第9話 メイド、ショッピングに行く


 二人はショッピングに出掛けた。

 時刻は夜の十時を過ぎている。真っ暗な夜道。変質者に当たらないといいが……。


「祐介様、夜道は危ないので手を繋ぎませんか?」


「手……? う、分かった」


 二人は仲良く手を繋ぐ。まだ恋人繋ぎじゃない繋ぎ方で。


「何だかうずうずしますね」


「うずうず?」


「いえ、何でも」


 本当は恋人繋ぎしたかった。

 けど、手を繋ぐ目的は主人を危ない人から守る為でしかない。だから今は我慢。


 すると、うずうずしていた所に祐介が語りかけた。


「神崎の手、温かくてなんか安心する」


(ふえっ、安心するだなんて……そんな……夫婦みたいじゃん。夫婦? てことは私の苗字も神崎じゃなくなるわけで……あはは、何それ。めっちゃ良い!)


「祐介様の手もひんやりしてて気持ちがいいです」


 二人で手の感触を愉しんでいたら、あっという間に近くのショッピングモールに辿り着いてしまった。


 お客さんは夜だからか、少ない。

 駐車場もあるが、やはり数台しか停まっていない。


 ショッピングモールの中へ入る。


「祐介様はここのショッピングモール、来た事ありますか?」


「ああ。家族と年に何回か来てた」


 神崎は頷く。

 そして「エスコートして下さい」と言わんばかりに目で訴えかけられる。


「それで洋服売り場は何階にありますか?」


「確か3F」


「……」


「……」


 じーっと見つめ合うこと、十五秒。

 観念したのか、彼は見つめ合っていた意味を悟る。


「分かったよ。ついてこい」


「はい、祐介様」


 ぱあっと彼女の表情が明るくなる。

 だが、次の祐介の言葉で彼女の表情は暗くなる。神崎の表情はコロコロと変わりやすい。


「神崎、その、手離していいか?」


「離しません」


 ギロッと睨まれる。

 そしてその瞳には強い思いが感じられる。何故ここまで女の子らしくない表情を見せるのか。祐介には分からなかった。これじゃあ、まるで殺人鬼だ。


(俺、何か悪いことしたっけ?)


「あ、あのほら、手繋いでると歩きづらいから……」


「わたくしはもっと、祐介様と手を繋いでたいです。だから絶対、離しません」


 3Fに着くまでエスカレーターに乗っている時も、二人の手は繋いだままだった。祐介が離そうと手を振りほどこうとしても、魔法がかかっているみたいに神崎の手はびくともしなかった。凄まじいパワーだ。


 3Fに着く。

 そこでふと、彼女が家にいる時と同じ、メイド服姿なことに気づく。さっきまでは暗がりだから、よく見えなかった。


「神崎って外に出てもメイド服姿なんだな」


「ええ、メイドですから」


 メイド服は目立つ。今は夜で閑散としているから、人の注目を集めていないが、昼間だと人に囲まれるだろう。ただでさえ、神崎は可愛いのだから。


「あのさ、メイド服姿って目立たないか? もっと普通の服、着てきたほうがいいんじゃ……」


「大丈夫です。仮にナンパされたとしても、祐介様以外には心を許しませんから。というか、人が近づいて来たら殺します」


 話がまるで噛み合っていない。


(うーん、そういう事を言いたかったわけじゃ……つか、殺人鬼かよ)


