Ⅰ-05 しずかな夜更け






 数日後、船はようやくニューアミリアの首都に到着した。


 旦那様の家は、中心街の一角にあった。

 1階は宝石事業部の本部となっていて、その2階を住まいとしているらしい。

 住居部分だけでも、生まれ育った祖国の家と比べると10倍ほどの広さがある。


「やっと終わった……」

「お疲れさまです」


 あらかた片付けを終えると、旦那様は寝室のベッドに倒れこみ、そのまま沈んでいった。

 船内のベッドはお世辞にも寝心地が良いといえるものではなかったし、布団の感触が心地よいのだろう。


 もともと鉱山での仕事は2週間程度で終わる予定だったらしい。トラブルが重なり伸びに伸びて、旦那様はこの1ヶ月まともに休息をとることもできなかったようだ。


、おいで」

「は、はい。旦那様」


 とつぜん愛称で呼ばれ、とまどいながらベッドサイドに座る。


「その、旦那様というのはやめてくれ」

「え……」


 黒く煌めく瞳がわたしを見つめる。

 甘ったるくて潤んだ空気は、まだ慣れることができない。


「ジェミニ、さま」

「『様』もいらん」

「ジェミ、ニ? きゃっ」


 ジェミニはにやりと口角を上げると、とつぜんわたしの手を引いた。

 その反動でわたしはベッドに倒れこむ。ジェミニの顔が真横にあって、目が合うとまた胸がきゅんと痛んだ。


「私は、仕事で家を空けることも……海外に出れば何日も帰らないことも、多い。寂しい想いをさせてしまうことが、申し訳ない」

「気になさらないでください」


 急な輿入こしいれも、仮住まいに呼び寄せたことも、いまなら理解できる。

 そういう時間を作ることさえも、忙しいジェミニにとっては簡単なことではなかったのだ。


「もっと話したいが、今日は……眠気が、限界だ……」

「はい。ゆっくり、寝てください」

「ティア、きみも…………」


 ぱたぱたとまばたきを繰り返すと、ジェミニは寝息をたてはじめた。


 つないだ手のぬくもりも、ベッドのやわらかさも、しずかな夜更けも。

 そのすべてが幸福そのもので、わたしはまた、胸がじんと痛くなるのだった。






 Ⅰ.花嫁は海を越えて fin.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る