第18話「地獄の授業!」

 くそ……スポーツテストのせいですっかり忘れてた。


 今日から授業が本格的に始まるって事を!!


 もう既に授業は始まっており、今は1時間目の数学だ。


 最初の授業だから自己紹介とオリエンテーションだけで終わりかと思ったら。


 この数学の教師……名前だけ自己紹介していきなり授業を始めやがったのだ。


 そいつは20代後半程度の女だった。

 紫色のロングヘアーが特徴的な教師。顔は冷淡で厳格な美人って感じだ。

 めっちゃ厳しそうだし、実際声質とかも芯があって実直な感じだ。


 名前は……なんだっけ。

 えっと、確か【柏木真衣】とか、そんな感じだったはず。

 いや柏原だっけ?

 まぁどっちでもいいや。どうせあだ名つけるし。


「えぇ、では天宮さん。この問題を解いてください」

「かしこまりました」


 先生に呼ばれて金髪が黒板の方へと向かって行く。

 そして謎の数式をスラスラと解き始めた。


 あいつやっぱ賢いんだな。

 普通にすげーわ。


 いや、あいつに限らずこの学校のお嬢様はみんな賢い。

 あたしを除いてな。


 黒板には訳の分からん数式がいっぱい書いてある。


 頼むから数字意外を出さないでくれ。XとかYとか知らんし。

 あとグラフと図形も止めてくれ。脳の処理が追いつかん。


 あたしの限界はかけ算までだ。正直割り算も怪しい。


 例えば100÷7……えっと………あれ……いや、分からんわ。


 改めて気づいたけどあたしの学力死んでるな。


「流石ですね天宮さん。素晴らしいです」

「光栄ですわ」


 金髪の回答は正解だったらしい。


 なんかあれだな。

 この教師アルプスの少女ハイジに出て来る教師ロッテンマイヤーみたいだな。

 雰囲気めっちゃ似てる。


 あだ名はロッテンマイヤーで。


 てかやべぇ、ねっむ。


 思わず大あくびをかましてしまう。

 ロッテンマイヤーが板書を取っている隙にしたのでバレてない。


 はぁ、退屈過ぎる。眠すぎて死にそうだ。

 ちらりと時計を見る。するとさっき見た時からまだ30秒しか経過していなかった。


 うげぃ、ま~じかよ。

 時間たつの遅すぎだろ。


 授業は後30分も残っているというのに、この体感速度はまずい。


 まじで時間が無限に感じるんだけど。


 正直寝てしまいたい。

 実際気を抜けば3秒で夢の世界に飛べる。


 だが、あたしが頑張って起きているのには理由があった。


 実は昨日、あたしは校長に呼び出されたのだ。


 要件はもちろんグレーステストの件だ。


 琴音が満点を取ったのが異例だったように、あたしの0点も異例だったらしい。

 めっちゃくちゃ怒られたのだ。テスト中に寝ていた事もバレててそれも言われた。


『この学校に入学した時点であなたも淑女です。授業中には寝ないで貰えるかしら』って。


 ってさ。


 そんな訳で眠る訳にはいかないんだけど……限界だ……眠い…………。


 いや!

 頑張れあたし、耐えるんだ!


 あたしは指で両目を大きく見開いて、黒板に目をやった。

 目ん玉が飛び出そうなぐらいに、大きく見開く。

 よしこれで寝なくて済む。


「はい、ではこの式がこうなって――」


 ロッテンマイヤーはあたし達の方を向いた時に、言葉を失ったように黙り込んでしまった。

 その視線はあたしに向いている。


「神田さん……あなた何をしているのかしら」

「い、いや。眠たかったのですので、起きようと頑張ってたんだ……ですわよ」


 こいつは厳しい教師だ。だから一応敬語を使う。

 かなりぎこちないけど。


 もっとも、ロッテンマイヤーにはそんなことどうでも良かったみたいで、彼女はあたしの行動に苛立っているようだった。


「授業中に眠たいなど言語道断です。しっかりと、真面目に授業を聞きなさい!!」

「す、すみません……」


 おこられた……うぅ、泣きそう。


 何が悲しくてこんな目に。

 でも数学なんてぜんっぜん分からないんだもん。


 聞きたくても聞けないんだよぉ!


