第12話 披露宴をなんとかして欲しい
どうやらヴィクトリア嬢は私の渾身の力作である、ゼ◯シィ情報満載の披露宴会場を見た瞬間、
「私の披露宴会場もこうして欲しい〜!」
と、頭の中が爆発するような感動を覚えたらしい。
何しろ『可愛いが正義』を実現するために風船の開発からやってしまっているのだよ。この世界に風船はない!だからこそ、バルーンアートもないのだ!
前世、三十二歳をひょいと軽く越えたあたりから結婚願望が煮えたぎるマグマのように熱くなった私は、毎月、無意味に結婚情報誌ゼ◯シィを定期購読するほどのアホだったのだ。憧れが強すぎて、自分の結婚式にはこうしたい、ああしたいという欲望だけが積み上がり、結果、結婚相手も見つからぬままタクシーに轢かれて死んでしまったのよ。
哀れ!私ったら哀れ過ぎるわ!
「披露宴会場では愛するお兄様のために自分がこの会場を用意したと言う風にヘレナ様が仰るから、是非とも同じような会場を私の披露宴にも用意して欲しいとお願い致しまして、正式な契約書にサインも致しましたのよ」
元々は男爵家の屋敷だったので、広くはないけれど瀟洒な作りのサロンに案内をされたヴィクトリア様はそう言いながら用意された紅茶に口をつけると、
「まあ!まあ!オレンジの味がするわ!とっても美味しい!」
と、驚きの声を上げたのだった。
イザベルデ妃はヴァールベリ王国に紅茶の文化というものを輸入した訳だけれど、ブレンドティーとか、フルーツティーとか?そういったものはまだ発信されていないんです。
「イレネウ島で作られる『ミディアムグロウンティー』は香りも芳醇で、こういったフルーツとブレンドするのに丁度良いのです。もし良かったら、サヴァランも食べてみて下さい。ヴィクトリア様のお好みに合うと良いのですが」
ストーン商会がもたらした情報によると、ヴィクトリア様はオレンジが大好きなので、結婚相手となるハラルド・ファーゲルラン氏はヴィクトリア様のためにオレンジの果樹園まで用意しているのだとか。愛が凄いったらないです!
「まあ!このブリオッシュ(焼き菓子)はババにとてもよく似ているようにも思えるのですけれど」
「ポルトゥーナ王国からもたらされたババはレーズンシロップに浸すのですが、サヴァランは紅茶やフルーツのシロップに浸して、このようにフルーツやクリームで飾り付けをして食べても良いのです」
用意したサヴァランは紅茶のシロップに浸したものとなるけれど、生クリームとオレンジの果肉で飾り付けているため、色鮮やかで美しいものとなっている。
「まあ!まあ!まあ!」
ヴィクトリア嬢はサヴァランを口に運ぶなり、頬を緩めながら歓喜に瞳を細めて、
「さすが愛のお菓子ですわね!素晴らしいですわ!」
と、言い出した。うん?何故ゆえ愛のお菓子?甘いからかな?
