第6話 11567と11599

ルシュターが接触するようになってからも

11567にこれといった変化は生まれなかった。


元々他人に対して関心の薄い者が多い施設なので

気味が悪くても個性として関わらないように

する者が多く、ルシュターの他には誰も11567を

気に掛けず、11567もルシュターを気に掛けなかった。


そんな中で11599・ヴェガだけはしつこく11567に

絡むことが多かった。


しかし11567はヴェガに対してもそこに存在しない

かのように、まるで気にしないのであった。


「嫌だなとか思わないのか?」


ルシュターは日に日に嫌がらせを強めるヴェガに

対して何も感じないのか気になって11567に尋ねたが、


「嫌になる……その感情に意味を感じない」


11567はまた何時ものように要領を得ない

答えをするのだった。




だが何度か尋ねているうちに、11567は

意味があるか・ないかを考えることの焦点に

していると分かってきた。


「11567、君にとって意味のあることって

何なんだい?」


何気なく尋ねたことであったが、

珍しく11567は深く考え込む様子を見せた。


「あの男は……イーダと名乗ったあの男は、

ここへ入る時に『人は必ず意味のある事しかしない。それをよく観察し、見極めろ』と言った……

だから私は人の行動の意味を観察しているが

私には人々の行動の意味がいまいちよく分からない………」


11567にしては極めて珍しい、迷いのある発言で

あった。


だがルシュターは、別の所にびっくりした。

イーダとはこの施設の管理責任者であり、

引いては工作活動員や諜報部なども含めた

機密情報員のトップでもある。

それは世間には隠されていたが、施設にいる者達はそれとなくその事を理解していた。


そのような者から直接声を掛けられていたという

ことは、11567はやはりこの施設でも特別な存在の

子どもなのであろう。


「11691、以前君から彼は嫌がらせを楽しんでいる

と教わった。

だから11599の行動にも意味があるのだろう

と思っているが、私にぶつかったり、物を隠してたりの行動が楽しいものなのか私には分からない……」


「陰湿な奴ってのはそれが楽しいのさ」


「あの行動が楽しいのか」


「あと、お前と喧嘩がしたいんだよ」


「喧嘩がしたい?」


「直接の喧嘩なら勝てると思ってんだよ

あいつはお前に勝てるんなら、何だっていいのさ」


「そうか………」


『私は人の感情について何も知らないんだな』


11567は改めてそう思った。

そんな中である日大きな事件が起きるのであった。




その日、ヴェガは別の施設者に喧嘩を仕掛け

懲罰を受けた後であった。


喧嘩の勝敗も着かず、酷い懲罰を受け、すこぶる

機嫌が悪かった。


「次同じようなことをすれば追放だぞ」


とキツく叱られたが、それでも彼の感情は

収まらなかった。



その時11567が目に止まった。



その施設内で誰よりも小さく細く、ひ弱に見える

彼女に対して異様に憎悪が芽生えた。


「あんなチビに何一つ負けてるかよ、

あんな奴一撃でやれる、あいつが成績上位なのも

おかしいんだ。あいつさえいなければ……」


自分で焚き付けた感情が止まらなかった。


「あいつさえいなければ、俺が諜報員の候補だ!」


最初は脅しと腹いせのつもりだった。


ビビって逃げ出すか、成績が落ちればいいと。


だが何度殴り掛かっても、11567は軽く避けてしまう。まるで殴る軌道が分かっているかのように…


蹴りを入れて避けた所を狙ってもダメであった。


捕まえることさえできない。


周りには人だかりができていたが、

ヴェガの気迫が余りに強く、誰も止めることが

できなかった。


息が上がってきたヴェガは益々負けられないと

自分を追い詰めていった。


「11567よ、ずっと逃げてばかりだな、

ビビってんのかよ、お前も攻撃してこいよ」


負け惜しみではなく、自分の方が優勢だと

思っての言葉であったが、


「必要ない」と言葉こそ発しなかったが、

11567の目はそう言っているようであった。


少なくともヴェガにはそう見えてしまった。

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