第2章 トウキョウランナー

第7話 魔法少女の出勤

 朝の通勤ラッシュで混み合う井の頭線に乗り、渋谷駅へと向かう。


(ああ、また今日がやってきちゃった……)


 屋根から垂れ下がる週刊誌の広告を見ながら、ふとそう思う。


 魔法少女生活を1年も続けていると、いろんなことがわかってくる。上りの井の頭線は先頭が混雑するから最後尾に乗ると楽だとか、スーパーの半額シールが貼られる時間だとか。そんな雑学めいた知識ばかりが蓄積する。


 魔法に関する知識ももちろん習得してきてはいる。だが、私は魔法少女の前に社会人なのだ。礼儀作法が求められる年頃なのだ。


「はぁ……」


 幾度目かのため息をこぼしている間に、電車は終点の渋谷駅に到着した。先頭車勢に遅れる形で車内から降り、改札を通り抜け、何重にも折り曲がった奇怪な通路を人混みに揉まれながら歩く。


 階段を上がり、JR線改札との分岐点を通り過ぎると、銀座線ホームの真っ白な空間が目に飛び込んできた。私はその脇にある切符売り場に行き、とある人に声をかけた。


草谷くさがや先輩、お疲れ様です」

「おつかれ〜如月きさらぎっち〜」


 草谷かなえ。深夜0時から8時に渡って銀座線を担当する、上級魔法少女だ。本人曰くアラフォーとのことだが、ふんわりと肩に掛かったロングヘアや色白な肌質、整ったスタイルなんかを見てもとても40歳近くとは思えない。


 ただ、今日はどこかくたびれたような表情をしている。


「草谷先輩、どうかしました?なんかありました?」

「そうなんだよ〜如月っち。3時ぐらいにA級呪体が浅草に出てさ、もう急いで電車出してもらったんだよ。そんで私ひとりじゃ心もとないから、浅草線の上西うえにしくんとかつくばエクスプレスの守谷もりやちゃんにも手伝ってもらってさ、なんとか祓えた」

「3人がかりなんて、大変だったんですね……」

「まあ、守谷ちゃんは最後だけだったけどね」


 先輩の表情が少し柔らかくなる。稲田先輩といい、先輩魔法少女に恵まれているのは銀座線のいいところかもしれない。


「あっ、そうだ。渡し損ねるとこだった。はい、これ」


 先輩が1枚の切符を私に差し出す。1日乗車券、私の味方。


「あっ、ありがとうございます!」

「昨日、これ失くしたでしょ」


 私は予想外の一言に驚いて、一歩後ずさりした。


「どうしてそれを……」

「昨日出してもらった電車の床に1枚落ちてたんだよね。んで発行時間を見たら8時とか書いてたから、もうそれで察したよね」


 ――あの切符、床に落ちてたんだ……。自分の不注意さ、ここに極まれり。

 

 と、その時。スマートフォンから通知音がした。スーツのポケットから取り出して見る。通知には、溜池山王周辺にD級呪体が出現した旨が記されていた。


「おっ、早速仕事」

「はい、じゃあ急ぎます。切符、ありがとうございました!」

「いってら〜如月っち〜」


 私は先輩に手を振りながら、改札の向こうに待つ黄色の電車へと走った。

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