第10話 負けた理由を教えてあげよう。

「そこまで、勝者、アル・サバス!」


 わぁ! と上がる歓声に、自分達の勝利を喜び、褒め称える若き兵士達。

 一つの勝利経験は、想像以上に人を育て上げるものだ。

 きっと彼等の今後は、より良いモノになっていくのだろう。 


 そして、敗北を経験した者たちは、それまでの自信を喪失し、打ち砕かれてしまうもの。

 模擬戦なんだ、命を失った訳じゃない……だが、そんな言葉は、彼らにとって何もならない。

 正しい上官というべき姿をきちんと見せる、それが俺達の責務だ。


「ジャスミコフ隊の諸君」


 項垂れたままの彼等に声を掛けると、顔色を悪くした面々が俺の方を見る。

 ピン君の一撃が相当だったのか、片腕の出血が止まらない兵士の姿もあった。


「今回何故負けたのか、理由を知りたくはないか?」


 無言で互いの顔を合わせた後、彼らは首を縦に振った。

 誰だって負けたくない、もし負けてしまったのなら理由が知りたい。

 こう思えるのなら、まだまだ伸びしろがあるというもの。


「……私にも、聞かせて欲しい」

「ジャスミコフ隊長は、ほとんどご理解していると見受けられますが?」

「答え合わせがしたい、ただ、それだけですよ」


 こちらも向上心は失っていない、という訳だな。

 元より文官、戦いの場が設定された段階で不利だったろうに。

 さすがと、この場では褒め称えておこうか。


――


「いやぁ、僕の作った弓と矢があんなにも威力を発揮するとは思わなかったです!」

「それを言うなら俺の魔術だって凄かっただろ? 魔術:音消し、これは誰よりも得意なんだ」

「相手の大将を殺さず貫いた私の弓裁きも、褒めて頂きたいものだね」

「俺が仕掛けた罠に全員引っ掛かったのは最高だったな! 全員見事に転んじゃってよ!」

「バーデ君の低身長ならではだったよねぇ。ああ、気持ち良かったな……あんな風に一撃を入れることが、僕にも出来るんだ」


 観客席に戻るなり、俺の部隊の面々は口々に武勇伝を語り始める。

 リコ君の作った即席の弓と矢は、さすが工作班志望と言わざるを得ない。

 クキ君の魔術:音消しと低身長のバーデ君が協力して罠を張ったのも素晴らしい。

 サルサコウ君の弓使いも流石だ、貴族の嗜み、馬上訓練を小さい時に習っただけの事はある。

 そして、ピン君の怪力無双は、予想通りと言った所か。


「お前たち、あまり助長するなよ? 勝った後の方が大事なんだ。恨みを買われるような素振りをせず、褒め称えられるべき姿を示さないといけない。それが、敗者への最大の敬意になるのだからな」

「「「「「はい!」」」」」 

「ん、元気で宜しい。次の対戦もしっかりと見学して、次に備えようか」


 ダヤン君とスクライド君の対戦……場所がモランド火山か、非常にやり辛そうだな。

 急斜面の岩地というだけでも戦いづらいのに、骨をも溶かす溶岩が周囲を囲んでいる。

 観客席からでは分からないが、現場での熱波も相当なんだろうな。


「お待たせしました、サバス兵長」

「ジャスミコフ……」

「一等書記官」

「ジャスミコフ一等書記官、頬の具合はどうでしょうか?」

「あまり良いとは言えませんね。穴も埋まり傷跡すら残っておりませんが、頬に穴が空いたという経験は一生涯残りそうです」


 俺の隣に座り自身の頬をさすりながら、どこかで聞いた言葉を語る。

 見れば、ジャスミコフ隊の面々も観客席へと戻り、各々俺の側で整列している。

 ピン君にやられたケガも完治した様子、これなら長々と喋っても問題は無さそうだ。


「では早速、答え合わせに入ろうか。まず皆に言っておきたい事なのだが、君たちの兵士としての素質は、リコ君を始めとした俺の部隊よりも遥かに高い。ジャスミコフ一等書記官の事だ、力量を数値化する魔術を用いて兵士を選んでいた……そうでしょう?」


 質問を投げると「当然です」との返事が。

 あまりにも偉そうに言うものだから、思わず苦笑してしまったよ。


「でも、俺達は負けてしまいました」

「結果に辿り着くのはまだ早い。なぜ負けたのか、そこまでの過程が大事なんだ」


 相当に悔しいのだろう。

 兜を脱いだ少年兵の拳は、色が変わる程に握り締められていた。


「君、名前は」

「トッド・カロルソンです」

「カロルソン君、先の戦いでは大きなミスが少なくとも三個あった。なんだか分かるかな?」

「森の中で自分達の居場所を相手に教えてしまった……で、しょうか?」


 しばらく悩むかと思いきや、彼は即座に答えを口にする。


「いや、それに関しては過ちとは言えない。視界の悪い森の中で行軍する事の方が危険度は高い。それに俺達は即席部隊だ、信頼関係もほとんどない状態での降伏勧告は、むしろ上策とも言えよう。幸い、降伏勧告が聞こえた時には、俺達はまだ固まっている状態だった。上官の見てる前で裏切ることの方が、よっぽど勇気のいる事だよ」