 だが、ロッテンマイヤーはやはり怖いと分かったので、あたしは授業を聞いているふりをした。

 真面目に頷いたりしながら。


 そうこうしている内に気が付けば、1時間目が終わっていた。

 後これが7時間もあるのだ。


 考えただけで死にそう。


 いや、死のう。



 ※  ※  ※



 ようやく最後の授業にこぎつけた。

 が、あたしはこの日最大の屈辱を味わっていた。


「ぷくくく! あなたそれ本気でやってますの?」

「ミズキちゃん……冗談、だよね?」

「ふふっ、ユニークでいいと思います」


 あたしの班員がそれぞれ声をかけて来る。


 金髪はとりあえずしばく。

 七瀬は後でおっぱいを揉みまくる。


 琴音は……褒めてるのかけなしてるのか分からん。

 こいつの事だから誉めてくれてるんだろうけど。


 最後の授業は【礼儀作法】という授業だった。


 クラスのメンバーで3人か4人で班を作れという指示が出たので、あたし達は自然と友人同士で集まった。


 そして班の中で礼儀作法のチェックをするのがこの授業だ。


 今日の課題は【フルコース料理を食べに行った時のマナー】という事だ。

 なのだが、当然あたしは何一つ分からない。


 フルコースなんて食った事も無いし。

 だからあたしは盛大に恥をかいていた。


「アーハハハハハハ! ナプキンを首にかけるだなんて、あなたは赤ちゃんですの!? 滑稽ですわ〜〜!!!」


 金髪があたしの姿を見て爆笑する。


 こ、この野郎〜〜!!!!

 まじでムカつく〜〜!!!


「うるせぇぞクソパズル!! 知らねぇんだから仕方ねぇだろ!!」

「まぁまぁ、ミズキちゃん。失敗は誰にでもあるけど……でも、ウフッ。ご、ごめんねっ。ちょっとおもしろくて……プフッ!!」

「な、七瀬……お前まで……!」


 七瀬にも笑われた。

 なんか、すげぇショック。


 三日は引き籠れるぐらいにショックなんですけど。


 でもあたしも同じ立場だったら爆笑しているだろう。


 だってあたしはナプキンを、まるで赤ちゃんがよだれかけをするみたいに首に巻いてしまっていたのだから。


 だ、だって、知らねぇんだもん!

 ナプキンの使い方なんてぇ!


 フルコース料理なんて食った事ねぇしよぉ……。


 情けねぇ。

 赤っ恥だわ。


 あたしがうなだれていると、隣の席に座っていた琴音がすり寄って来た。

 あ、すげぇいい匂いする。

 何のシャンプーだろう。教えて欲しい。


 琴音はあたしの首に手を回して、ナプキンを外してくれた。


「琴音?」

「ナプキンはこうやって使うんです」


 琴音は丁寧にナプキンを二つ折りにして、あたしの膝の上に置いた。


「折り目は手前になるように。そしてナプキンで汚れを拭くときは、裏側を使って見えないようにするんです。すぐには置かず、オーダーが終わってからナプキンを膝に置くのがいいですよ」


 そう言って琴音はにっこりと微笑んでくれた。


 ああ、こいつほんと女神だわ。

 もう大好き。


 バカにする事も無く丁寧に教えてくれた。

 惚れちまうだろこんなん。


「へぇ、折り目って手前にするのがいいんだ。知らなかったぁ」


 七瀬が言う。


「はい。一説によればどちらでも構わないらしいのですが、現行の決まり的には手前の方がよろしいみたいです」

「あ、あの、琴音様!!」


 声がした方を見ると、金髪が首にナプキンを巻いていた。


 何してんだこいつ。

 さっきまであたしの事さんざん笑ってたくせに。


 赤ちゃんになってんじゃん。



「私にも手ほどきを!!!!」



 ああ、なるほど。

 あたしが琴音に教えて貰ったのを見て、羨ましくなったんだな。


 もうこのレベル行ったらキモいけど。


「ふふっ。もう、静流さんは自分で出来るじゃないですか」


 それが金髪のボケだとでも思ったのだろう。琴音は愉快そうに笑った。

 違うぞ琴音。あれはボケじゃなくてガチだ。


 その証拠に、


「うぅ、そんなぁ……」


 マジへこみしてやがる。

 だがこれは金髪が悪い。


 琴音はマイペースな所があるから、そういうノリは通じねぇ。


 後わりと本気でキモかったぞ。


「ふふっ……微笑ましいなぁ……天宮さんの片想いが愛おしいなぁ……♡」


 七瀬も相変わらずだな。

 琴音と金髪のやり取りを見てニッコニコだ。


 まぁ、確かに他の授業よりは楽しい。

 正式に喋っていい授業がこんなに楽だなんて。


 中学の時はどの授業も、お喋り天国だったからありがたみを分かっていなかった。

 でも7時間の苦痛を乗り越えたお喋りは本当にありがたい。


 1日に1回は礼儀作法の授業が欲しいぐらいだ。


 そんなこんなであたしの聖アル授業デビューは幕を閉じたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る