第10話宗教に隠された謎

「最初お気持ち程度でいいからできたらこの宗教に修行料しゅぎょうりょうを納めてくれって言われて」


「最初は何も言わずに俺が自分で働いて稼いだお金の1000円ぐらいをその宗教に納めてたんだ」


「だけどそれを繰り返していくうちに俺を助けてくれた男が一言こう言ってきたんだ」


「最近この宗教は赤字で苦しくてもしできたらでいいのでいつもより多く収めていただけませんか?」


「ってな」


「それから俺はできることなら助けになりたいと思ってその宗教にお金を納める回数を増やしたり金額を増やしたり色々したよ」


「そしたらまた俺に言ってきたんだこの前よりさらに赤字になってしまってもしできたらって」


「それから1回で支払う金額も回数も増えて気がついたら宗教に入る前に借金してた金額よりも2倍ぐらいに膨れ上がっちゃって」


「だけど今更その宗教を抜け出せるような状況じゃなかった」


「今から思えば赤字になっているっていう割には中がとても綺麗だったし特に人が足りてない感じもなかった」


「全てが終わった後にこんなことに気づいたってもう取り返しがつかないのにな」


自分を卑下するような口調で言いながら苦笑する。


「やめられる状況じゃなかったっていうのは俺がただ弱いだけか」


「助けてくれたあの人にとって俺はきっとカモにしか見えてなかったんだろうな」


「借金を全額払ってくれるなんていう甘い言葉に見事に騙され結果前よりも借金が膨れ上がってるなんて」


「もうどうしようもない俺の人生ははは…」


乾いた笑いを漏らす。


「結局俺があの宗教のトップになれたのも一番お金を納めてたからっていうのが理由だったし」


「俺には何のスキルも人望もないただの名ばかりのトップだった」


「それであなたはどうしていきなり宗教をやめたんですか?」


今までの話をずっと黙って聞いていた俺が尋ねる。


「それは借金のしすぎでお金がなくなったからですよ」


「俺を騙してきた男の人だって宗教にお金を納めてもらう目的だったはずですし 、お金がなくなった俺になんてあの人は何の興味もなかったはずです」


「そうじゃないですよね」


俺のその言葉を聞き男は驚きの表情を浮かべる。


「お金がなくなったから宗教をやめたと言うなら失礼ながらあなたは最初からお金なんて持ってなかったはずです」


「借金を返してもらったからっていきなりお金が手に入るわけでもないでしょうし」


「だからさっき言ったじゃないですか働いてお金の一部をその宗教に収めてたって」


「ええ、最初は確かにそうだったのかもしれません」


「ですが途中から相手が納めて欲しい金額がだんだんと膨れ上がっていたんだとしたら」


「だから前の借金より2倍膨れ上がったって言ったじゃないですか!」


「重ね重ね失礼を申し上げますがあなたの持っているお金ではカバーできなかったんじゃないですか」


「もしあなたに本当に経済的な余裕があるのであればそのスーツやネクタイも買い換えているはずでしょうし」


「結局何が言いたいんですか?」


「大方闇の金融会社か何かにお金を借りて一時的にお金をつくり宗教にお金を納めても闇金の方の借金はどんどん膨れ上がっていく」


「そうですよ借金で首が回らなくなってその宗教をやめたよくある話じゃないですか!」


今までより少し大きな声でそう言ってそれが真実なんだと訴えかけてくる。


本当の事実を覆い隠すように。


「本当にそうでしょうか?」


俺の言葉を引き継ぐ形で今まで黙って横に座っていた無月がこう言った。


「一度何かに依存してしまった人間はなかなかそこから抜け出すことはできない」


「特にあなたのような助けてもらった相手に勧められて入った場合は相手に申し訳ないと思ってなかなか抜け出せない」


「ずるずるとそこに居続ける間に自分のこの行動には意味があるんだと何もしなくても脳に刷り込まれていく」


「最初に例え若干の違和感を抱いてたとしても自分を正当化するためにいつのまにか目をつぶっている」


やはり自分がその宗教にはまったわけではないが【傍観者ぼうかんしゃ】として両親2人が宗教にはまっているのを目の前で見ていたからなのか無月のその言葉には妙な説得力がある。


男はその言葉に心当たりがあったのか自分の思っていることを見事に言い当てられたような驚きの表情を浮かべている。


実際そうなのだろうだから驚きの表情を浮かべている。


話が落ち着いたところで再び俺が言葉を続る。


「だけどあなたの場合は途中でその宗教から抜け出すことができた」


「人間の洗脳を解く方法は大きく分けて2つ」


「自分ではない他の誰かに洗脳されてかかった暗示を解いた上で本人を説得する必要がある」


「ですが当時借金で首が回っていなかったあなたは他の誰かと交流する余裕はおそらくなかったはず」


「借金をしてまでその宗教に居続けたあなたはむしろどんどんどんどん洗脳が強まっていく一方だったでしょう」


「人の洗脳を解くもう一つの方法は最初に受けた精神的ショックよりもその倍のショックを与えることです」


「あなたの場合はかなり強い洗脳がかけられていたと思うのでちょっとやそっとのショックじゃ抜け出そうとは思わなかったでしょう」


「命が危険にさらされるような経験がない限り」


「そんなのあなたの勝手な憶測にすぎない!」


「それじゃあ私がその宗教で命が危ないと思うような経験をしたみたいじゃないですか!」


「ええ、言う通りこれは俺の単なる憶測でしかありません」


何やら焦っている男の口調とは対照的に冷静な口調で言葉を返す。


「ですがあなたの今の反応を見て確信に変わりました」


「俺の今の反応を見て何が確信に変わったって言うんですか!」


「死に近い経験をしたんじゃないですか?」 


「もしくはそれに近い恐怖を感じた」


「あほらしい!さっきも言いましたけど結果的に騙されるような形になったとはいえただの宗教ですよ」


「そんな場所で命が危険にさらされるようなことあるわけないじゃないですか!」


「その宗教にいた時そんなこと一切ありませんでしたし」


「あなたが実際に被害にあっていなかったとしても誰かが被害にあっているところを実際に見ていたんだとしたら…」


「それだけで恐怖を抱く理由としては十分です」


「俺はあの時のことなんて何も知らない何も覚えてない!」


俺がそう言ったと同時に男が頭を抱えわなわなと唇を震わせながらブツブツとそんなことを言う。


今までと変わらない口調で少しカマをかけて様子を見るつもりだったがどうやら本当にそういうことをしていたらしい。


もし本当にこの男があの宗教の中で死に近い経験をしたんだとしたらどんなことが考えられる?


単純にその宗教の誰かに暴力を振るわれた?


確かにかなりの精神的なショックは与えられるかもしれないがなんとなくこの男が辞める理由にしては何かが足りないような気がする。


今目の前で怯えているこの男の反応から考えてももっとすごい何かをされていてもおかしくはない。


でもそうだとしたらもっとすごい何かって何なんだ。


考えていると男は震えながらこんな言葉を口にする。


「運ばれてた!」


「運ばれてた?」


俺が疑問の言葉を返す。


「1人の男が担架で3人に宗教の中にあるどこかに運ばれていくのを見た!」


「そいつはまるで…死んでる…みたいだった」


途切れ途切れ言うとさっきよりも強く頭を抱え震えている。


これ以上会話を続けるのは難しそうだな。


無月が肩を軽く叩く。


俺は横に顔を向ける。


(もうこれ以上話すのは無理なんじゃない?)


(そうですね)


アイコンタクトで会話した後俺はテーブルの上にその男にかけた迷惑料として1000円を置いてその店を出る。

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