 カロルソン君の意見は、いうなれば上司への反逆だ。

 数値化し、明らかに自分達の方が有利だったのにも関わらず敗北している。

 その責任は自分達にはない、こう言っているも同意。

 それを理解してか、深い息を吐きながらジャスミコフは肩を上下させた。


「降伏勧告が早すぎた、それが敗因ですか」

「それは敗因とは別です。一つ目の敗因は、君たち歩兵部隊の監視能力にある」

「俺達ですか」

「ああ、君たちは隊長が降伏勧告をした事で、心にどこか余裕が出来てしまっていたのだろう。魔術:音消しを発動させていたとはいえ、こちらは罠を張っていたんだ。注意深く観察していれば、僅かな草木の異変、音、臭いに気づけたかもしれない」


 いくら背が低いバーデ君が姿を隠していたとしても、草木はそれを伝えてしまう。

 風もないのに揺れ動く草を見て、内心いつ気づかれるかと思っていたぐらいだ。


「二つ目、サルサコウ君の弓矢を喰らい、ジャスミコフ一等書記官の悲鳴が聞こえた瞬間、君たちは全員振り返ってしまっていた。今まさに攻撃が始まっているのにも関わらず、自隊の被害状況を確認してしまったんだ。結果として、若干とはいえ開けた場所であったにも関わらず、背後から俺の攻撃を受ける形となった。君、背中は大丈夫だったかい?」


 俺が背後から短刀を突き刺した若い兵士は、背中を摩りながら大丈夫ですと返事をする。 

 

「誰かがやられてしまったんだ、確かに気になるかもしれない。だが、敵はそんなものを待ってはくれないんだ。君に突き刺した短刀は、臓器を傷つけないように浅く配慮したもの。これが実戦、本当の戦争だった場合、俺は突き刺した短刀を捩じり、切り裂いて他の者を一気に襲う」


 人間の本能とも呼べる部分を利用しての強襲、音がした方に顔が向いてしまう事は、そう簡単には止めることが出来ない。それをしない為の訓練すらあるのだから、役務歴が浅い、ましては戦争終結後の新兵とあっては、土台無理な話だ。


「目に見える力は間違いなく君たちが上だった、だが、よく思い出して欲しい。最後の最後、ジャスミコフ一等書記官は何をしていた? 君たちに襲い掛かるピン君へと、何としても自軍に下るよう声掛けをしていなかったか?」

「……して、ました。きっと俺達じゃピンの奴に勝てない、そう判断したんだと思いました」


 ちっちっちっと、人差し指を振って彼の意見を否定する。


「違う、ジャスミコフ一等書記官は君たちを信頼して、ピン君へと声掛けをしたんだ。時間を掛ければ君たち四人ならば立ち上がれる、そう信じての時間稼ぎだったんだからね」

「なら、なら最初からそう言ってくれれば――」

「そんな言葉でピン君の手が止まると思うかい? ピン君の手を止めるべき言葉は、あの時はあれが最善だったと俺も思うけどね。事実、ピン君はジャスミコフ一等書記官の言葉に反応していた。隊長が唯一作り出した隙を、君たちは気付かずに放置してしまっているんだ」


 全否定は教育上あまり宜しくない。

 だが、今の彼等は敗因が自分達には無いと思い込んでいる。

 全ての責任をジャスミコフ一等書記官へと責任転嫁をし、何の反省もなく終わろうとしているんだ。


 成長する為、時には鞭が必要となる。

 きっと彼等ならそれに気づいてくれるはずだ。


 何故なら彼らは優秀だから。

 数値化され、目に見えた評価の上、彼らはジャスミコフ一等書記官に選出されたのだから。


「君たちばかり責めては可哀想かな。特別に四つ目を教えてあげよう」

「四つ目、ですか?」

「この四つ目に限り、明確にジャスミコフ隊長に責任がある」


 いきなり名を呼ばれ、腕組みをしていた彼がきょとんとした顔をする。


「……私ですか? 戦略的にミスがあったのは認めますが」

「違いますよ。これまで見てきた俺の、どこまでが真実だったでしょうか? という話です」


 こう問うと、白髪の彼は一旦は悩む素振りを見せるも。

 真実に気付いた途端、両のまなこを大きく見開いた。


「――まさか、私は貴方と戦うように仕向けられたというのですか!?」


 さすがは文官、思考能力が高い。

 

「闘技場で弱くなった自分を見せつけ、兵士選抜の際も一切の反論をせず、文官である私でも勝てる可能性を見せつける! そして、私ならば対戦相手の選定も魔術によって出来る、そこまで見越して私との対戦を、私自身が仕向ける様にしたと、貴方は言いたいのですか!?」


 にぃっと口端を持ち上げて、ジャスミコフ一等書記官に近づき強引に肩を組んだ。

 

「さ、次の試合が始まります。共に楽しもうじゃありませんか」

「全く、貴方と言う人は……ッ!」


 ……闘技場でダヤン君に負けたのは事実なんだが。

 言う必要はないかな、このままにしておいた方が楽しそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る