第6話 旧友との再会。

 家族宿舎、王都での役務に就く者に貸し出される宿舎は、とても見事な一軒家だった。

 王都の一等地、店も近いし城も近い、何をするにしても全てが徒歩圏内の最高の立地条件。

 実際に住まうとしたら、毎月の家賃は幾らになるのか、税金は幾らなのか、考えるだけでも末恐ろしい。


「あら、食材もきちんと用意されてる。アルちゃん見て、この保冷箱の中、ぎっしりよ?」

「アルちゃんって……おっ、食用の塩漬け肉もあるじゃないか。酒のツマミに良さそうだな」

「見た感じ、お酒の方は一本も無いのね」

「お家のなか探検したけど、お酒はなかったよ! お洋服は一杯あったけどね!」


 家の中を一通り探索したマーニャは、汗を掻きながら満面の笑みを浮かべている。

 こっち! と娘に誘われるままに二階へと上がると、フェスカは「まぁ」と感嘆の声を上げた。

 二階の一部屋が洋服で埋め尽くされている、歩いて入れるクローゼットか……凄いな。

 床から天井まで、お店のように飾られた衣類の数々に、正直圧倒されてしまう程だ。


「自由に着ちゃっていいのかしら?」

「構わないと思うよ、最後に洗濯して元に戻しておけばね」

「ふふっ、どうしよ、何着ようかな……アルちゃん、これなんてどう?」


 何百着とある洋服の中から、フェスカはひょいと手に取って俺に見せる。

 白の口広のシャツに、ピンク色をしたカーデガン、フェスカが羽織ったら似合いそうだ。

 

「可愛いし、似合ってるよ」

「本当? じゃあこれは?」


 ノースリーブ、しかもフェスカの乳房が強調される服装は、個人的に外で着て欲しくない。彼女のふくよかな双丘は、そうでなくとも注目を集めてしまうのに、こんなのを着たら揉んでくれと言っているようなものだ。


「袖がないのは、まだ時期的に寒いんじゃないのか?」

「そう? 重ね着すれば平気だと思うけど」 

「パパ! マーニャは!?」


 ぴょこたんしながらクルリと回る。

 こちらは妖精さんかな? 

 キラキラと輝く宝石が散りばめられたドレスで、どこかの発表会に丁度良さそう。


「綺麗だし可愛いよ」

「えへへー、じゃあ次はどれにしようかなー?」


 ぽいぽいって脱ぎ捨てると、マーニャは次の洋服を探しに洋服の森の中を駆けずり回る。

 この家に来てからずっと走ってるんじゃないのか? 子供の体力って本当凄いな。


「アルちゃん、これなんかどう?」

「……それは、今日の夜に着て欲しいな」


 バニースーツ……なんでこんな服がこの家にあるのか、少々問いただしたい所だ。

 ただ、残念なことにフェスカの大きい乳房には少々物足りないご様子。

 抑えきれなかったバニースーツの胸の部分がペキンと折れ曲がると、彼女の双丘が零れ落ちてしまうのであった。 


――


 宿舎にあった食材でお昼を食べると、朝から元気いっぱいだったマーニャはすぐさま横になり、スヤスヤとお昼寝を始めてしまった。


 子供の体力は無限と思っていたけれど、どうやら限界は存在していたらしい。

 妻と二人になって直ぐに寝室で情事を済ませた後、俺は一人で買い出しへと出かける事に。


 さすがにマーニャ一人残して、妻と二人買い出しという訳にもいかず。

 「えー、私も買い物行きたいよぉ」とフェスカが言っていたが、彼女一人で買い物に行かせるのも、この王都では不安だ。


 道を歩いているだけで何人の男がフェスカを見て振り返った事か。

 彼女は自分の魅力をもう一度見直して欲しいと、心の底から願う。


「……あれ、もう夕方か」


 直ぐに済ませたはずなんだが、表に出ると既に太陽が沈み始めていた。

 どうやら、情事にボチボチの時間を要してしまっていたらしい。

 思い返せば、汗だくになった妻がとても艶やかだったから、そういう事なのだろう。

 

