第5話 神槍の神髄




 灯藤オリザの蛍光魔法が照らす範囲の外側は光源の無い暗闇が続くだけの『養老山Deep』であるが、その宙を浮く光源に照らされていない遥か先に、別の光が瞬くのがハッキリ見えた。


「目的地だ」


 探索者全員の胸中に浮かんだ言葉の答え合わせをするように案内役の義山が口にする。

 暗い回廊を進んだ先にある光の出口。探索者達の足取りは自然と軽くなる。


 そして出口に近付くに連れ、外から溢れる光にオリザの作り出した光の玉は目立たなくなり、オリザが松明をかざすと、光の玉は出口からの光に溶けるように消え去っていった。術式を解除したらしい。最早、蛍光魔法が必要無い程度には周囲は明るかった。


 暗い洞窟の出口に到着し、一気に視界が拓ける。


「足元に気を付けてくれ。足場は出口の周りにしかない」


 ダンジョン探索前の打ち合わせでも話していた注意事項を改めて口にする義山。

 しかし、他の三人からは返事が無かった。拓けた風景に声を失っていた。


 細い回廊の先は非常に深い筒状の空洞に繋がっていた。


 出口の周囲のみ畳六畳分程度の足場になっている以外は奈落に続いている空洞で、土が剝き出しになった外壁の凹凸が蛍光魔法の光に照らされ、武骨な在り様を探索者達の眼前に晒した。

 直径30メートルほどの円柱状の空間、ビルの吹き抜けのエントランスのような印象を受ける構造だ。


 暗いダンジョンの奥にも拘わらず妙に明るい。それは天井部に空いた穴から差し込んでくる光のお陰だ。小さな穴の先には細長い絶壁が続き陽の光が漏れ出ている。

 微かな光源だが、ずっとダンジョンの暗闇の中にいたソヨギ達には遠目が利くようになり、非常に明るく感じられる。


 恐らくあの穴は外に繋がっている。

 地下迷宮無秩序形成現象によって生成されたダンジョンの外壁は、ダンジョンの形状を維持しようとする思惟によりダンジョンの形状を維持しようとする抗力が働く。柔らかい土の地層に形成されたダンジョンが落盤で埋まらないのはそれが理由である。

 あの陽の光が漏れる縦穴は、元々陥没してできていた縦穴が地下迷宮無秩序形成現象によってダンジョンと繋がってしまったのが原因だろう。


「……下見て」

 足場の縁まで恐る恐る近付き、縁から奈落を見下ろしたオリザは即座にソヨギとジンジに促す。


「うわぁ……」

 促され覗き込んだソヨギは、想像していなかった光景に圧倒された。


 奈落の底はずっとずっと奥まで続いておりで、縦に長い円柱を上から覗いているような状態だ。

 天井部からの光も奈落の底まで見通すほど強い光ではないが、壁面部に青白く発光する茸が至る所に大量に生えており、それぞれの淡い光が街灯のように奈落の中を照らし、何十メートルもありそうな谷底の全容を幻想的に浮き彫りにしていた。


「すごい……」

 思わず呟くソヨギ。

「すごいけど、ヤバいなこれ、そこら中にクレイゴーレムが居るよ」

 ジンジにそう言われ、ソヨギは改めて発光茸の周辺を中心に目を凝らす。


 確かに、居る。

 

 円柱状の吹き抜けの壁際には歩けるくらいの細い道が彫り上げられており、いまソヨギ達が居る足場から螺旋を描くように奈落の深くまで降りられるようになっている。

 その螺旋回廊を逆に登って来る人型の陰が確かに、居る。

 無数の茸に照らされた無数のクレイゴーレムが非常によたよたとした足取りだが確実にダンジョン奥底からこちらに向かって歩いてくる。


「生臭い……」

 奈落から湧き上がってくる、湿り気を帯びた生臭いむせ返るような匂いは恐らく茸の匂いだろうか? 奈落から首を引っ込めれば、取り敢えず匂いは幾らかマシになった。


「このダンジョンのモンスター生成ポイントこの大穴の下にある」

 義山はバックパックを降ろし、ダンジョン構造の補足説明を始める。


「大部分は下層に留まったままだけど、何割かは壁際の回廊を登って上層の細い通路で獲物を探す」

「この大穴の底がこのダンジョンの最深部、ってわけじゃないんですよね?」

 オリザもバックパックを降ろしながら質問をする。ジンジとソヨギも同様に、背の荷を下ろした。


「わからないな。ここから下に降りた探索者はまだ誰も居ない。単純に足場の割にモンスターが多過ぎるのも問題だが、茸の『粘液』が揮発すると濃度によっては人体には毒になる。茸の毒が大穴の底の方に堆積して呼吸できるような環境じゃない。余程条件克服に適した能力者を集めないと攻略は無理なんじゃないか?」

「パーティー周囲の空気を無毒化するか酸素ボンベを背負うかしながら、無数に這い上がって来るクレイゴーレムやクレイビートルを漏れ無く対処出来るパーティー、う~~ん……」

「一番楽なのはここから下層に向けてバズーカなり攻撃魔法なりでモンスターを全滅させてからの攻略だよ」

「いやははは、そんな、『金庫にミサイル打ち込めば鍵は要らない』みたいな理屈、ダメですよ」

「まぁ、発光茸に希少価値がある時点でこの攻略法は無理だな」


 そんなやり取りをしながら、探索者達はバックパックから複数個のポリ容器を取り出す。


 口が広く、底も広い長方形の半透明のポリ容器。それぞれのバックパックに横倒しにされ2~3個入れられていたそれを次々と地面に並べていく。


 ただソヨギだけはポリ容器とは別に、金属製の器を取り出した。縁の部分に金具があり、直径はポリ容器の口より一回り小さい。


 それから次にソヨギはバックパックの横の槍のケースを開き、中から槍を引っ張り出す。

 取り出されたのは先端が尖った細長い槍。アルミニウム製で黄色い塗装が施されている。見た目は陸上競技用の槍に似ているがソヨギの槍は150センチほどで、競技用のモノと比べるとかなり短い。


