第11話 最後の日

イーダは殆どにおいては満足ではあった。


だが………


『私は11567を完全に理解できるか……?』


ふと頭によぎった。


『掌握してみせるさ。完全に……!』


不安を抱くことを彼は心から疎んでいた。


出来ないならすればいい。


胸に抱く不安は些細な事。


そう自分で決めつけた。




「11567。」


ルシュターが11567を呼び止めた。

11567が施設にいる最後の日のことであった。


「明日から諜報員の育成機関に行くんだろ

お前と会うのも今日で最後だな。」


「君は断ったそうだね。」


「俺にはとても務まらないさ。実力が………

無さ過ぎる。」


「そうだろうか……」


11567には感情を削ぎ落として任務に当たる

ことが、どれだけ過酷で大変なことか

理解してもらえないだろう。


そもそもルシュターが諜報機関に誘われたのは、11567を観察する為であり、

彼女をより優位に(思い通りに)導く為であった。


ルシュターはよく考えて熟考した上で断ったような

形をとったが、最初に言われた時にすぐに

自分には無理だと自覚していたので、

決断に迷いは無かった。

(一緒に付いていきたい気持ちがないわけでは

なかったが……)


ルシュターはそれ等のことを11567に話した。

最後になるのだから、知っていることは全部

話しておこうとした。


しかし、ルシュターは断った本当の理由は

言えなかった。


『11567に対して、完全に感情を無くして

観察対象として見れないだろう』


それはルシュターが11567の特殊な性質を

持って生まれた特別なものと思えなかったから


『多分きっと、彼女が感情を持たないと選択した

何かがある……』


と感じていた。


そして、それを暴きたくなかった。


きっと、イーダが一番知りたがっている部分…



ルシュターは「ふうっ」と息をして

それらの考えを振り払った。


「なあ、11567。

最後にさ、やっぱり名前を呼びたいよ。

何かいい名前ないかな?

やっぱり無いと不便だろ?」


「そうだな、ここにいる人間………

そして外の世界にはまだ沢山の人間がいる。

その全てが番号だと、確かに互いの認識には

不便なのかもしれない。」

ここで過ごしている中で11567自身も名前の持つ意味についてはやや認識が変わっていたようだ。

「だが私には………

やはり必要無いだろう。」

それを聞いてルシュターは心底がっかりしたが

『仕方ないか』予想通りでもあった。

「そうか……

残念だな。もう二度と会わないだろう君のことを…せめて一度くらい、名前で呼んでみたかったよ。」


「…………」


11567は興味が無さそうに遠くを見た。


余計なことを言ってしまったかなと、

ルシュターは少し後悔したが、

それでも最後なのだから言いたいことは

言ってしまえと、気にしないことにした。


「俺さ……」


ルシュターは自分の生い立ちを喋った。

自分にとってはこの上ないほど重要な事で

今まで誰にも話してこなかったことだ。


だけど、11567の前ではとても大したことない

些細なことのように思えた。


どんなに恨んで、復讐の為なら何でも

やってやると誓っても、あんなに鮮やかに

眉一つ動かさず人を殺すことなんて

自分にはできやしないだろう。


ルシュターは11567によって

人間としての在り方の自分の限界を

見せつけられたような気がしていた。

そしてそれが清々しくもあった。


そんなに簡単に人を殺せた11567を

怖いと思ったことは一度もなかった。


ルシュターにとって11567は

「いい奴」

であった。

何をしてもらったわけでもないけれど

何故だか彼はそう感じていた。

それを告げると11567はまた、


「ふうん」


と興味無さそうに応えるのだった。






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