第1話

第1話



「おぉい、楽都がくと


前の席の奴のニヤニヤ顔が、とにかくウザい朝だった。


「また喧嘩したのかよ〜」

「うっせぇな」


俺___竹花楽都たけばながくとは小さく舌打ちした。


椅子をガタンと鳴らして座る。


「あっちから吹っかけて来たんだよ。

俺はやり返しただけだっつうの」


なのに、どいつもこいつも俺が悪いみたいに言いやがって。


口の中の呟きは、そいつに聞こえたかどうか。


「それヤンキーの言い草だって」


そいつは、呆れたように息を吐いた。


___彼の名前は烏羽盛春からすばもりはる

中学三年間ずっと同じクラスで、中学三年間ずっと席が近いやつ。


要するに、腐れ縁野郎だ。


「どうせまたお姉さんの事言われたんだろ」


盛春がいつもだもんな、と言いたげににやつく。


「っるせぇ」


ガン、と俺は彼の椅子を蹴り上げた。


……言い返さないのは、奴は事実を言っているからだ。


俺の姉___竹花心呂たけばなこころは、まさに“良家のお嬢様”だった。


一代財閥である竹花グループの後継たる少女で、小さな頃からの英才教育で、全てを“完璧”にこなす。


それに比べ、俺は何をやっても中の上。

どうやったって、姉には何一つも敵わない。


___“何かあった時の姉の代わり”。

それが俺の生まれた理由だった。


だけど……いや、だからこそ他人に“出来損ない”と言われるのは気に食わない。




「なんで皆分かんねえかな…」


思わずぼやいてしまう。


誰も分かってくれない。

俺は姉の代わりだってこと。


それでも、その事に触れないで一生を過ごしていきたいということ。


「何?

“俺の地雷はお姉ちゃんです”ってこと?」


ほざいた盛春の椅子をもう一度、蹴り上げた。



* * *



「竹花、お前が職員室に呼ばれた理由、分かるか?」


放課後の職員室は嫌いだ。


……そもそも、良い思い出だなんて一つもないし。


立ち並ぶ書類の山も、ピリピリと忙しそうな教師達の動きも。

何より、面倒臭いという気持ちが露骨に見える、教師の目が嫌いだ。


そして、受験シーズンだというのに呼出しをしてくる生徒指導の教師。


目的はお決まりの“生徒指導”一択だというのに、いちいち嫌みったらしい言い回しをするのが気に食わない。


せめてこの時期なら、勉強させとけば良いのに。


「……わかりません」


俺の言葉に、あからさまに教師の眉がピクリと動く。


出来るだけ不快感が出ないように言ったつもりだったが、それでも漏れ出た不信感は隠せなかったらしい。


「あのなぁ……受験終わった生徒にとやかく言いたくはないが、お前の成績ならどの高校でも行けたんだぞ?」


はぁぁ、と長ったらしいため息がその口から漏れる。


「お前の進路狭めているの、そういうところだからな。

テストだって学年10位以内だろ。

授業だってまぁまぁ真面目に受けてる。

だがな___」


こんなことは言いたく無いが、と彼はもう一度言う。


そして、息を吸って___


「___喧嘩っ早いんだよっ!」


そう叫んだ。


教師の指が、素早く一つ二つと折られていく。


一昨日の喧嘩だろ、1週間前の暴力沙汰だろ、その前は___


「まぁまぁまぁまぁ」


だが、その嫌味ったらしい声を遮った、別の声があった。


「ぐぇっ」


と同時に、頭をグッと手で撫でられた。


お陰様で喉から変な声が出る。


俺の頭をグリグリと撫でたその人は、飄々として言った。


「すみませぇん、そろそろ部活の時間なんで許してやってくれませんかぁ?」


振り返ると、長髪の教師がニコリと笑って立っていた。


髪を長く伸ばしてはいるが___彼はれっきとした男。


しかも、俺の部活のときた。


彼の威圧感に、一瞬だけ生徒指導の教師がたじろぐ。


「いや引退したって言って___」


「わぁ大変、もう時間だあ」


滅茶苦茶に態とらしい声を上げて、彼が俺の腕を引っ張った。


そして、俺にだけ見えるように___ウインク。


___うぜぇ。


無駄にウインク上手いのがうぜぇ。


だが助け舟を出してくれているつもりらしいので、俺はそのまま抵抗せずに連れていかれる。


「ちょ、ま、待て……!?」


背後で喚く生徒指導。


だが、その時にはすでに俺たちは職員室を出ていた。


「……ナイスタイミングでしたでしょ?

ちょっとくらい尊敬しました?」


俺を連れ出した張本人はケラケラと笑い声を上げた。


「んなわけねぇだろ……」


俺はケッと喉を鳴らす。


___俺が問題児だと思われている理由は、二つある。


一つ、喧嘩っ早い生徒だと思われていること。


二つ、こいつと___この中学の問題教師、鬼ヶ崎藤きがさきふじに絡まれていることだ。



「……つぅか、8割は後者だけどな」



俺は盛大にため息を吐いた。


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