第2話 魔法少女の武器
俺と妖精は、肉の壁に覆われたその迷宮を、ゆっくりと進んだ。
歩くたびに揺れる短いスカートには落ち着かない。それにブーツのヒールは高く、ただでさえ不安定なぶよぶよとした肉の地面は、歩きづらいことこの上ない。
「やっぱり意味がわからん。なんで俺女になってんだ?」
「今はそんなことを気にしている場合ではありません。ここを生きて出られなければ、あなたが魔法少女になったところで全て無駄だったことになりますよ」
「うーん、それは確かに最悪。なり損だな。まあ、生き残ることだけ考えるとするか」
せっかく魔法少女になって生き延びたのに、結果すぐ死んでいたら救いが無い。どうせなら変な希望を持たず、あの時死んでればよかったと思うことだろう。
俺を助けた金髪の妖精は、背中に蝶々のような羽根を生やして、自由自在に飛び回ることができるようだ。青色のキラキラとしたドレスを着ており、俺の身体に吸い込まれたサファイアの宝石を彷彿とさせる。妖精の割に不愛想で、あまり笑顔は見せず、しっかりとした敬語で話す。
「それで、これからどうしたらいいんだ? えーと……」
「私は天才美少女妖精の、レイレイと言います。まずはコアを探します。コアさえ壊せば、ここら一帯のネストは崩壊するでしょう」
その妖精は、余計な自尊心をひけらかすとともにレイレイと名乗った。コアだのネストだのよくわからなかったので、俺は聞き返した。
「コアって何?」
「全く、何にも知りませんね、サファイアは。増殖したアビスが集合体のようになった、いま私たちがいるこの場所がネストです。コアとは、あらゆるネストに必ず存在する、細胞核のようなものです。そこさえ壊せばどんなネストもその全体が崩壊します。逆にこの広大なネストからコアを探し出せなければ、ネストは徐々に広がり続け、ますますコアを潰すことが困難になるでしょう」
少し話しただけでも、なんとなくレイレイが他の少女たちに勧誘を断られた理由が分かった気がする。魔法少女だって、もう少し感じのいい妖精とペアを組みたいことだろう。
「へぇー、よくわからないけど、コアとやらを見つけ出して壊せばいいんだな」
「まあそういうことです。人間が全てを理解する必要はありません。とりあえず聡明で美しい私に従っていればいいのです」
レイレイは妖精であることを誇るように、そう言った。魔法少女の仕事は、一般人の俺にはよくわからない。知っているのはアビスと呼ばれる触手生物に銃やミサイルなどの普通の武器が効かないっていうことと、妖精が選んだ魔法少女だけが、アビスに有効打を与えられるということだけだ。
「それじゃあまあ、とにかく……うわ、何だ⁉」
俺は足元に違和感を感じて、飛び上がった。最初は、足場の悪い地面に、バランスを崩したのかと思ったが、足元を見るとなんと、ホースほどの太さの赤い触手が足首に巻き付いていた。
「気を付けてください。アビスの触手は一本でも力が強いですよ」
「え? どうしたら……うわぁっ!」
一瞬にして、足首を物凄い勢いで引っ張られ、俺は引きずり倒された。ベトベトした粘液が飛び散り、身体じゅうにかかる。顔に掛かった液体に思わず顔をしかめるが、肉の床ということもあって痛みはない。しかし、次の瞬間、物凄い速度で足首を引っ張られ、身体全体が床を猛スピードで床の上を滑り、後ろへと引きずられた。
「うわあぁーっ!」
猛スピードで過ぎてゆく景色と、内臓を置き去りにされるような感覚に恐怖する。そしてそのまま勢いよく持ち上げられると俺は肉壁に叩きつけられた。
背中に衝撃を受け、肺の中の空気が全て強制的に吐き出される。
「かはっ……」
ずりずりと、壁にもたれるように滑り落ちた。痛みはあるが、怪我はしていないようだ。なるほど、魔法少女になって、身体そのものが強くなっているらしい。普通だったら今ので再起不能だろう。
正面を向くと、地面に空いた穴からイソギンチャクのように、天井へ向かって何本もの触手が湧き出して蠢いていた。どうやらそのうちの一本が足首に巻き付き、引き寄せるようにして俺を壁に叩きつけたらしい。
「うわぁ、相変わらず気持ち悪い」
うねうねと不規則に蠢く触手を見て、思わず率直な感想を述べた。レイレイはふわふわと飛んで近づいて来て、アドバイスを始めた。
「ふとももについているバンドの外側に、バトンがあるのでそれを使ってください」
言われるままに、右の太ももについたバンドに手を当てると、確かにその外側に硬い棒のようなものが二本あった。それを一つ掴んで抜くと、それは白地に金で装飾されており、ちょうど片手で握れる程度の細いバトンだった。
「それで……これを投げればいいのか?」
「投げちゃダメです。それ、剣ですから。そのままでは使えませんよ。『バトンセイバー!』と唱えてください」
「またそういう感じのやつか……仕方ない。バトンセイバー」
レイレイの力のこもった言い方とは真逆の、抑揚のない声でそう言うと、なんとバトンの先から青い光が伸び、丸い光線剣のような形になって、その形を保った。軽く振ってみると、ブンブンと不思議な音が響いた。
「もしかして、アビスって宇宙からやってきた宇宙人だったりする?」
妙なSFっぽさを感じて、俺は思わずそう尋ねた。
「何を言っているんですか。アビスは人間が生まれるはるか彼方の昔から、地中に潜んでいたんです。常識ですよ」
「あ、そうなんだ……」
そんな緊張感の無いやり取りをしていると、バトンセイバーに気づいたのか、束になった触手達が、一斉に襲い掛かって来た。
ブワァッと縄を一斉に投げられたように触手は広がり、視界を覆いつくすようにして広がった。その迫力に思わず身体が硬直するが、とっさにバトンセイバーを身体の前に出して、軽く振った。
「でえいっ!」
重くもないバトンセイバーは軽々と振ることができ、身体に飛びかかろうとしていた触手達を、バチっと火花を散らしながら綺麗に切断した。
「うわわっ!」
ボトボトと地面に落ちて、バウンドするいくつものその気色の悪い肉の塊を、俺は思わず身体に当たらないように避けた。身体の一部を失った触手達は、その根元の方へと引っ込むように穴の中へ戻り、一瞬にして姿を消した。
襲い掛かる姿から、斬られた肉片、素早く逃げ帰る様まで、全てがおぞましい。
「強っ! この剣強すぎだろ。かっこいいな」
「当たり前です。なんたって、妖精が与えし力ですからね!」
レイレイはそうして得意げに威張って見せた。魔法少女になったことで、身体は丈夫になったし、武器も手に入れた。これなら生きて帰れるかもしれない。
「なんだ、これならなんとかなりそうだな。魔法少女最強じゃないか!」
「サファイア、あなた結構、楽観的ですね。先ほどまで壁の一部になって死にかけていたとは思えません」
レイレイは少し不満そうに、そう言った。まだここから無事に出られるとは信じていないようだ。
「さっきだって死にかけてたけど、レイレイが来てくれただろ。やっぱり世の中、なんとかなるようになってるんだよ」
「愚かですねえ。人間は。そうやってその場しのぎで適当に生きているから、痛い目をみるんですよ」
レイレイは、楽観的な俺に釘を刺すようにそう言った。妖精というものはどうも、少し人間を見下しているらしい。
しかし、魔法少女の力を身をもって知った今となっては、どうにもアビスなんかには負ける気がしないのだった。
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