【書籍試し読み増量版】走りたがりの異世界無双 ~毎日走っていたら、いつの間にか世界最速と呼ばれていました~1/坂石 遊作

MFブックス

プロローグ

 生まれつき両脚が不自由だった。

 力を入れようとしても入らない。腕は簡単に動かせるのに、脚はピクリともしない。

 自在に動かせないのに身体からだにくっついているなんて、ただの鬱陶しい重りである。だから息をしているだけでも──生きているだけでもストレスが蓄積した。

 視界に入る全ての人間が、自分の脚で立ち、動いている。

 対し、自分は車椅子で動くしかない。

 二十年も生きているとそうかんは薄れ、この現実に慣れることができる。

 しかし悲しみこそしなくても憧れは続いていた。

 なにせ、生まれて一度も歩いたことがないのだ。

 生まれて一度も走ったことがないのだ。

 ボールを追いかける子供たちのように、部活で汗を垂らす学生たちのように、遅刻しそうになって慌てて家を出る社会人のように、ダイエットのため必死に脂肪を燃やす不摂生な人たちのように──自分も車椅子ではなく、己の脚で動きたい。

 ──走りたい。

 渇望は幼い頃からずっと胸中にわだかまっていた。

 心が成長しても、生まれ持った理不尽に慣れても、願いだけは消えない。

 走りたい。

 自分の脚で動きたい。

 この身で存分に風を感じたい。

 毎日、そんなことばかり思っていた。

 だから──。


   ◇◇◇


「おぎゃあ! おぎゃあ!」

 赤ん坊の産声が聞こえた。

 気になって左右を見るが、視界が変だ。

 かすんでいてよく見えない。

 それに全身の感覚も妙である。

 浮遊感があって……まるで誰かに抱き締められているかのような。

「おぎゃあ! おぎゃあ!」

 そこで気づいた。

 先程から聞こえるこの産声は、自分のものだ。

「メティ! やったな、元気な男の子だぞ!」

「ええ……本当に、元気そうだわ」

 どうやら自分を抱いているのは男性の方らしい。

 真下で女性の疲れた声が聞こえる。

「あなた、この子の名前を呼んであげて」

「ああ!」

 自分を抱く男性が、涙声で言った。

「ウィニング! お前の名前は、ウィニング=コントレイルだ!!」

 自分の名前が告げられる。

 しかし、それよりも──気になっていることがあった。

(動く……!)

 今まで一度も動かなかったものが。

 今までずっと、おもいに応えてくれなかったものが──。

(脚が、動く………………ッッ!!)

 コントレイル子爵家に生まれた男児、ウィニング=コントレイル。

 彼は後に、自分が貴族の長男に生まれたことや、この世界には魔法や魔物といったファンタジー要素が存在することを知る。

 それでも彼の願いは変わらなかった。

 剣よりも、魔法よりも、魔物よりも、貴族の責任よりも、優先したいものがある。

 その胸に抱く願いは、たとえ異なる世界に転生しても一つだけ。


 この世界を──思いっきり走り回ってやる!


 やがて『世界最速』、『絶対に倒せない男』、『走る災害』、『破壊の足音』、『空を走る変態』、『海も走る変態』など、様々な異名で呼ばれる男が、産声をあげた瞬間だった。

 これは、剣と魔法の世界にて──走ることだけに特化した男の物語。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る