いつかの夏へ接ぎ木を……。

鈴イレ

episode1

私は海が嫌いだ。それは冷たいから。疲れちゃうから。泳げないから。体が弱いから。そして、もう死んじゃったから……。


 幽霊の私は、今日も空を彷徨っていた。私を飲み込んでいったあの海に、よく似た青空を……。




title:いつかの夏へ接ぎ木を……。


 幽霊のお盆は、どこかの家で向かい入れてもらうのが基本だ。でも何らかの理由があってかだろうか、私には帰る家がないらしい。


 だから前世までは金槌だったくせに空を縦横無尽に泳いでいた。ずっと、ずっとここ数年。お盆が来るとまるで暇つぶしのようにこの世界へ行く。




 空から見えるはミンミンゼミがざわめく木々。黄昏時に、行くも帰るも車の数が少ないこの街路。通行人もなく、時々通り過ぎる車の走行音とセミの鳴き声が音響だけがこの空気を支配する。


 夕暮れ模様に焦がされたブロックタイルが敷き詰められた歩道が妙に感じる。矛盾しているのは重々承知だが、あそこにある『何とか池』とか、あっちにある『なんチャラ岳』が妙に見覚えがあるのだ……。


 私はふと少し遊泳禁止の看板が立てられた『何とか池』へ空を泳いでみた。


 蓮華草の葉っぱにアマガエルがひょこひょこ。空を漂う私を見て喉元を動かしている。「げこっ」と人泣きして、古池や蛙飛び込む淡水浴。小さく水が立ち、水面が揺れ濁る水。


 対岸にはいい年したオッサンが釣り糸を垂らす。バケツにはブラックバスとブルーギル達が雑居していた。「死ぬ。死ぬんだ。死にたくない。せめて最後の晩餐を……!」「酸素、酸素をくれ! 二酸化炭素でもいい!」「助けてくれー! まだユミちゃんに告ってない!」って言ってそうな、面白いほどにもがいていた。ひれを何度もバケツに当てる姿はとても滑稽だ。だって、私に訴えたっても何も変わらないのに。


 そもそも、私は幽霊以前にずっと私はのに、なんで私を必要としているのだろうか?




 この街路樹を走る車がやけに多い。こんな暑いのに車を動かしてどこへ行く。きっと、帰省というものだろうか。あるいは単なる旅行だろうか。


 お盆と呼ぶ時期には帰省という親元に帰るという慣習がある。前世に慣ったかは分からないが死者の魂が霊界から解放される数日。その数日は霊体でも現世に戻ることが許される。その間に自分の生を幸せだったと満足そたのなら成仏し、ほかの命に転生するいわれる。


 でも私は転生することはできない。この世界にも私の場所がないからだ。自分の人生を納得させることができない。


 このミンミンゼミが泣きうるさいお盆の季節が来るたび、ひたすらに私はこの世界を泳ぎ続ける。


 たしか、私は1人が好きだった。誰とも話さず余生を過ごそうと決めていたはずだった。でも、いつの時か、少しだけ、私の心を動かされたような。そんな人がいた気がする。ママでもパパでもない、だれかが……。


 その人にできるなら会いたい。


 その人はずっと明るかった。ずっと、まじめだった。そして、温かかった。病気がちの私をずっと温めてくれた。言葉でも、行動でも。ずっと、私を大切にしてくれた……。




 なのになんで忘れてしまったんだろう……。




 証拠に、寂しいという感情が私には湧き上がっている。それと同時に悔しくも思う。一人でずっと過ごしてきた人生だったからこその大切な人。なのにどうして……。




 この世界に私の居場所はない。だから、私は今も彷徨う。


 この高知の町、自分の大切な、最愛の人を探しているのだ。




 でも、ふと懐かしい感じがした。それは、街路から一人で車を走らすとある大学生からしていた。もう、ダメもとでもいい。第六感にすべてをゆだねて、私は車の助手席の位置に座った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る