初レベルアップ
「ふ〜、やっと一息つけたな。にしてもあんなに苦戦するとはな…」
俺は今、古い、狭い、汚いの三拍子揃った部屋の硬いベッドの上で寝転がりながら、今日の事を思い返し、思わずため息を吐いていた。
何故金は腐るほど有るのに、こんなボロい宿にいるのかというと、答えは至極シンプル。
ここ以外どこも泊めてくれなかったから。
ハゲ三兄弟が出血多量で死なないようにボックスで収納した後、俺は大通りにずらりと並んでいる屋台で適当に腹ごしらえをした。
「腹も満たされた事だし、せっかく腐るほどのお金を持っているんだ。どうせなら高級宿にでも泊まってやろう!」
といかにもな佇まいの宿まで意気揚々と歩いて行った。
すると追い返された。
門前払いもいいところだった。
室内にすら入れてくれなかった。
まず入り口で門番に止められ、そこで粘っていたら次に宿屋の従業員が登場した。
「金ならあるから泊めてくれ!」と大量の金貨を両手に見せびらかしながら直談判したのにも関わらず、全くもって取り合ってくれなかった。
理由を尋ねたら、「格が足りない」と一言だけ言われ、軽くあしらわれた。
いっそ宿屋ごと黒廛で包んで収納して、テント代わりにでもしてやろうかとも考えたが、城を出て初日に騒ぎを起こすのも面倒だと思い、仕方なく他の宿を探すことにした。
だが、どこも室内に風呂がついているような宿は、格が足りないから他へ行けと追い返されるばかり。
どうやら話を聞いてみると、そういった宿は貴族や高位冒険者が頻繁に使用するらしく、庶民や低ランク冒険者は使用できないんだとか。
だが、俺はこんなのは嘘だと知っている。
あまりにも同じ文言で断られるもんだから、どんな客が利用しているのかと宿を少し観察してみた。
すると、普通にDランクの冒険者が利用していた。
Dランクといえば一人前とは称される冒険者ではあるだろうが、格を満たしているとはいえないだろう。
だって、俺に秒で負けたバーコードだって一応D級だぞ?
あいつごときに泊まれて、俺が泊まれないなんて話あるわけないだろ。
要は、そんなのは俺を追い返すための嘘八百で、格が足りないなんてのは断るときのマニュアルに過ぎない。
本当は金さえ持っていれば誰でもいいのだ。
じゃ、何で俺が追い返されたか。
醜いから…ただそれだけ。
露骨に顔を顰める従業員の顔を見ればすぐにわかった。
不快感を微塵も隠さない態度、前の世界でも散々覚えがある。
関わりたくない、近寄りたくない、視界に入れたくない。
その意思がひしひしと伝わってきた。
きっと他の客にも不快な思いをさせないように…宿を利用している貴族とかとの衝突を避けるために俺を入れないのだろう。
理由はわかるが、納得はできない。
赤髪美人受付嬢ちゃんみたいな俺を他と同等に扱ってくれるのは、どうやらこの世界でも少数らしい。
傷跡なんて珍しくないこの世界なら、もしかしてと少し期待していた反面、落胆もある。
しかし、このままではいない。
いつか絶対痛い目見せてやる。
だがそんな決意をしたところで、泊まるところがないからどうしようもない。
これはいよいよ野宿か?と覚悟を決めそうになったそんな時…丁度通りかかったここの宿の人に運よく声をかけられ今に至るという訳だ。
案内される最中、せっかく途方に暮れている所を声をかけてもらえたのだからどんな所でもお世話になろう。とそれなりに覚悟してきたのだが、この宿…
灯りや屋根もある分、野宿や地下牢よりは確かにマシなのだが、マジでボロい。
ベッドなんて激固、浮き沈みゼロ。
さすが板にうすーいマットレスもどきみたいなものを敷いてあるだけの事はある。
どうにかならんものかと考えた末に、アンスリウムに旅用に準備させておいた寝袋をベッドの上に敷くことで、やっと落ち着いた。
初日から色々あって、こんな環境でも今すぐにでも寝たいところではあるが、今日はまだやらなきゃいけないことがある。
異空間にいるハゲ三兄弟の始末だ。
流石に、そろそろ殺すなり出すなりしないとかわいそうだ。
「早いとこレベルアップの恩恵も受けたいし、検証もしておきたいしな。」
てことで早速ボックスを出してイメージを膨らませていく。
最初は両足首から先の無い少し顔のやつれたスキンヘッドAから。
