第3話

そんなわけで今日も今日とてパチンコ三昧。最初は競馬をやろうとしたが負けてしまった酔っ払いに絡まれるわ見知らぬ男から金をせびられるわでその日何も食べていないのに吐き気を催し慌ててトイレに駆け込んだ、それ以来競馬には関わらないと心と胃液で炎症した喉に誓った。


パチンコはいい、良かったことも悪いことも何も考えずに打ち込める。広い店内に人が隣り合わせで存在しているのにほとんどコミュニケ―ションを取らず目の前のモニターに釘付けになっている。


パチンコ玉がぶつかり合う音、甲高い女のアニメ声、レバーをはじく音、スピーカーから鳴り響くシステム音とミュージック、時折響くモニターを殴る音

この喧騒のおかげで頭の中を空っぽにできる。傍から見たら最低な男にしか見えないだろう、だからといって一人引きこもっていると延々と嫌な記憶がフラッシュバックしてきて死にたくなってしまう。


恐怖と不安と希死念慮きしねんりょが脳を巡り巡って気付いたら朝日が差し込んでくる。そんな日々を繰り返してくるともう何も考えたくないのだ、思考回路の暴走と無気力のジレンマとでもいうのだろうか、静かな場所より喧騒にまみれていて尚且つ一人でいられるパチスロ店は居心地が良くて気付いたらギャンブル依存症になっていた。


ジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラ

パチンコ玉がぶつかり合う音耳につんざくシステム音とミュージックパチンコ玉が重なり合う甲高い女の声息が詰まるほどの煙草たばこのけむり男の怒声怒声怒声怒声怒声怒声怒声怒声怒声怒声怒声どせいどせいどせいどせいどせいどせいどせいどせいどせi d о i d о d о d d d d d d dddddddddddddddddddddd


「………………あ」

モニターに映った『777』の数列、大当たり



――某オフィスビル――


「では、これで必要な書類は以上です。」

「はい、よろしくお願いします。」

都内のオフィスビルにある会議室、黒光りしたローテーブルを挟み向かい合わせに配置された革張りのソファが二つ、曇りガラス張りのスタイリッシュな部屋に女性が二人。紺のスーツに茶髪のショートカットで堂々とした凛々しい女性が今朝有沙が話した清水裕子である。

向かいに座り事務員が淹れてくれたコーヒーを優美な手付きで口に運び柔らかな笑みを浮かべている有沙は税金対策も面倒だと一つため息をつく。

「はぁ…毎年節税も大変ですね、嫌になっちゃう」

「その面倒なことを肩代わりするのが私の仕事です。」

「ふふふ、これからもお願いしますね」


裕子は呆れ顔で一瞥し書類をテーブルの隅に置いた、まるで何をしでかすか分からない子供を見るような目でこちらを見て来る、不愉快ではないむしろ彼女のこの憐れみの目を私は好意的に思っている。

このお節介な彼女は危惧している目の前の子供がよからぬ恋路を走っていると。だがそれは本当に余計なお世話だ、今この環境は私が望んだ事だ。なるべくしてつかみ取ったこの生活を今更やめるなんてありえない


「まだ、あの男と関係を続けているの?」

カップを置き裕子の顔を見る、怪訝、憐憫、そして嫌悪が入り混じった愉快な表情が有沙には眩しく見える。そんな真っ当な顔を出せれる人生が羨ましい。

「ええ、いつも可愛いんですが今日は一段とかわいくて」

今朝の脩平の姿を思い出して笑みがこぼれる。犬になれそうだと真顔で告げた愛おしい男、ここまで溺れてくれるのは計算外だ。

もっともっと溺れてほしい…浮かび上がらせるつもりもないけど

「いい加減あの男とは縁を切った方がいいわよ、碌なことにならない、絶対に、予言できるわ。そもそもああいう男は何においても足しか引っ張らないのよ。この私と同い年であの落ちぶれようは」

有沙の目が笑っていない事に怒らせてしまったと感じ取ったのか、裕子は困り顔で謝罪をしてきた。


「悪かったわよ、だけど心配しているのは本当よ。あなたみたいな優秀な子がニートを養っているなんてひやひやするのよ、共倒れになるんじゃないかって」

「顧客に対して入れ込みすぎてるって自覚はあるけど、見てらんないわよほんと」

だから直接オフィスに来させてるんだけどと清水はぼやく、顔を合わせて何かあった時に相談に乗りたいのだろう。そのお人好しさが、優しさが時に人を狂わせてしまう事など想像もつかないのだろう、脩平が裕子を苦手としているのはこの優しさが原因だ。

「ご忠告痛み入ります。ですけどもう手放す気はないので」

「…恐ろしい顧客、そんな爛れた関係いつまでも続かないわよ。」

「お褒め頂き光栄です。」


その眩しさに満面の笑み皮肉で返してあげる。

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