 前以て取り出していた金属製の器の金具部分を槍の先端に差し込むと、金具から『カチッ』と何かが噛み合うような音がし、金具の側面に着いたネジをしっかりと締める。そして金属製の器と投げ槍をお互いに引っ張って器が槍から外れないかを確かめた。異様に柄の長い、柄杓が完成した。


「一番狙いやすいのは……、やっぱりアレ?」

「そうだね」

 ソヨギの準備が出来たのを見計らってオリザが、4人が居る足場の丁度真向いの壁面を指し示しながら尋ねてきた。


 指差した先には、奈落の底で発光する発光茸が数十本群生していた。半透明の繊維質の構造が青白く発光するしているが、天井からの陽の光のせいで、奈落のそれらより若干目立ちにくい。サイズは、地上で見る茸よりもずっと大きい、ひとつひとつが(色合いは全く違うが)ラフレシアを思わせる異様な存在感がある。巨大な茸って、じっくり見るとかなり不気味だな、とソヨギは軽く気持ち悪くなる。


「30メートルくらい距離がある?」

「そんなもんだね」

「届きそう? 助走とか無しで」

「まー、多分ムリ。だから、アトラトルを用意した」


 そう言うとソヨギは槍を入れたソフトケースの奥から、もうひとつ木製の短い棒を取り出した。

 先に突起がある孫の手のような形で、突起部分の内側に何かを掬い取るような小さな窪みがある。


 アトラトル。いわゆる投槍器で、狩猟において投げ槍がメインウエポンだった時代に使用されていた道具である。槍を投げる際の補助器具で、手で投げるよりもより遠い距離に槍を飛ばすことが出来る。

 槍投げの素人がアトラトルを使って陸上競技の世界記録を超えた距離を投げた記録もある。ソヨギも実際にそれに近い距離を投げるのに成功している。


「えと……、早速始めても?」


 木製の器具:アトラトルにヘッドディスプレイの視線を向け、撮影をしていたジンジに一応確認を取る。視線をソヨギの顔に向けたジンジは片手を上げ静止し、槍投げの撮影に適したアングルを足元に注意しながら探した。

 そしてジンジが定めた場所はソヨギの後方、ソヨギの姿と、目標の発光茸の群生を一度に収められる場所である。


 アトラトルに付けたストラップを右手首に通し、ソヨギは柄杓に改造した槍の器(『合』と呼ぶらしい)の付いていない方の先端にアトラトルの突起部分の窪みに嵌め、そのまま槍とアトラトルを束ねるように軽く握る。


 正面30メートルほど先の群生する発光茸を見据え、周囲の探索者達との位置関係を確認し安全を確かめる。


 槍が放物線を描くイメージを視界に浮かべる。


 足を前後に開き背を反り、槍を仰ぐように構えた右腕を肩ごと右胸ごと後ろに引き、左手を照準器のように『的』に向かって突き出す。


 ――前に踏み込んだ左足に力を込めながら、槍を投げる。


 ソヨギの感覚的には『投げる』と言うより『押し出す』に近い。槍とアトラトルの両方を握っていた指をスイングの瞬間槍の方だけ解放し、アトラトルの突起の窪みに投げ槍の先端を嵌め込んだまま槍全体を押し出すイメージで、投げる。


 柄杓に改造された槍はダンジョンの奈落を見下ろしながらふわりと宙を舞い、静かな放物線を描きながら密集した茸の中に突き入れられた。


 ソヨギ以外の他三人はおおっ!、と小さく感嘆を漏らした。


「グングニル・アサイン」


 槍が目標に当たったのを確認したソヨギは、右手を前に突き出しながらなにやら呪文のようなものを唱えた。


 すると遠く離れた柄杓付きの槍は、何かに引っ張られるように茸の群生から引き抜かれ、ピアノ線で吊られているように中空をふわふわと舞い、ソヨギの手元にぴたりと舞い戻ってきた。


 チートスキルにより所持者の元に帰ってきた槍、それに取り付けられた柄杓をソヨギは三人の眼前に差し出す。


 柄杓の中には茸同様仄かに発光する粘液が付着していた。しかしその光は茸そのものよりは弱々しく、少しずつ光が消えていこうとしているようだった。


「お~」

 槍が密集した茸に刺さったときよりも大袈裟に歓声を上げるオリザ。


「成功のようだな」

 義山も満足気に頷く。


 ……この青白く発光する茸は無秩序形成されたダンジョン固有の生態で、世界中のダンジョンでも生えている場所は数少ない。その生育にダンジョン内の魔力か何らかの因子が関係しているらしく、ダンジョン以外の場所では成長しない。この茸を持ち帰りダンジョンの外で育成する計画の成功例は今の所無いらしい。発光茸そのものもだが、その笠から分泌される粘液も非常に貴重なもので、地下迷宮無秩序形成現象が発生する以前には存在していなかった未知の化合物であり、既存の化合物に無い特異な性質がいくつか発見されており、化学分野での研究利用が期待されている希少資源なのだ。


 要するに、結構な額で取引される。


 ソヨギは、柄杓の合を水平に注意深く移動させ口を開いて並べたポリ容器のウチのひとつに粘液を流し込んだ。流し込めた量はポリ容器の5分の1程度。


「どんどん行きます」


 柄杓の粘液を流し込み終えるとソヨギはまた槍をアトラトルにセットし、また虚空に向かって槍を振りかぶる。



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