第8話 お前たち、勝ちたくはないか?

 兵士選抜を繰り返すこと四回、最後に残った兵士が自動的に俺に割り当てられる。

 誰にも選ばれなかった兵士の表情は暗く、俺が迎えに行くと既に目が死んでいた。


「君の名前は?」

「ピン……」

「そうか、ではピン君には、後でとっておきの情報を教えてあげよう」


 俺の言葉を、憂鬱な表情なまま頷くピン君の肩を、ぽんぽんと叩く。

 ピン君と共に自身の部隊がいる位置まで戻ると、アルベール団長が壇上に再度上がった。


「では、これにて兵士選抜を終了とさせて頂く。次に、受験者はこの箱の中に入った玉を取り出して頂きたい。一から五までの数字が書かれた玉が二つ入っており、同じ数字を引いた者が対戦相手となる。なお、数字ごとに試験会場も変わる……では、サバス君、前へ」


 また俺が最後になるのか? と思いきや、どうやら今回は俺が一番最初らしい。


「サバス君を一番にしないと、不公平になってしまうからな」


 笑顔で語っているが、兵士選択とコレが同じ扱いな訳がないだろうに。

 完全に運、しかも場合によっては、対戦相手が俺を選ぶ可能性だって往々にしてありえる。

 

 魔術使いの中には透視術を使う奴等だっているんだ。

 俺が最後ならば狙う事は不可能だが、俺が最初なら絶対に狙われる。


「サバス君は……四番だな。サティス大森林が試験会場だ」


 サティス大森林? てっきり修練場かどこかの会場かと思ったが、違うのか。

 他にもモランド火山や、ノルノール地下洞窟など、試験会場は結構まばらだ。

 そして、俺の対戦相手はと言うと。


「ジャスミコフ君……四番、対戦相手はサバス君だ」


 きっちりと、狙われてましたとさ。

 対戦相手がダヤン君でなくて良かった、見れば、彼は五番のボールを手にしている。

 モランド火山においてディアス・スクライドという男との対戦になるみたいだが、果たして。


「では、これからブリングス城下町内に設けられている、闘技場へとご案内しよう。先ほど伝えた地名は、全てこの国に現存する場所ではあるのだが、そこへ向かい試験をするのでは時間がかかりすぎる。試合会場は闘技場内に模擬として生成する。優秀な魔術師によって造られる模擬世界だが、本物との差はほとんど無いと言っておこう。水に触れれば冷たく、火に触れると熱い。その場所にて、貴殿たちは部隊を率いて戦い、勝利を目指す。ルールは一つ、殺してはならない……以上だ」


 戦争模擬という言葉を使用していたからな、こうなる事は想定内ではあったけども。

 闘技場内に模擬世界を造れるのか、それは凄い魔術の進歩だな。

 魔術の才能は俺には無いが、マーニャには才能の片りんが見え隠れしている。

 素晴らしいモノに触れ、娘の才能開花に繋がってくれれば最高なんだがな。


「なんだか嬉しそうですね」

「ダヤン君か。ああ、個人的にね」

「いいですねぇ。俺の相手、一次試験一位通過のスクライドですよ?」


 娘の成長を楽しみにしていた、なんて言ってしまったら、怒られそうだな。


「手ごわそうな相手だな」

「ええ、噂だけは耳にしています。北の大地で巨大魔獣相手に剣一本で戦っているとか、十年戦争で一人だけ生き残ったとか。出来る限りの抵抗はするつもりなんで、今から兵士たちと作戦会議ですよ」

 

 褐色肌のダヤン君が振り返ると、既に彼を待っていた兵士達が出迎える。

 ダヤン君とディアス・スクライドという男を見比べるも、そこまで大差はなさそうだが。

 

「……あの、サバス隊長」

「ん? ああ、そうだな、俺達も会場向かいがてら、作戦を立てないとだな」


 にこやかに微笑むも、兵士達は不安を露わにした顔をしている。

 それもそうだろう、俺が選んだ兵士たちは皆が皆、瞳に光を宿していない。

 

「作戦の前に自己紹介しながら行こうか、リコ君から頼むよ」


 一人目、ザック・リコルオン三等兵、十六歳。平素は歩兵として歩哨や立哨が主な役務。薄い身体に眼鏡、見た目からして歩兵向きではないのだが、聞けば彼は本当は工作班に配属希望だったらしい。幼少の頃からモノ作りが好きで、それを活かした職種に配属されたかったのだが、学歴を理由に却下されたのだと悔し気に語る。


