第10話 何も起きないはずはなく




「かんぱ~い」


 ビジネスホテルの一室に、灯藤オリザの快活な声が響く。


 缶ビールを掲げたオリザとソヨギはお互いのそれをこんとぶつけた。




 取り敢えず、仕事は終わった。


 クレイゴーレムの集団を食い止めたあと、我々はダンジョンを脱出し、監視所でダンジョン内の状況を説明し、密猟者の通報を行った。その頃には夕方になりつつあった。


 着替えを済ませ、岐阜駅周辺まで車で移動し打ち上げを兼ねた夕食を居酒屋で食べる。そしてそのまま解散となった。


 義山は自宅へ帰るために岐阜駅周辺のパーキングエリアに止めてあった自家用車に乗り、ジンジも「仕事の続きがある」とそそくさとホテルへと向かった。


 そう、このまま解散の流れだと思っていた矢先、


「飲み直さない? ソヨギくんの泊ってるホテルに行ってもいいかな? ちょっと、話し足りないし……」


などとオリザが提案してきたのだ……!




「う~ん……、もちろん強要しちゃいけないんだけどさぁ、『やったぁ、みんなでお酒が飲めるぞ!』って思って居酒屋に入ったとき実は飲めない人ばっかりでしたぁって状況、かなり悲しくない!?」


「あー、まぁ……、ね」


 開けた缶ビールをスイスイ飲みながらオリザはわざとらしく嘆く。顔は赤くなっていないし口調も淀み無いが、何となく昼間よりもアンニュイな様子になっている気がする。


 服装は無論、いまは私服である。

 オリザの服装は長袖のニットシャツとタイトな黒のジーンズ。ニットシャツは襟ぐりが広く肩が半分出掛かっていてなおかつぴったりと身体のラインを強調するタイプのもので、黒髪ショートで華やいだ顔立ちの灯藤オリザのアクティブさと大人の色香を強調し良く似合っていた。気を抜いて見惚れないように細心の注意が必要だった。


「山野辺さんって、お酒飲めないの?」

「ううん、飲めるよ。でもあの人は飲み会を仕事の一部として取り扱ってる人だし帰ったあとでも内職しちゃうから隙を見せないのよ」

「うわぁ……」


 ――どっちかと言うと、仕事の割り切りぶりに引いたと言うより、飲み会があったあとでも仕事をせねばならないのが定番になっている多忙さにドン引きした。


「完全に飲み会のための飲み会みたいなのをセッティングしないと飲まないんじゃないかなぁ?

 てかさぁ! 義山さんは絶対お酒強いよね! どう思う!?」

「いや、あ~。判断材料が無いから完全に偏見だけど、まぁ、強そうに見える」

「そもそも先に、車で来たのは知ってたから、仕事終わりにお酒が飲めないのは連想出来てたはずなのに、居酒屋入る直前にはそれが完全に抜け落ちてたの!」


 因みに、ソヨギも実はお酒はあまり強くない。飲めないことは無いが、酒屋の時点でまあまあ限界だった。いま手に持っているビールも半分くらいチビチビ飲んだらしれっと残すつもりでいた。

 まぁ、オリザと酔いたい気持ちは大いになったので、付き合わされるのは全く苦ではないのだが……。


 オリザの話は流転する。義山が居酒屋でお酒を飲めないと予測出来なかった話から、大空洞で反射的に密猟者の拳銃を弾き飛ばして暴発させてしまったことを謝られた。脊髄反射的な対処によってあんな事態を引き起こした後悔を地味に引き摺っているらしく、謝られたのは居酒屋での会食に続いて二度目である。

 あの展開を瞬時に予測するのは無理だしオリザが攻撃しなかったら密猟者に撃たれていた可能性もあったからオリザの行動には正当性が有るし不用意だったとは思えない、とかソヨギがまた改めて宥めると、今度はどうしてあんなにオリザの反射神経が鋭いのかという話が展開し、かつてのオリザの訓練やダンジョン探索のエピソードが披露された。

 幸か不幸か、ソヨギもダンジョン探索についてはそれなりに知識は有り、灯藤オリザのダンジョン探索動画は一通りチェックしているので、聞き手として十全なパフォーマンスを発揮してしまっていた。

 

 ……なんだろう、『そういう事』になるムードが一切無い。

 