「うふふ、あはは」


 彼女は何やら一人で笑っている。


 訝しげな視線を祐介が送ると――


「祐介様をお守りする為にちゃんと持ってきましたよ」


 彼女はポケットから包丁をチラッと見せる。


「おい、それって銃刀法違反――」


「祐介様とわたくしの幸せな空間には、法律など存在しません」


「いや、するって」


「バレなければいいのです」


(あ! さっきの忘れ物って包丁の事だったんだ)と勝手に祐介は勘違いした。本当は違うけど。


「そんな事よりさっさと服選んで帰りましょう。時間が迫ってきています」


「ああ、そうだな」


 流石に服を選ぶ時は手を離す。


 メンズコーナーには様々な服が売っていた。色の種類は少ないが、品揃えは豊富だった。


 メンズコーナーにメイド服を纏った女の子……。異質感しか無いので神崎は早々に祐介から離れる。


「試着が終わったら、わたくしを呼んで下さい」


「試着?」


「当然、するつもりですよね? わたくし、色々な服を着た祐介様が見たいんです。ぐへへ」


 目が怖い。そして声が気持ち悪い。


 神崎はまだ一日しか過ぎていないが、祐介と関わるにつれて、感情をあらわにする機会が多くなった。

 それは良い方向に進んでいるのかも、しれない。


 祐介の試着が終わり、彼女に声を掛ける。


「わ~カッコいいっ!」


 普段、私服を殆ど着ない祐介。だが、今回ばかりは、と珍しく私服を選んでみた。


 黒のTシャツにベージュの長ズボン。Tシャツにはワンポイント、ライオンのマークが刺繍されていた。


「ありがとう」


「すごく似合ってます」


 それからも神崎の「次は?」「次は?」という急かしに気圧され、洋服上下と靴下セットの合計六種類の私服の試着が終わった。


 次はパジャマだ。


「祐介様にはストライプより、こちらのゼニスブルーの無地のパジャマの方が似合うと思うのですが……」


「それならそれでいい」


 彼に自分の意思というのがあまり無かった。それが神崎にとっては残念だった。まだ彼の心の傷は癒えていない。きっと少なからず、その事が関連しているのだろう。


 勿論、パジャマの試着もした。


 全ての試着を終え、レジへと向かう。


「これもこれもこれも、全部買いましょう!」


「全部!?」


「はい。あの洗面所を見る限り、私服は殆どありませんでしたから。色々な服を着た祐介様を沢山見たいのです」


 本音丸出しのメイドに若干戸惑う祐介。


「あの似合わないと言ってたストライプのパジャマも買うのか?」


「はい。あと、似合わないなどとは申しておりません」


「……」


 返答に困る。


 結局、6着の私服とゼニスブルーのパジャマ2着、それからストライプのパジャマを一着買うことになった。


 レジにて。

 祐介の下着をピッと押してる時、神崎は顔を逸らしていた。そういう所がまだまだ初心だ。


(可愛いな)


 彼女が顔を逸らしているのに祐介も気づいたらしく、祐介はそんな感想を抱く。


「それでは」


 レジも終わり、神崎は祐介をエスカレーターへと誘導するが……。


「ゆ、祐介様!?」


 見ると彼はレディースコーナーの前に立っていた。


「どうされました?」


「その、俺も神崎の私服が見たい」


「へっ? メ、メイドはメイド服しか着ません!」


「そんなつまらない事、言うなよ。えー、このピンクのワンピースとか、君が着たらもっと可愛くなると思うのにな」


「ここ、お店です!」


 暗に神崎は「お店だから、倒れたら洒落になりません」と言っている。


「?」


 だが、意味を分かっていない祐介ははてな顔を浮かべる。


「この上下も良くないか?」


 彼はマネキンを指差す。

 白いブラウスに黄色いスカート。それに花柄のカーディガンを羽織って、肩からは茶色のショルダーバッグを提げている。


 彼女に似合いそうだが、神崎はメイドだ。仕事中はメイド服しか着れないルールになっている。それが彼にはつまらなく感じた。


「良いと思いますけど、わたくしは着れませんよ?」


「何でだよ」


「さ、帰りますよ」


「だったら俺が払う!」


「それはダメです!」


 店内で喧嘩してしまった。

 恥ずかしさのあまり、神崎は押し黙る。


 そのまま女性物の服を持って、レジへ行こうとする祐介。神崎は止めなかった。


 レジで支払いの時に「これでお願いします」とお札を店員に渡すだけ。


 お金を払うのはメイドの役目だから。


「無理に着なくていいから、一応買っておきたい。ダメか? それと俺も悪かった。身勝手な行動して。無理強いして」


「そこまで言うなら……分かりました。今後、祐介様とデートに行った時に使えるかもしれませんしね」


「それとわたくしも大きな声を出してしまい、申し訳ありませんでした。祐介様は何も悪くありませんので、気になさらないで大丈夫ですよ」


(デート?)


 薄っすらと聞こえてきた三文字の言葉に首を傾げる。


 けど、ふと彼は思う。


(ピンク色のワンピースを着た神崎と海にでも行ったら、きっと楽しいんだろうなー)と。


「さ、今度こそ帰りましょうか。危ないので手を繋ぎましょう」


「ああ」


 今度こそ、エスカレーターに乗って帰る。

 手は繋いでいたが、恋人繋ぎにはならなかった。






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