第3話「いざ聖アルカディア女学園へ!」

 

 琴音と出会ってから二週間が経っていた。


 あれから琴音と連絡を取り合い、入学書類を提出したり、細かい規則を聞いたりして、ついに本日入学式がやって来たのだ。


 あたしは今、鏡に映った自分の姿に驚愕している。


「あ、あんた……本当に女の子だったのね……」


 隣に立つママもそう言うぐらいに。


 てか、めちゃくちゃ失礼な事言ってるな。


 でも、あたしも正直そう思う。

 鏡には白と紺色を基調に作られた【聖アルカディア学園】の制服を着た自分が写っている。


 高貴さの中にも可愛らしさを携えた見事な制服だ。胸元には黒色のリボンが付いていた。


 それに加えて、昨日あのお嬢様お抱えの美容師に髪の毛を整えて貰ったのだ。長さはそのままに、縮毛して綺麗に整えて貰った。


 本当は短くするのも考えたけど、このミディアムヘアーで止めておいた。


 そして美容師さんが「結ったら可愛くなるよ」と言ってくれたので、今はこの赤髪をポニーテールでまとめている。


 鏡に映っているのは本当に、お嬢様みたいな女の子だ。


 今まで自分の事を女の皮を被ったプレデターか何かだと思っていたけど、あたしってこんな立派な女の子だったんだ。


「まさか娘がこんな立派になるなんて、ママは泣きそうだわ……じゃあ早く準備済ませちゃいなさいよ」

「あ、ああ……分かってる」


 ママが部屋を出て行ってから、あたしはしばらく見違えた自分の姿に見惚れていた。


 サラサラになった髪の毛を撫でたりして、女の子らしい仕草を取って見たりする。

 くるりと回ってみたりして。その拍子にふわりとポニーテールが揺れた。


「すげぇ。あたしが女の子みたいだ」


 そうこうしていると、「ピンポーン」というチャイムの音が鳴り響いた。 


「ミズキー! 琴音ちゃん来たわよー!」

「分かった、すぐ行く!」


 今日は琴音と一緒に行く約束をしてたんだったな。


 高級そうな茶色の鞄を手に取り、玄関の外へと飛び出す。

 外で待っていたのは琴音と黒塗りのリムジン。


 琴音は自分と同じ制服に身を包み、その場所で優雅に佇んでいた。

 白色で艶のあるサラサラなストレートヘアー。清潔感に満ちた身だしなみ。穏やかな表情と整い切った美麗な顔。そして圧倒的なお嬢様オーラだ。


 こ、これが本物のお嬢様の雰囲気か……やべぇ、レベち過ぎる。


「ミズキさん。すごく素敵ですっ。よく似合ってますよ」


 琴音が微笑みながら言って来た。

 お世辞かもしれないけど、でも何だか妙に嬉しかった。


「そ、そうかぁ? い、いや、でもお前の方が似合ってるって」

「ふふっ、ありがとうございます。では行きましょうか」

「おう」


 あたしは琴音に促されるままにリムジンに乗り込んだ。


 リムジンの中はすごく広くて全く落ち着かない。そわそわと無意識に体が動いてしまう。


 ていうかド庶民が初リムジンで落ち着ける訳ねぇって。


 隣で当たり前のように落ち着いている琴音を見て、こいつすげぇなと思った。


 リムジンが走り出す。

 エンジン音までもが、なんかベートーベンみたいな感じで高貴に聞こえてしまう程だ。


 どうなってんだよまじで。


「緊張してますか?」

「そ、そりゃそうだろ。だって今から行くのは、自分とは別世界の学校だぞ?」

「別世界じゃないです。今日からその世界はミズキさんの世界ですよ」

「で、でもよ……」

「大丈夫です。自信を持ってください。ミズキさんすごく綺麗で可愛いですよっ」

「はぁ!? か、可愛いってあたしが?」

「もちろんですよ。ミズキさん以外に誰がいるんですか?」


 琴音があどけない表情で言う。

 その言葉にあたしは顔が熱くなるのを抑えられない。


 可愛いだなんて……あたしには一番似合わない言葉をよくも言いやがってこいつ。


 ずっとそんな物とは無縁の世界で生きて来たし。


 滅茶苦茶恥ずかしいけど、でも……あたしが可愛いか……


 まぁ、良い、気持ちだな。

 可愛いって褒められるのも悪くはねぇ。


 少し弾んだ気持ちを抱えながら。


 学校に着くまでの間、あたしは琴音と他愛もない話をして過ごしたのだった。



 ※  ※  ※



 お嬢様が一人。お嬢様が二人。お嬢様が三人。


 お嬢様が――いっぱい。


 何だここは、お嬢様天国か。 


 辺りには一目見て分かるような、煌びやかなお嬢様が沢山いた。


 ここは【聖アルカディア女学園】。


 入学式に出るためにやって来たんだけど、すでに場違い感に押しつぶされそうだ。


 学校もえげつないぐらいデカい。


 白塗りのお城みたいな校舎が立ち並んでいて、なんか教会みたいなのも立ってる。


 あたしが通ってた北橋中が100個ぐらい入りそうな敷地だ。

 つまりデカすぎるって事。


 あたしらの近くで、お嬢様達が朗らかに挨拶をしていた。


「うふふ、ごきげんよう」