「美味しい〜!」
興奮にしばらくのたうちまわった後、ヴィクトリア様はわざわざ紅茶とサヴァランをご自分の前から遠ざけながら言い出した。
「ただでさえ時間がないのに、この美味しい紅茶とデザートを食べていては話が進みませんわ!まずは一旦、私の話をグレタ様にお伝えした後に、この美味しいものは堪能させて頂きます!」
「はあ、お話でしたら幾らでも聞きますけれど、紅茶くらいは飲んでも良いのでは?」
「そうですわよね!口濡らしに紅茶を飲んでも良いですわよね!」
ヴィクトリア様は侍女にティーカップを目の前に移動させると、カップとソーサーを手に取ってひとしきり紅茶を楽しんだ後に、
「私、本当の本当に、とんでもないことになりましたの」
と、言い出したのだった。
「元々、ヘレナ様が会場を作ったというのは嘘で、あの素晴らしい会場を用意したのはグレタ様なのだろうとは思ってはいたのです。そのグレタ様が結婚式であまりに酷い扱いを受けたショックで出奔されて行方知れず。何処かのおバカな侯爵様は失踪した自分の妻を探しもしないと噂になっていて、私、ほんとーーに心配しておりましたの!」
すると、隣に座るステラン様が私の手を握りながら言い出した。
「妻とはイレネウ島まで新婚旅行に行っていたのです!」
「その新婚旅行を誰も知らないだなんて、どうかしているとも思うのですけどね」
確かに、侯爵は本当に酷い奴だったので、もっと厳しいことを言ってくれても良いんだぞー!と、私は心の中でヴィクトリア嬢を応援した。
「そんな訳で、ヘレナ様が会場設営なんか出来るわけがないのですから、どういった対応を取られるのかしらと、私、楽しみにして待っておりましたのよ!」
おほほほほと笑いながら扇子で口元を隠したヴィクトリア様は、新緑の瞳を細めながら言い出した。
「そうしたら、私のお父様が王妃様に直々に呼び出されて、ナルビク侯国の要人を招いての祝いの場なのだから、伝統に則った形にしないでなんとする!と、お怒りの言葉を受けることになりましたの」
そこは公爵家に対してお望みの会場はどうやってもご用意出来ませんでしたと誠心誠意謝るべきところだろうに、王妃様を引っ張り出してくるだなんて荒技も荒技、悪手も悪手と言えるだろう。
「レベッカ夫人は父の後妻として侯爵家に入ったとは言われておりますが、戸籍上はあくまで(仮)の状態でしたので、この度、レベッカ夫人とヘレナ嬢は完全に侯爵家の戸籍から外して本邸からも出しているような状態です」
「そうは言っても、あの親子を別邸に住まわせ続けているようじゃない?」
え?放逐せずに別邸に住まわせているの?
「それは私にも事情があるのです」
出たー!出ましたー!真実愛する女性は別腹枠でいつまでも取っておきたいタイプー!侯爵様はやっぱりクソだった!
「後ほど、ヴィキャンデル公爵にも御納得のいく説明をさせて頂きます」
侯爵様は畏って言い出したけれど、愛した女は手放せない。そんな理由を公爵様はご納得されるのだろうか?しないと思うけど?
「とにかく、私とハラルドの結婚にチャチャを入れてくるだけでも業腹だというのに、結婚式そのものにまで口を出し、尚且つお叱りを受けるなど、我が公爵家はそこまで王家に侮られていたものかと腹立たしく思っておりますの」
何しろヴィキャンデル公爵家は今の王が王位を継ぐ時に尽力した家でもあり、ヴィキャンデル公爵家の後ろ盾があったからこそ、第二王子が第一王子を退けるような形で王位を継承出来たのだ。
「神の御前での誓いの儀式はナルビク侯国の大聖堂で行う予定でいるのですけど、その前に、ヴァールベリでは先祖の墓前を前に誓いの儀式を行う予定でおりましたの。その誓いの儀式は王妃様がいう通り、伝統に則ったものといたしましょう。ですがね、披露宴会場はヴァルストロム方式でやりたいと思っておりますの」
「それはその・・バルーンでアートな感じの可愛いが正義な披露宴会場ということでしょうか?」
「そうよ!後、二週間しか無いけどギリギリ出来ますわよね?」
ヴィクトリア様は持っていたティーカップとソーサーをテーブルの上に戻すと、背筋をピンと伸ばして言い出した。
「我が公爵家はヴァルストロム式披露宴会場を取り入れることで、オスカル第一王子の支持を表明いたします」
えーっと、えーっと、今代の王の継承に関わった高位貴族は次代の継承争いには一切関わらないというのが不文律の掟みたいなことになっていた思うんですけど、その掟を投げ捨ててオスカル殿下の支持を表明されるってことですか?
「だからね、グレタ様、貴女は本当にギリギリのタイミングで帰って来たのよ」
ヴィクトリア様はそう言って、美しい微笑みをその口元に浮かべたのだった。
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G Wに突入し、物価高と光熱費上昇によって、外には出ずに家でのんびりしようか〜という方も楽しめるように、毎日二話更新で進めていきます。またジャンルは違うのですが『緑禍』というサスペンスものも掲載しておりまして、ただいま佳境に差し掛かっております。そちらも楽しんで頂ければ幸いです!!
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