第21話「デートのお誘い!」


 西條琴音はスマホの画面を見つめていた。


 画面に映るのはトークアプリLINEのトーク画面。

 すでに何日もかけて交わされたトーク履歴が映し出されている。


 昨日の夜の会話が残っていた。


 自分の送った


『好きな乗り物は何ですか?』という質問に対し、彼女は、

『メルセデスベンツ』


 と返して来た。


『では嫌いな乗り物は何ですか?』と送ると、

『パトカー』


 と返してくれた。


 その相手はあの日出会った少し怖そうな女性。


 神田ミズキさん。

 見た目や口調は少し怖いけど、その中身はとっても優しくて素敵な人。


 他人なのに自分の事を助けてくれて、その上わたくしとも対等に接してくれる。

 LINEを交換しようって言ってくれて、すごく嬉しかった。


 今まで同年代の女の子の連絡先なんて一つも持っていなかったから。


 何だか初めてお友達ができたような気がした。


 ミズキさんともっと仲良くなりたい。


 琴音がメッセージを送るのは基本的に夜なのだが、一つ尋ねたい事があり登校前にも関わらずトーク画面を開いていたのだ。


 尋ねたいけど少しだけ怖い。

 断られてしまうような気がして。


 今、琴音の手には二枚のチケットが握られている。


 デートと言うと大げさだが、誰かを遊びに誘うなど琴音には初めての事だった。

 だから、中々そのメッセージを送れないでいたのだ。


 こういうのは直接言った方がいいですよね……でも、断られたら……。


「お嬢様。お時間です」


 執事の一人が迎えに来てくれる。


「はい。すぐに向かいます」


 琴音はチケットを学校の鞄の中にしまって、部屋を出て行った。


 ミズキさんとも大分親交を深めて、彼女の事が少しは分かってきました。


 頑張ってわたくし。きっと誘えるはずです。

 ミズキさんともっと仲良くなるために。


 琴音は学園に向かうリムジンへと乗り込んだ。



 ※  ※  ※


「っしゃああああ! 1週間乗り切ったぁあぁああ!!」


 本日最後の授業を終え、あたしは天高くガッツポーズしていた。


 グレーステスト、スポーツテスト、そして授業を乗り越え。


 あたしは入学後初の週末を迎えていた。


 今日は土曜日。

 土曜日は四時間授業なので、今日はこれで終わりだ。


 といっても土曜日に授業がある事があり得ないんだが。


 日本は一生ゆとり教育でいいと思う。

 週に三回は休みにしてくれ。


「では、琴音様。また月曜日にお会い致しましょう」

「はいっ。天宮さんも素敵な週末をお過ごしください」

「わ、私の週末を気にかけてくださるなんて……!! あ、ありがとうございますっ!! では、ごきげんよう!!」

「はい、ごきげんよう」


 金髪が琴音にサヨナラを告げていた。


 その後、金髪はなぜかあたしの方へとズカズカと歩いて来る。

 その目はあたしを睨みつけるような感じだ。


 なんだ、あいつ。

 あたしに喧嘩でも売りに来たのか?


 あたしはファイティングポーズで身構える。


 あたしの目の前に来た金髪は、一つ小さな咳払いをして口を開いた。


「あの、少しお聞きしてもよろしいでしょうか」

「あ? 何だよ?」


 尋ね返すと金髪はあたしの耳元に顔を寄せてぼそりと言った。


「えっと、あなたのようなゴリラ蛮族に質問するなど、本当は死んでも嫌なのですが……あなた、琴音様のLINEを知ってますか?」

「……え」


 なんであたしにそんなこと聞いてくるんだよ。


 ていうかなんだゴリラ蛮族って!!!

 こいつまじでしばいて良いだろ!?