 徒歩数分で到着する屋台通り、さすが王都と言うべきか、とにかく人が多い。

 自分のペースで歩く事なんか不可能な程に混雑していて、男達の汗の臭いが鼻につく。

 屋台通りを抜けた先にある商店で、ようやく酒類を扱っている店を見つける事が出来た。


「いらっしゃい、何かお探し物で?」

「ああ、持ち帰りが出来る酒がないか、見に来たんだが」

「酒ならこの一品がおススメだ。一本飲んだだけでもう一本欲しくなる、不思議な酒さ」

  

 酒は大抵そういう物なのではないだろうか? という突っ込みはせずに、素直に購入。

 大瓶五本は買い過ぎかもだが、試験まで三日はあると書かれていた。

 保冷庫に保存しておけば、何も問題ないだろう。


 ツマミも保冷庫に結構入っていたから、特に買うものはないかな。 

 マーニャが喜びそうな玩具なんかもあるが、あの子には水晶玉がある。

 欲しがったら買ってあげてもいいんだが、無駄遣いをフェスカに怒られるかな。


「サバス隊長……アル・サバス隊長ではございませんか!?」 

 

 皇帝陛下だって突然名前を呼ばれたら驚く。

 マーニャに教えた通り驚いた後、振り返り、俺は懐かしさから笑みを溢した。

 

「……ダヤン君か、久しいな」

「サバス隊長! お久しゅうございます! なぜ王都に!?」


 色黒の細身、端正な顔に傷が残る男、俺の元部下、ダヤン・バチスカーフ。

 戦場では頼りになる男だった彼が、軽鎧を身に着け、俺の両手を握り締めながら首を垂れる。


「俺はもう隊長じゃない、今では君の方が上長なんじゃないのか?」

「いえ、俺の隊長はサバス隊長だけです。俺が今日まで生き残れたのは、隊長のお陰ですから」

「そんな大層な事をした訳じゃないさ……生き残れたのはダヤン君、君自身の力だよ」


 ぽんぽんと肩を叩きながら、男二人再開を喜ぶ。

 魔術兵器によって溶かされていく他部隊を後目に、彼と共に駆け抜けた戦場。

 戦争自体は思い出したくもない悪夢そのものだが、戦友は別だ。

 俺の部隊は戦後即で解散してしまったが、こうしてまた会えるとは……本当、王都に来て良かった。


「とりあえず、一杯奢らせて下さい!」

「ああ、いや、既に酒は購入していてね。それに、宿に妻を残しているんだ」

「おお……戦場で言っていた、結納を交わしていたという彼女さんですか!」

「はは、そんな話をしていたかな。ほら、そこの家族宿舎に、今日から寝泊りする事になっていてね。妻と娘が待っているから、帰らない訳にはいかないんだ」


 指差す方向にある住宅街、そちらの方を見ながら、ダヤン君は「ほほぅ」と頷く。


「ついに王都での役務、という事ですか?」

「いやいや、特例試験を受けに来ただけなんだ」

「特例試験ですか……実は、俺もそれを受けにきたんです」


 まぁ、そうだろうなと、肩をすくめる。

 彼が王都勤務をしているのなら、嫌でも俺の耳に入ってきているはずだ。

 それこそ最初に言った通り、矢の如く俺を迎えに来てくれた事だろう。

 

 そうじゃない彼が王都にいる理由、しかも軽鎧を身にまとってのご登場だ。 

 大方、王都に今日到着し、これから申し込みをしに行くところなのだろう。

 

「しかし、まさか隊長も参加なされているとは。これは、模擬戦で当たらない事を祈るばかりですね」

「その言葉、そっくり返させてもらうよ。既に戦争が終わって六年、あの頃の俺とは別人さ」

「ははっ、戦いの勘というものは、そう簡単には錆びないモノですよ」

「だと良いんだがな……そうだダヤン君、立ち話もなんだから、宿舎で話さないか?」

「本当ですか!? お招きいただき、誠にありがとうございます! 噂の奥様も拝見する事が出来るという事ですよね? ならば手ぶらという訳にはいかない……すまない、俺にも酒を数本包んでくれないか?」


 結構な時間、店前で立ち話をしてしまっていたが、注文が入ると「まいど!」と軽快な声で応えてくれるのだから、きっとこの店は今後も繁盛するのだろうな。


――


「あら、お客様?」

「これは――」

「……どうかしました?」

「あ、ああ、あ、え、あ、いえ、想像以上でしたものでして、はは……」

 

 何がどう想像以上だったのかは敢えて聞かないでおくが。

 俺の妻が世界一だという事は、どうやら納得して貰えた様子だ。

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