レオ

「ん、、寝ちゃってたのか」


 色々と内容の濃い冒険者生活初日を過ごした翌日、若干丈の足りていないカーテンの隙間から漏れる光で意識が覚醒する。


 たった一日の間にさまざまな驚きや体験があったせいか、布団もかけずそのまま寝落ちしてしまったらしい。


 たしか、ボックスの新チート特性である吸収を発見した後、ベッドの前のスペースに放置していたスキンヘッドAの死体を再度収納して抹消してみたんだよな。


 それであわよくば吸収できたりしないかなと若干期待していたんだけど、流石にそんな上手い話があるわけも無く失敗に終わった。


 やはり吸収するなら、生きている状態で収納してその上で抹消しなければならないらしい。


 いや、十分チートだけどね。


 そもそも死体の処理が簡単に出来ちゃうから完全犯罪し放題だぜってそれでまた興奮していたんだよな昨日の夜。


 寝ぼけ半分の中、そうして昨日の出来事を反芻しているとドタドタと慌ただしい足音が部屋の扉越しに聞こえてきた。


 次第にその足音が近づいてきて部屋の前で急ブレーキをするように止まると、俺の部屋を軽く2回ノックする。


 コンコンっ


「入ってまーす。」


「あ、よかった!!起きてた!!」


 そのノックにトイレの個室かのように、寝起き特有のかさかさの声で返事をすると、朝から元気な声が返ってきた。


「にーちゃんおはよう!母ちゃんがご飯作り終わってるからいつでも来ていいって!」


 俺が返事をしたことで入っていいと思ったのか、経年劣化で脆い扉を勢いよく開けて一人の子供が無遠慮に入ってくる。


「おいおい、勝手に入るなって。一応俺客な?」


「へへっ、ごめん。でも、早くしないとご飯冷めちゃうかなって!」


 俺の注意にも不快感を微塵も表に出さず、人懐っこい笑みを浮かべて素直に謝る子供。


「まぁ、別に俺にはいいけどさ。でも、ちゃんと人は選べよ?やばい奴だって少なくないんだからさ。」


 この世界には、110番してすぐに駆けつけてくれる警察なんていないんだ、些細なことでブチギレる頭のおかしいやつだっているだろう。


 そんな奴にこんなことをしたら一巻の終わり、子供だろうと容赦なく殺される。


「客なんか殆ど来ないし、オレだってちゃんと人選んでるから大丈夫!!」


 俺の割とマジな忠告にも軽く返してくるから、本当に分かってるのかと心配にもなるがこれで割と人をよく見ている。


 最初に会った時もそうだった。


 ###################


 俺が昨日どの宿にも泊めても貰えず、道の真ん中で途方に暮れている時。


 明るい茶髪に茶色い目をした小学生低学年くらいの男の子が声をかけてきた。


「大丈夫?」


 前の世界でもこの姿になる前ならいざ知らず、この姿になってからは子供なんて全く話しかけてこなかった。


 子供が俺を見てする反応なんて、ほとんど同じだ。


 逃げるか、泣く。


 大半の子供は大泣きをかまして、逃走する。


 そんな俺に、少しも怯えることなく声をかけてきた。


 その事実に少なからずびっくりしていると、返答がないことにまたもや心配したのか続けて話しかけてくる。


「大丈夫??」


 それに慌てて反応する。


「あぁ。大丈夫だ。」


 子供と話すなんて久しぶりすぎて、怖くないように取り繕おうとしたら余計無愛想な感じになってしまった。


 だがそれでも気にしないようで、普通に接してくる。


「本当に?なんか、困ってるようだったから。」


 それで俺は言ったところでどうにかなるとは思ってなかったが、現地に住んでいる人間に聞いたら、何か打開策でもあるだろうかと事情を話してみる事にした。


 どこの宿も門前払いで泊めてくれないんだと。


 するとそう言った瞬間その子供は心配そうな顔を一変させ、ニカっと口角を上げる。


「やっぱり!!!だったら、オレの家に来なよ!ボロいけど一応宿屋だし、母ちゃんの作るご飯はうまいよ!!」


 そう言って、俺の腕を掴んで嬉しそうに誘ってくる。


 その勧誘に多分風呂とかはないだろうなと察しながらも、他に行く当てもないし良いかとその案に乗る事にした。


 それに、そんな嬉しそうな顔されたら断れないしな。


 そうして宿屋をやっているという子供の家に向かう道中、その子供と色々なことを話した。


 どうやらこの子の名前はレオと言うらしい。


 歳は8歳で、母親と二人暮らし。


 父親は、レオがもっと幼い頃に亡くなったらしく、あまり記憶は残ってない。


 その境遇に思わず自分を重ねてしまったが、この世界では人が亡くなることなんて珍しくない。


 だから、そういう事もあるだろうと一人納得する。


 レオはこの辺におつかいに来ていたらしく、今はその帰りなんだとか。


 確かに、よく見ると手には食材らしきものが入った鞄がもたれていた。


 どうやら、帰り途中にちょうど宿屋に追い返される俺の事を見かけたらしく、もしかしたら自分の宿屋に泊まってくれるかもと目を付けて声をかけてきたのだという。


「にしても、よく俺に話しかけられたな。怖くないのか?」


 二人並んで歩く最中ここでずっと気になっていたことを聞いてみた。


 いくらお客さん候補だとはいえ、見た目的に危ない奴に普通声を掛けるか?