「ごきげんよう」

「あら、ごきげんよう」


 いや、マジか。

 こいつら「ごきげんよう」って言ってるんだけど。


 お嬢様ってマジで「ごきげんよう」とか言うんだな。

 フリーメイソン系の都市伝説かと思ってた。


 あたしが周りの光景に驚いていると、琴音が声をかけてくれた。


「ミズキさん、大丈夫ですか?」

「あ、ああ……ちょっと驚いただけだ」

「ふふっ、すぐ慣れますよ」


 琴音が優しく微笑んでくれる。

 こいつの落ち着いた表情を見てると、すげぇ安心する。


 LINEの一言を見るにサイコパスっぽいけど、良い奴なのは間違い無いんだよな。


「西條琴音様、ごきげんよう」

「あら、ごきげんよう」


 琴音の元に1人のお嬢様がやって来た。そして例の挨拶を交わす。

 そいつは金髪にツインテールの、いかにもって感じのお嬢様だ。


「私は天宮あまみや静流しずると申しますわ。以後お見知りおきを」


 金髪お嬢様――天宮とかいう奴はスカートの裾を持ち上げて丁寧に頭を下げた。

 所作がすげぇ。あたしじゃあんな風に出来ねぇな。


「はい。わたくしは西條琴音と申します」

「もちろん、ご存知ですわ。理事長先生の御娘にして、日本トップの西條財閥の跡継ぎですもの。知らない方がおかしいですわ」

「ふふっ、それは光栄ですね」


 え、琴音ってそんなすげぇ奴だったの。

 あたし全然知らなかったけど。

 普通に呼び捨てとかしてるけど大丈夫か。


「ところで……そちらのお方は?」


 金髪お嬢様があたしの方を見て、訝しげな瞳で尋ねて来る。

 どこか不審がるような口調だったのは、多分あたしがそわそわしていたからだろう。


「こちらはミズキさんと言って、わたくしのご友人です」

「ご、ご友人ですって……!」


 琴音があたしに変わって答えてくれる。

 けど、あたしが何にも言わないのも礼儀が無いと思われそうだ。一応言葉を足しておくか。


「ああ、そうだ。あたしは神田ミズキ。えっと、天宮だっけか。これからよろしくなっ」


 はい、完璧。ちゃんと挨拶したぜ。


 だがあたしの思惑とは裏腹に、金髪お嬢様は顔を引きつらせていた。


「な、な、何ですの、その喋り方は……!! 野蛮ですわっ! 蛮族ですわ!! レディとしての言葉遣いが全くなっていませんっ!!!」

「え……?」


 金髪お嬢様が血相を変えて叫び出した事に、あたしは困惑を抑えることができない。

 想像していた対応と百八十度逆だったからだ。


 あたしの予想では、「こちらこそ、よろしくおねがいしますわ」って言ってくれるはずだったのに。


「こ、琴音様!! 本当にこちらの方とご友人なのですか!?」

「はい、もちろんです。むしろ、わたくしにとっては一番のお友達ですっ」

「い、一番ですって!? こ、こんな野蛮そうな人が……琴音様の一番のお友達……!」


 金髪お嬢様があたしの方を睨みながら、失礼な事を言っていた。


 さすがにムカついてきたな。

 野蛮だとかなんだとか失礼なこと言われてよ、黙ってる義理もねぇよな?


 あたしは金髪を睨み付けると、低い声で言ってやった。


「おいてめぇ……さっきから黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって。お嬢様だからって容赦しねぇぞあたしは。調子乗ってたらマジでしばき倒すからな」

「なっ、何という野蛮な事を! 女性が暴力に訴えるなんて信じられませんわ!! くっ……私は認めませんわよ……あなたのような蛮族が琴音様の一番のお友達などッ!!!」


 あたしに対抗するように言葉を返して来た金髪に驚きを隠せない。

 本気で睨み付けて脅したつもりだったんだけど、全然怯んでねぇな。


 お嬢様って案外気が強いのか。

 あたしのガンつけに怯えない女がいるとは驚きだな。


「神田ミズキさんですわね。あなたの名前は決して忘れませんわよ!! では、ごきげんよう!!!」


 力強く言い放った金髪は、そのままどこかへと歩いて行った。


 あれだけ怒ったような態度取ってても、歩き去る背中が優雅な物だから、あいつもすげぇお嬢様なんだなって思わされる。


 いや、ていうか変な奴だったな。できれば二度と関わりたくないわ。

 普通にキモい。


「素敵なお方でしたね」


 琴音が楽しそうに笑う。


「お前の大らかさはホント尊敬するわ」

「ふふっ、ありがとうございます」


 そんなやり取りをしていると、職員の人の声が聞こえて来た。


「入学式はこちらでーす。皆さんお集まりくださーい」


 そうだ、変な奴と出会って忘れてたけど今日は入学式だったな。


「よし、じゃあ行くか」

「はい、参りましょうっ」


 あたし達は横に並んで、入学式の場所――教会の方へと向かって行った。

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