 ムカつくが……こいつが少し神妙な感じなので、怒りを抑えて一旦話を聞くことにしてやる事にした。


「知ってるけど。それがどうしたんだよ」

「や、やはりご存知で……! くっ、やはり琴音様にとってはあなたの方が………………。まぁいいですわ。これから琴音様の気持ちを引き寄せればいいだけの事。質問に答えて頂き感謝しますわ。では、ごきげんよう」

「あ、ああ」


 何だあいつ。

 勝手に質問して、勝手に解決して、勝手に帰って行きやがった。


 つーかあいつ琴音のライン知らねーのかよ。


 積極的に琴音に絡んでる割には意外と臆病なのか?

 インスタ100万フォロワーもいるんだからもっと自信持っても良いだろうに。


 よくわかんねー奴だな。


 ムカつく野郎ってのだけは確かだが。


「ミズキちゃーん。帰ろうよぉ」

「ああ、今行く」


 七瀬が声をかけ来たので、鞄を持って七瀬の元へと向かう。


「あ、あのっ」

「ん?」


 何だ。

 今日はやけに声をかけられるな。


 あたしってそんなに人気者だったか? 


 いや確かにスポーツテスト以降、色々なお嬢様に影から見られるのは気付いてた。

 あたしも人気者になりつつあるのか……ふふっ、悪い気はしねぇな。


 なんて事をニヤニヤと考えながら振り向くと。


 目の前には琴音が緊張した面持ちで立っていた。


「どうした琴音?」

「え、えっと、ですね……」


 琴音は言い淀んでいるようにモジモジしていた。何か珍しいな。

 琴音っていつも余裕があって優雅で、こんな風にモジモジする所なんて見た事が無かった。


 どうしたんだろうか。

 少し待っていると、琴音が決心したように顔を上げた。


「あ、明日って何か用事がありますか……?」

「いや別に暇だけど」

「ほ、本当ですか! で、ではご一緒にお出かけでもしませんか?」


 ああ、なるほど。

 そういう事でモジモジしてたのか。


 あたしを遊びに誘いたかったんだな。

 それで断られるかもしれないって、ちょっとドキドキしてたんだ。


 確かにいくらパーフェクトお嬢様の琴音であろうと、他人の意志まで動かすことは出来ない。


 可愛らしいとこあるじゃねぇか。

 珍しい琴音の顔が見れてちょっと満足だ。


「ああ、構わないぜ」


 そう答えると、琴音は満面の笑みを咲かせて見せた。


「あ、ありがとうございますっ! で、では、また明日ですねっ」

「ああ。何時にどこ集合かは後でLINEしてくれ」

「分かりましたっ。後でお伝え致しますねっ」


 琴音は相変わらず笑顔だった。

 心の底から嬉しそうにするその笑顔は、何だか可愛いくて愛らしい。


 にしても琴音が遊びに誘ってくるとはな。


 来週金髪に自慢してやろう。

 あいつ血涙流して悔しがるだろうなぁ。


 ケへへ、楽しみができたぜ。


 色々な事を少し楽しみにしながら、あたしは七瀬の元に歩み寄った。


「待たせたな」

「ううん、全然大丈夫なんだけど……」

「けど?」

「ねぇ……今西條さんと天宮さんと立て続けにヒソヒソ話してたよね!!! ね、なんの話だったの!? もしかして百合的な話!!?」

「…………ちげーよ」

「いや絶対百合的ヒソヒソ話だよ! わたしの百合センサーが反応してるもん!!! 絶対にそうだ!!!」


 こ、こいつ……まじで女同士の絡みになると迫力がすげぇな。

 つーか当たってるし。


 確かに琴音からあたしがデートに誘われたってのは、こいつにとっちゃ極上のネタだろう。

 でも言ったら面倒なことになりそうだし、琴音との事は隠しておこう。


 あたしは七瀬を置いて教室の出口へと歩き出す。


「ほんとになんでもねーよ。好きなお寿司のネタは何ですかって、2人連続で聞いてきただけだ」

「そんな分かりやすい嘘ある!!?」


 食いすがる七瀬をかわしながら、あたしは明日に待ち構える琴音とのお出かけを考えていた。

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