「確かに最初は怖い人かなとも思ったけど、本当に危ない奴なら追い返された時にもっと暴れてるよ。うちも一応宿屋だから、いろんな人見てきたけどにーちゃんはそんなふうに見えなかったよ!それに、お客さんが来るならちょっと怖いの我慢するくらいどうって事ないしね!!」


 でも今はもう全然怖くないよ?って俺の顔を見ながら笑顔でいうレオに対して、俺はジーンっと胸があったかくなる。


 俺に対する気遣いもそうだが、母の助けになりたいという思いが健気だ。


 この笑顔守りたい。



 ##################


 それから、冒険者登録してきたことを話したり、レオの持っていた荷物を固有スキルで収納して運んであげたらさらに懐かれたんだよな。


 昨日のことを思い出しながら、俺の少し前を歩いて食堂まで案内するレオを見る。


 まだこんなに小さいのに、お手伝いばかりしてんだもんな。


 遊びたい盛りだろうに…何かしてあげられたら良いんだけど。


 食堂に着くと、他の客は見当たらなく貸切状態だった。


 昨日隣の部屋にいた客はどうしたのかとレオに聞いてみると、朝早くにもう出かけたとのこと。


 窓際の席についてからも、何故か向かい合うように座っているレオと雑談をしていると、一人の女性が両手に料理を持って現れた。


「コラっ…レオ!!なんでお客さんと一緒に座ってんの。迷惑でしょ!」


 その女性は、レオの母親らしい。


 若々しく、大学生と言われたら信じてしまいそうな見た目をしており、髪も目もレオと同じ色だからすぐに分かった。


 昨日はレオが部屋に案内してくれて、そのまま泊まったから今が初対面なのだ。


「でも、にーちゃんが良いって!」


 結構な迫力で怒られている中、俺を指さして助けを求めてくるレオ。


 座って良いなんて一言も言ってないが仕方ない。


 助けてやるか。


 別に迷惑かけられたわけじゃ無いし、何なら助けられた訳だしな。


 俺はレオの母親の方に向き直って言う。


「良いんですよ。レオには昨日宿に誘ってもらった恩がありますし、俺も話し相手が出来て楽しかったので。」


 俺の言葉に、レオはニマニマしながら母親に向かいドヤ顔をする。


 トンっ


 そんなレオに軽くチョップをしながら、俺の顔を正面から見て申し訳なさそうに言うお母さん。


「それなら良いんですけど…でも迷惑だったら言ってくださいね?それに、恩なんてとんでもありません。こんな汚い宿に…こちらこそ泊まっていただけてありがたいくらいです。」


 なんとも腰が低い。


 それに、俺の強烈な第一印象にも眉一つ動かさず、謙虚な姿勢。


 この親にしてこの子ありだな。


 偏見というものを持ち合わせていない、多様性を尊重している。


 この親子、令和の時代でも生きていける。


「いえいえ、汚い宿なんてそんな。宿屋というのは、居心地が良いのが1番でしょう。レオや貴女みたいに、俺みたいなやつにも普通に接してくれる方は貴重なので俺こそありがたいです。それに、レオからも「母ちゃんの作る料理はうまい!」と聞いてますし、昨日から、食べるのを楽しみにしていたんですよ。」


 何が、居心地が1番だ。


 大嘘つきめ。


 昨日は高級宿に、風呂にと、探し回っていたじゃないか。


 自分で言っていて腹が立つが、ここは仕事をしてくれ演技スキル。


 謙虚には謙虚な姿勢ということで、綺麗に謙遜を込めた日本人ムーブで返す。


 よくやった演技スキル。


 俺の言葉に幾分緊張も解けてきたのか、あらあらとレオそっくりに笑って、料理を並べていくお母さん。


「母ちゃん、オレもここで食べて良い?」


 並べ終わった料理を前に、レオがそんな事を言う。


 その言葉に、お母さんは俺を申し訳なさそうに見てくるが、それにコクリと頷いて促す。


 ニコッとまたもやレオそっくりに笑って、レオに許可を出す。


「良いけど、食べ過ぎたり、迷惑をかけちゃダメよ?」


「分かった!!」











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