第9話

 昨日、伯母は亡くなった。

 本当ならば、今日原稿をプレゼントするつもりだったのに。こんな人生クソくらえだ。

 おれはもう佐山と会えない。佐山と会う顔がつくれない。伯母が死に、おれはもう孤独だ。

 回想すらも不可能だ。思い出をすべて忘れてしまった。思い出に登場する人物の顔が浮かばない。景色も浮かばない。感情も浮かばない。

 それなのに、おれはまた喫茶店に入る。機械的な行動だ。おれには何の感覚もそなわっていない。もはや自分の行動すべてが嘘らしく感じる。おれは一体何を信じればいい?

 ああもう!

「ねえ、自分を知る気はないの?」

 三井にそう訊かれた。

 ダメだ。時間の感覚すれもなくなってやがる。

「あれ、佐山は?」

「いないよ。佐山さんは」

(今日の三井はおれみたいだ)ふと思う。

「なぜ?」

「もういないの。佐山って人は」

「どういうこと?」

「伯母さんが亡くなられてから、ううん、三人が毎月会う頃すでに、自殺を考えてた」

「おまえがか?」おれは驚いた。

「いいえ、あなたが考えていた。でも、日常を終わらすことはしなかった。それはあなたが、この世界に意味をつくったからじゃないの?」


   *


 おれは誰だろう?


   *


 おれは何にでもなれる。

 なぜなら、おれは自分を知らないからだ。


   *


 この世界で生きてやる。

 自殺してたまるものか。

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