 二人目、モッドイード・バーデ三等兵、十七歳。背が小さく、彼の身長は娘のマーニャくらいしかない。本人もそれを非常に気にしているらしく、負けないように鍛錬だけは人一倍しているのだが、筋肉が付くばかりで身長が伸びることは無かったのだとか。


 三人目、アズボルド・サルサコウ三等兵、十六歳。貴族の生まれだが、十六男の彼はその恩恵にあずかることが出来なかった。いずれ独り立ちするにしても、学もなく魔術の素質もない彼は、父親の勧めで役務に就くことに。ていのいい追い出しだと、本人も気づいている。役務に就けば宿舎が与えられ、衣食住は全て賄われるからだと。


 四人目、モリキサク・クキ三等兵、十七歳。魔術隊志望だったのだが、体力の無さから歩兵隊へと配属されてしまった。役務に就きながらも魔術の勉強を欠かさず、いつの日か魔術隊へと配属転換される事を望んでいる。


 五人目、ピピン・ピン、三等兵、十六歳。歩兵隊の中でも落ちこぼれとして扱われており、実際、訓練の際には皆の動きについて行くことが出来ないのだとか。巨漢であり、痩せるよう上長から毎日言われているのだが、何をしても痩せることが出来ないのだと、彼は嘆く。


「なるほど、皆、言いたくない事もあっただろうが、素直に話してくれてありがとう。結論から言うと、俺の目に狂いは無かったという事だな」

「……? どういう意味ですか?」

「言葉通りの意味さ。それじゃ、まずは他チームの対戦を観に行こうか。最新魔術で作られる模擬世界がどんなものか、この目で見ておきたいからね」



――



 模擬世界の生成、それは闘技場利用における新時代の到来と言ってもいい。

 真四角の闘技場が、魔術師が呪文を唱えるだけで地下洞窟へと変貌する。 

 観客席からでも戦いが分かる様に、上部に設けられた薄いガラスに両陣営が映し出されるのだから、驚きだ。

 

「では、これより特例試験二次、一回戦を開始する!」


 アルベール団長の掛け声で始まった一回戦。

 娯楽の一つとして予定されていたのか、観客席は数多の人で埋まっている。

 フェスカとマーニャの姿もあるはずなのだが、見つける事が出来ない。残念だ。


「サバス隊長、ご質問宜しいでしょうか」

「クキ君か、どうした?」

「此度のような地下洞窟での戦いとは、実際にあり得るのでしょうか?」


 兵士にしては長い黒髪のクキ君からの質問に、顎に手を当て思考を巡らせる。

 地下洞窟での戦い……か。


「……無いことは無い。だが、今回の試験のように、互いが迷路の中を進むようにして戦う、といった事は少ないだろうな」

「そうなのですか?」

「ああ、基本的に地下を攻める場合には坑道戦となる事が多い。そしてその目的は、地下に設けられた敵拠点だ。拠点側は待ち伏せが基本の戦いになるが故に、守備側は待ちに徹し動く事は少ない。攻め手側も仕掛けられた罠を警戒しながら進むのが基本となる。もしくは穴を掘り、坑道外から拠点へと攻める方法なども聞いたことがあるが、今回の試験では役に立たないだろうな。穴を掘るには手間もかかるし時間もかかる、兵士は五人しかいないんだ、出来る事は探索と強襲に備えることぐらいか」


 そこまで話をすると、クキ君は申し訳なさそうな顔をした。


「だとすると、兵士の力量の差がそのまま結果に繋がってしまいそうですね……すいません」


 何を馬鹿なことを、そう言いかけた途端、会場が歓声で沸いた。

 地下洞窟内で鉢合わせになった二部隊が総攻撃を開始し、敵味方入り乱れての混戦となる。

 こうなってしまっては、正にクキ君の言葉通りの結果しか生み出さない。 


「試験終了! 勝者セイン・マグギール隊!」


 兵士の力量の差で掴んだ勝利、果たしてそれが優秀な上官だと言えるのか。

 この意見にたてつく為には、結果を示さないといけないのだろう。


「さて、俺達も本格的に作戦会議をするか」


 不安を露わにした兵たちを寄せ集め、彼らに質問する。


「お前たち、勝ちたくはないか?」

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