 ここに至りソヨギは、オリザが本当に『飲み足りない』し『話し足りない』からソヨギが泊るホテルにやって来たのだと確信てしまった。

 一番質が悪いのは、オリザの話が普通にかなり面白いという点だ。

 流石に業界トップクラスのインフルエンサーと言わざるを得ない。

 寛いだ表情で楽し気にお酒片手にお喋りをするオリザの邪魔をするのは無粋なのではないか、と思えてしまった。


 ソヨギが怖気付いている部分も多分にある。


「そう言えば気になってたんだけど……」


 話がダンジョン探索関連からブレる気配が一切無いので、ソヨギも、気になっていた話題に意を決して触れてみることにする。


「なぁに?」

「養老山の攻略でオレのことを山野辺さんに推したのって、灯藤さんだ、って訊いたんだけど?」

「うん、そうだよ?」

「……どうしてオレがダンジョン探索配信してるって知ってたの?」

「見つけたから。配信動画」

「自分で言うのもなんだけど、オレ、かなりの零細配信者だよ?」

「ま~、ダンジョン動画配信者と名が付くヒトは、大体全部チェックしてるし」

「……マジ?」

「まー流石に全部は言い過ぎだけど、最新の奴とかはだいたい再生して、どんなことしてるのかな程度は確認するよ。ああ、ソヨギくんの動画は全部観てるよ」

「……マジか。どうもです……」


「なんかねぇ……、ソヨギくんの動画は観ていて安心するんよ」

「あん……、しん? そんなこと初めて言われた」

「いや単に、わたし達の地元とかちょいちょい画面に映るでしょ? 巌門Deepとか。変な言い方だけど、わたしが居なくなった街も、無くなったりなんかせず、ちゃんとおんなじ時間が流れてるんだなってしみじみしちゃって」

「うん……」

「魔法使いの訓練して、ダンジョン探索配信者になってからは本当に多忙でさ、環境とか状況とか目まぐるしく変わって、自分の仕事なのに、他人に頼らざるを得なくて自分で把握出来ない部分とかどんどん増えてくる訳。山野辺さんとかスタッフさんはその辺のインプットとかコンディション管理とかすごくしっかりしてくれてるのは助かってるんだけど、たまに仕事のために仕事してるみたいな気分になるときがあってさ、何の制御もままならないままどんどん前にだけ進んで訳が分からなくなる、みたいなときがある」


「……大丈夫なのか、それ?」

「いやいやただの売れっ子の陳腐な悩みだし」

「いや、陳腐なのと深刻なのは両立しうるし」


「あはは、まあうん……、たまに疲れちゃうときはあるよ、確かに、気持ちが。でもさ、そういうときソヨギくんの動画がたまに癒しになるときがある。学生時代の知り合いが見知った場所で冒険してる感じが、なんかこう……、わたしは一人でどこか遠くに飛ばされてるワケじゃなくて、色んなヒトが色んな場所でそれぞれ出来ることをやってるんだって気付けて、ちょっとほっこりする。それに、自分のルーツみたいなものを見て取って、ちゃんと地に足を付ける感覚を取り戻させてくれているのかもしれない」


「……オレの動画配信に、そんな効用があるとは思ってもみなかったよ」

「うん、癒し効果抜群。いやうん、もちろん面白いんだけどね」

「いやまぁ、どうあれ楽しんでもらえてるようで何よりだよ」

「あはははは」


 ……とは言ったものの、オリザの悩みや自分の動画に対する感想を、本質的な部分では理解出来ていないかもしれない。

 しかし、その後の努めて朗らかに努めようとする様子が健気で、これ以上その話題に触れない方が良いのではないかという思いにも駆られる。

 本当に話をしたいだけだった可能性もある。


「ねぇ、今日のわたし達の配信、観たくない?」

 急に、弾けるような笑顔でオリザが提案する。


「ここのテレビ、動画配信も観れるでしょ?」

 そう言いながらリモコンを手に取り、ベッドの前に備え付けられたテレビの電源を点ける。そのままオリザはベッドの上に座りリモコンを操作する。


「え? もしかして、ソヨギくん、自分の配信は観返さない派だったりする?」

 屈託の無い笑みで問い掛けてくるオリザ。気だるげにベッドに片手を突き、ショートヘアは少し乱れている。


 いや、躊躇しているのは自分の出ている動画を観ることじゃなくていまこの瞬間のシチュエーションに対してなんだけど……。


「…………観るには観るよ」

 動画を二人で観るのが楽しみで堪らない様子が見て取れてしまったので、余計なことは考えずにオリザの隣に座ることにする。


 この言い訳、さっきも使ったな……。


「でもそれは反省点の振り返りが主で、楽しんで観る感じじゃないけどね」

「あーなるほどぉ。わたしも多少それ有るけど、コラボした他の探索者さんの動きとか観るのが好きなんだよねぇ」

「あー、オレ、コラボの経験ほぼ無いから、知らない楽しみ方だなそれ」

「あはは、じゃあ、わたしのことたくさん観ててよ」




 そうして始まる養老山Deep探索生配信の振り返り動画。


 深夜を迎えつつあるホテル

 お酒の入った若い男女が二人、何も起きないはずはなく。


 と、言いたいところだが実際には何も起きなかった。


 神経を擦り減らせる暗く狭いダンジョン探索と長距離の歩行と走行、更に少なくない量の酒が加わり、疲労困憊した二人は動画開始の10分も経たずにうたた寝を始めてしまった。


 寝息が響くホテルの一室、テレビでは上空の老人に向かって手を振る灯藤オリザとその先に映る輝く青空が写し出されていた。





                                    FIN










※この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、名称は実在するものとは関係ありません。

※この物語に老人の虐待を助長する意図はありません。

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