ノブ」


「ノブ」


「ノブ」


「ノブ」


「ノブ」


「ノブ」


「ノブ」


「ノブ」


「ノブ」


「ノブ」


「ノブ」


「ノブ」


「ノブ」


「ノブ」


 リスキルシステムの完成である。


「グングニル・アサイン」


 随分前のバージョンのへぐ・あざぜるを貫いた投げ槍を回収したのち、ソヨギはオリザの隣に並んで立った。


「ノブ」


「ノブ」


「ノブ」


「ノブ」


 憎たらしいドヤ顔を向けながら燃え去っていくへぐ・あざぜるの姿を見ながら、ソヨギは、何故か子どもの頃を思い出していた。


 子どもの頃、初めて動画配信サイトの動画配信者を見たときのこと。


 子どもが思い付いても絶対やらなそうな馬鹿みたいな実験を目を爛々と輝かせ実行するいい歳をした大人達。


 ダンジョン探索の準備やダンジョンに入る瞬間が楽しくて仕方が無いという表情を一切隠さないカメラ目線の大人達。


 廃旅館に入る直前のへぐ・あざぜるのドヤ顔にはそういう、ガキの頃にソヨギが憧れた悪いオトナ達のエンターテイナー精神(と狂気)が明確に受け継がれており、へぐ・あざぜるの在り様にもまたそんな先人達と地続きで、(方法に難は有れど)他人を楽しませようとする精神が宿っていると理解させられずにはいられなかった。


 ソヨギは、隣のオリザの顔を盗み見る。


 オリザは、真摯な眼差しで燃え続けるへぐ・あざぜるを見詰めながら、ぎゅっと唇を噛んでいた。


 ソヨギの中では、灯藤オリザとへぐ・あざぜるは全く別のカテゴリーのダンジョン探索動画配信者で、オリザがへぐ・あざぜるにシンパシーを抱いている感覚は正直上手く理解出来なかった。ただ、オリザが見ているものがソヨギと同じならば、自分達が憧れ目指してきたもののひとつが、カメラの無い場所でモンスターなり霊なりに殺され続け永遠を過ごす状況は、耐え難いのかもしれない。


 ソヨギは、魔法陣に魔力を注ぎ続けるオリザの肩に手を置いた。なんか、そうしないといけない気がしたからだ。


 オリザは、肩に乗せられたソヨギの手に、空いている方の自分の手を重ねた。






「ノブ」


「ノブ」


「ノブ」


「ノブ」


「ノブ」


「ノブ」


「ノブ」


「ノブ」


「ノブ」


……………………


…………


……






 しばらくしたあと、へぐ・あざぜるは再出現しなくなった。


 オリザは『ヘスティア・フレイム』を解除し、炎の消えたリスポーン地点をしばらく観察した。


 数分待ってもへぐ・あざぜるは再出現せず、ルブフは、へぐ・あざぜるが完全に損切りされたと結論を付けた。


 斯くして、偽善は完了した。


 少なくとも我々は、へぐ・あざぜるの亡霊がカメラの霊障機材トラブルに気付かず心霊スポットを彷徨い続けるなんていう悪夢に悩まされる明日は回避された。








                                      

                                  FIN






※この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、名称は実在するものとは関係ありません。

※この物語に迷惑系動画配信者の虐待を助長する意図はありません。



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