異空間にいるスキンヘッドAの全身像が徐々に頭の中で鮮明になっていき、そのまま手首から先だけを抹消するように思い浮かべる。
するとうんこを消した時のように何となくの感覚で成功したのがわかった。
一応、確認のためにベッドの前にあるスペースにスキンヘッドAを出してみる。
すると俺がイメージした通り、手首から先が綺麗さっぱり消えたハゲが現れた。
だが反応はない。
手を切断され、その切り口から血が溢れているというのに、空中を見つめたまま動かない。
念の為、胸に手を当てて確認してみると、ちゃんと心臓は動いていた。
意識が朦朧としているのは、長いこと異空間にいたせいで、精神がおかしくなってしまったのだろう。
「流石に放置し過ぎたか?」
まだ一日も経っていないというのに、こんな廃人のようになってしまう異空間は、俺が考えている以上に精神に与える負担が大きいのかもしれない。
手首と足首から尋常じゃ無いほどの出血をして、自分が刻一刻と死に近づいているというのに、慌てる様子もなく、ただただ一点を見つめたまま動かない。
それから、三分程経過してスキンヘッドAの鼓動が完全に止まった。
[レベルアップしました]
それと同時に脳内にその言葉が響く。
俺は初の人殺しにも全く動じず、死体そっちのけですぐにステータスを開いた。
【 名 前 】
【 称 号 】異世界人 疎まれる者
不撓不屈 解放者
【 種 族 】人
【 年 齢 】16
【 レベル 】1→2
【 体 力 】80/80→96/96
【 魔 力 】200/200→240/240
【 精 神 】30
【 スキル 】火耐性Lv.3 精神耐性Lv.Max
危険察知Lv.2 気配隠蔽Lv.1
雷耐性Lv.4 痛覚耐性Lv.Max
孤独耐性Lv.2打撃耐性lv.6
恐慌耐性Lv.3演技Lv.3
【固有スキル】ボックス▼
万物を異空間に収納する
『黒廛』
「体力と魔力以外は特に変化なしだな。どちらも、初期値の20%増しってところか。」
しょっぱ。
勇者の成長率ってこんなもん?
ちょっとこの先不安になるんだけど…
この増加量は一定なのか、それともレベルが上がるにつれ変化するのか。
それらも調べたいところだけど、まずは残ったハゲ二人を片付けてからにしよう。
俺は続けて異空間にいるスキンヘッドBをイメージする。
そして、そのまま全身を抹消するよう思い浮かべる。
[レベルアップしました]
うん、異空間の中で抹消してもちゃんとレベルは上がるみたいだな。
もう一度ステータスを見てみよう。
【 名 前 】
【 称 号 】異世界人 疎まれる者
不撓不屈 解放者
【 種 族 】人
【 年 齢 】16
【 レベル 】2→3
【 体 力 】96/96→262/262
【 魔 力 】240/240→310/310
【 精 神 】30
【 スキル 】火耐性Lv.3 精神耐性Lv.Max
危険察知Lv.2 気配隠蔽Lv.1
雷耐性Lv.4 痛覚耐性Lv.Max
孤独耐性Lv.2打撃耐性Lv.6
恐慌耐性Lv.3演技Lv.3
【固有スキル】ボックス▼
万物を異空間に収納する
『黒廛』
「は?」
あまりの急激なステータスの上がり方に思わずそんな声が出た。
さっきのレベルアップでは、体力・魔力共に初期値の20%増加した。
体力なら初期値80の20%で+16。
魔力なら初期値200の20%で+40。
今回は、何%増加とかでは無い。
体力に関しては2倍以上になってる。
異常だ。
あまりに唐突に不規則になった。
何故?
また、そういうものだと納得するか?
いや、ここは落ち着いて精査するべきだ。
これは安易にスルーしてはならないと俺の直感が告げている。
スキンヘッドAの血まみれの死体も未だ放置して、思考の全てをそれに割いていく。
最初のレベルアップとの違いはなんだ?
何か大事なことを見逃している気がしてならない。
なにか、なにか…
スキンヘッドAは異空間から出して殺して、スキンヘッドBは異空間の中で殺した。
「!?」
その違いに気が付いて、ようやく理解した。
「もしかして、吸収したのか?」
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